第139話 謝るのってすごく勇気が要るでしょ?
「グレース! 大丈夫?」
私は医務室のドアを開けるやいなや、叫んだ。
「あぁ、ルミ。大丈夫だよ。ありがとう」
長い白髪の氷結鬼が、ベッドに上体を起こした姿勢で座りながら笑顔でそう答えた。
良かった、とりあえず本当に大丈夫みたい。
「一応手当ては終わりましたので、あとは回復魔法で完治を待つだけです」
長い黄髪を揺らし、ミリアさんが一礼してくれる。
「ミリアさんも手当てしてくれてたんですね。ありがとうございました」
てっきりテインさんだけかと思ってた。
私がお辞儀をすると、ミリアさんは慌てたように両手を振った。
「いえいえ、とんでもないです! ナース・ヴァンパイアとして治療をするのは当たり前ですから」
「ご、ごめんなさい。あなたの手まで煩わせちゃって。わたしがちゃんと避ければ良かったのに」
ベッドの上で上体を起こした姿勢のグレースが、申し訳なさそうにミリアさんを見上げる。
「大丈夫ですよ、気にしないでください。グレース様に落ち度はありませんから」
ミリアさんは優しく微笑んで言った。
私もミリアさんと同意見だった。
急にスピリアちゃんに飛びかかってこられたんだから、きっと困惑して頭が真っ白になったはずだ。
そんな中で冷静な判断が出来る人なんて限られてる。
ましてやスピリアちゃんは最初は武器なんて持ってなかったんだから、武器を使っての攻撃を予測するのは困難を極める。
「【回復華】」
ミリアさんがグレースに向かって両手をかざし、回復魔法の詠唱を始めた。
その直後、ミリアさんの掌から暖かい光が放出され、グレースを包み込んでいく。
この現象を見るのは、初めてではなかった。
まだ私が吸血鬼界に来て間もない頃、キルちゃんを治療していた時と同じ現象だったからだ。
「体力とか魔力とか、大丈夫なんですか?」
ベッドの傍らに立っていた後藤さんが、腕を組ながらミリアさんに尋ねた。
「はい、ご心配には及びませんよ。ただの回復魔法ですから」
「そうですか」
少し安心したように、息をつく後藤さん。
私の勝手な推測だけど、おそらくミリアさんはグレースの傷本体を治す際にも治癒魔法を使っていたはずだ。
連続の魔法の使用による過度の魔力の消耗が、後藤さんは気になったのだろう。
「な、何よ」
私がじっと見ているのに気付いて、後藤さんはギョッと目を剥いた。
「あ、いえ、何でも」
後藤さんもミリアさんのこと心配してくれるんだな、って思って。
そんなこと、とても本人には言えないけど。
『失礼ね』って怒られるか、無言で睨み付けられるかどっちかだから。
「はぁ、私そんなに信用ないでしょうか……」
不意に、ミリアさんが情けなさそうに嘆息した。
「えっ、ミリアさん、どうしたんですか?」
私が唐突なミリアさんの嘆息に驚いて尋ねると、
「い、いえ、皆様から心配して頂けるのはとても有り難いことなのですが、少し複雑というか……」
顔を引きつらせながら、もじもじと体を捻るミリアさん。
「ミリア、さん……?」
何か気に障るようなこと、言っちゃったかな。
あまり他人から心配されるのが好きじゃない、とかかな?
「ご、ごめんなさい、ミリアさん。気に障ったなら謝ります」
私が言うと、ミリアさんは慌てて笑顔を作った。
「謝らないでください、ユキ様。私が自分勝手なことを口走ってしまっただけなので」
ミリアさんの悲しそうな表情を見る限りでは、何かがキッカケで気を悪くしてしまったに違いない。
それは一目瞭然だ。
でもこれ以上何も聞かない方が良い気がする。
「あ、あの!」
私が迷っていると、医務室のドアが開かれて若干緊張しているような高い声が聞こえた。
振り向くと、そこには風馬くんとテインさん、そして顔を真っ赤にしながら緊張した様子のスピリアちゃんが居た。
「ほら、行ってこい」
小声でスピリアちゃんを促し、軽く背を叩く風馬くんの声が聞こえる。
スピリアちゃんはコクリと頷くと両手を組んだまま、ズンズンとグレースのベッドまで歩み寄ってきた。
後藤さんが少し警戒したように一歩前に出るが、グレースが『大丈夫だから』と制す。
後藤さんはそれでも少し不安そうだったけど、黙ったまま頷いて元の位置に戻った。
「さっきは……」
グレースは無理矢理に笑顔を作りながら口を開きかけた。
「ごめんなさいリ!」
「えっ……?」
グレースが何かを言う前に、スピリアちゃんが勢いよく頭を下げた。
グレースは拍子抜けしたように目を見張って、水色のウェーブがかった長髪を垂らすスピリアちゃんを見つめる。
「わたしが勝手に苛ついて、感情に任せてあなたに攻撃しちゃったリ。本当にごめんなさいリ」
「……わたしの方こそごめんなさい。あなたとこの子の関係とか何も知らなくて、あなたのこと傷付けちゃって」
グレースが謝罪すると、スピリアちゃんはブンブンと首を振って、
「あなたは悪くないリ。わたしが悪いリ。ついカッとなったからって何も攻撃することなかったリ。だから……」
「ありがとう」
「え?」
突如お礼を言われたスピリアちゃんは、思わず顔を上げてグレースを見つめた。
何故急にお礼を言ってくるのか、と言いたげな表情で。
グレースは微笑んで、言葉を紡ぐ。
「ちゃんと謝ってくれて」
スピリアちゃんは呆然と立ち尽くし、グレースを見ている。
「謝るのってすごく勇気が要るでしょ? わたしだってまだ謝らなきゃいけない人達に謝れてないし。それなのにあなたは、ちゃんと謝ってくれた。だから、ありがとう」
その言葉を聞いたスピリアちゃんの黄色の瞳から、透き通った涙が溢れ出す。
頬を伝い、止めどなく流れる涙。
そしてスピリアちゃんはじゅるりと鼻をすすりながら、肩を震わせた。
「ありがとう……リ……」
感情に任せた身勝手な行動を怒るどころか、勇気を出して謝りに来たことにお礼を言ってくれたグレース。
スピリアちゃんにとって、どれほど嬉しかったことだろう。
今彼女が流している涙は、そんなグレースの優しさに対する感謝の意味も込められていそうだ。
号泣し上下に震えるスピリアちゃんの肩に手を起き、グレースは頬を緩めた。
「わたし、グレース。あなたは?」
「す、スピリア……リ」
しゃくりあげながら、スピリアちゃんはグレースの問いかけに答える。
「スピリアちゃんか。よろしくね」
「うゆ!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔に精一杯の嬉しさを宿し、スピリアちゃんは笑顔を見せた。
そんな二人を微笑ましそうに見つめるミリアさんだけが、どこか悲しげな顔をしていたように見えた気がした____。




