第15話 天兵長
でも、そうやすやすと帰られるわけではなかった。
「そこ。止まれ」
私たちが家に向かっていると、背後から少し低い声がした。
振り返ると、そこには金と白の鎧に身を包んで私たちを険しい表情で見ている人の姿があった。
私が黙ってその人を見ていると、急にレオくんが私の前に立ちはだかった。
「我は天兵長、ルーン・エンジェラだ。貴様、その背後にいるのは人間だろう」
レオくんを睨みつける白髪の人。口調は男っぽいけど声を聞く限りは女の人だ。
「天兵長……!」
レオくんが歯をくいしばる。
「まさか、人間を売るつもりではないだろうな」
「あ、あの!」
私が叫ぶと天兵長____ルーンさんは私の方に視線を移した。
「レオくんは売られそうだった私を助けてくれたんです! むしろ、私を売ろうとしていたのは……」
「ユキ」
私の言葉をレオくんが左手で制した。
なぜ最後まで言わせてくれないのか、と疑問に思っていると、ルーンさんが優しく言った。
「人間。……ユキというのか。ユキ、無理してそいつをかばう必要などない。あなたは被害者なのだから」
「ち、違います! 本当にレオくんは私を……」
「ユキ、もう良い」
私の訴えをまたもレオくんが遮る。
ニ度も言わせてくれないレオくんに、ますます疑問が高まった。
「こいつに何を言っても無駄だ。心を持ってない奴に何を言っても」
「レオくん……」
レオくんは、俯いていた顔を勢いよく前に向けて私の顔を見ずに言った。
「ユキは下がってろ。……いや、家に帰れ。この先をずっと真っ直ぐ進んでいればいずれ着く」
「そ、そんな、レオくんは」
「俺はこいつを何とかする。だからその間にユキは逃げろ」
「______!」
「仕方ないな……!」
レオくんは私の前に立つと、黒いマントを翻した。
「レオく……」
レオくんを呼ぶ前に、視界が塞がれて真っ暗になる。
「______!」
気がつくと、私は家の前にいた。
ドアの前で心配そうにしていたイアンさんが、私に気付いて駆け寄ってくる。
「ユキ! どこに行ってたんだ? 心配したんだぞ」
「ご、ごめんな……」
謝罪の言葉を言い切る前に、私はいつの間にかイアンさんの腕の中にいた。
暖かい。イアンさんの身体は冷え切ってるのに。ずっと、どこに行ったかもわからない私の帰りを、ここで待っててくれたんだ。
「ごめんなさい……!」
私は涙をいっぱい流して、イアンさんの腕の中で泣いた。
イアンさんは何も言わずに、ただずっと抱きしめてくれた。
「もう、落ち着いたかい?」
頭の上でイアンさんの声がした。私は一体、どれくらい泣いてたんだろう。
「あ、ご、ごめんなさい!」
飛び退くようにイアンさんから離れて、何度も頭を下げる。
そんな私を見て、イアンさんは可笑しそうに笑った。
「アハハ。ユキってやっぱり面白いね」
「え? そ、そうですか?」
「うん!」
イアンさんはにっこり笑って頷いた。
恥ずかしさで今すぐ消えたかったけど、でもイアンさんに面白いって言ってもらえてすごく嬉しい。
どっちが本当の気持ちなんだろう。
私は胸にそっと手を当てる。心臓がドクドクと音を立てていて暖かい。
ああ、そうなんだ。自分の本当の気持ちがわかった。すごく嬉しい!
「こんな外でずっといると風邪引いちゃうし、中に入ろっか」
「はい!」
イアンさんに肩を抱かれ、家へ入った私をキルちゃんとミリアさんが笑顔で出迎えてくれた。
「お帰り、ユキ」
「お帰りなさい、ユキ様」
「……ただいま、帰りました!」
私はにっこりとニ人に微笑んだ。
数分後。
私達四人は、食卓に腰を掛けて座っていた。
真上から見て左上からキルちゃん、その横がミリアさん、左下が私でその横がイアンさん。
イアンさんの横はポツンと空いていた。レオくんの席だ。
レオくんの____。
あの時は、無事に帰ってこられた喜びと心配をかけてしまった申し訳なさで胸がいっぱいだったけど、よくよく考えると私はレオくんを置き去りにしてしまった。
レオくんのマントで強制的に帰ってきたけど、それでも置いてきてしまったのは事実。
レオくん、大丈夫かな?
「そうだ、ユキ。ずっと気になってたんだけど、レオは一緒じゃなかったのかい?」
イアンさんが俯いたままの私を覗き込んだ。
「す、すみません。実は、ここに帰ってこられたのはレオくんのおかげなんです」
「どういうこと? 何でユキが謝るの?」
私の真正面に座っているキルちゃんが聞いてきた。
「帰ってきた直前は喜びとか申し訳なさとか、いろんな感情で胸がいっぱいですぐにお伝えできなかったんですけど____」
三人が私を真剣な目で見つめている。
私は膝の上に置いた拳を握りしめた。
「レオくん、ルーン・エンジェラって人と戦ってます!」
「何!?」
私の言葉に、イアンさんが驚いて叫んだ。
キルちゃんもミリアさんも、信じられないと言ったような表情をしている。
「あ、あの、ルーン・エンジェラさんって、そんなに危険な人なんですか?」
「危険で済まされるような奴じゃないよ」
イアンさんが俯いて言った。
「まさか、こんな形で言わなければならなくなるなんてね」
それから重そうに顔を上げ、私をじっと見つめる。
「ルーン・エンジェラ。彼女こそ、僕たちの敵である天界の天兵軍、そのトップに君臨している天兵長なんだ」
イアンさんの真剣で重い目が、私を鋭く突き刺した。




