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私の英雄は吸血鬼  作者: 希乃
第五章 氷結鬼編
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第138話 悪くない

 その後、私とスピリアちゃんは風馬(ふうま)くんの部屋に居た。


 と言っても、ブリス陛下が私達のためにとそれぞれに用意してくれた部屋だけど。


 医務室での騒動があってから、私は一旦スピリアちゃんを医務室の外に連れていった。


 そして彼女をなだめようとしていたところで、イアンさんが目覚めたのを聞きつけたのか、医務室の近くまで来ていた風馬くんと後藤(ごとう)さんに出くわしたのだ。


「そうか、つい飛びかかっちゃったんだな」


「……リ」


 私から事の発端を聞いた風馬くんは、スピリアちゃんの水色の髪の毛をクシャクシャと撫でて言った。


 不満そうに頷くスピリアちゃんに、風馬くんは続ける。


「そりゃあ、自分のライバルだと思ってた相手を傷つけられたら、誰だってカッとなるよ」


 風馬くんは恥ずかしそうに歯を見せて、『俺も嫌いな奴が目の前に居たら良い気しないし』と言った。


「明らかにあいつの方が悪いのに、テインはわたしのこと怒ってきたリ。わたし悪くないのに」


「うーん、そうだなぁ」


 困ったように苦笑いする風馬くん。


 スピリアちゃんはベッドに腰を掛けたまま、同じように隣に座っている風馬くんと、正面に立っている私を交互に見上げた。


「ユキとフウマはそう思わないリ?」


 風馬くんは頬を掻き、『うーん』と唸ってから口を開いた。


「仮にもここは王宮だし、外と同じ感覚でむやみに暴れまわって良いってわけじゃないよな」


 そう言いつつ、風馬くんは同意を求めるように私を見上げてきた。


 私はその意図をしっかりと読み取って小さく頷くと、


「私も、同意見」


 私達でさえ自分の味方についてくれないと分かったスピリアちゃんは、拗ねたように足をバタバタさせた。


「むう、それは反省してるリ」


 そんなスピリアちゃんを見下ろして柔らかく微笑んでから、風馬くんは表情を一変させて私に尋ねてきた。


「グレースは大丈夫なのか?」


「うん、テインさんが手当てしてくれてるし、後藤さんも付き添ってくれてる」


「なら安心だ」


 そう言うと、風馬くんは再び笑みを浮かべた。


「テインは意地悪リ」


「……意地悪?」


 私が尋ねると、スピリアちゃんはコクりと頷いた。


「うゆ、わたしのことビンタしてきたリ」


「ぷっ」


 テインさんのことを意地悪だと言った彼女の理由に、私は思わず吹き出してしまった。


 こんな状況で場違いなのは分かってるけど、どうしても我慢できなかったのだ。


「な、何で笑うリ?」


 スピリアちゃんは、驚いたように目を丸くして頬を紅潮させながら私を見上げた。


「ううん、可愛いなって思って」


 私は再び笑いが込み上げてくるのを必死に堪えながら、首を横に振った。


「かっ!?」


 スピリアちゃんは驚愕したようにピクンと飛び上がった。


 よほどテインさんに殴られたのが嫌だったんだろうけど、そうやって不満そうにする彼女の姿が、私には逆にいとおしいのだ。


 話を聞く限りでは、スピリアちゃんの面倒を見てきたのはテインさんだ。


 おそらく、最も多くの時間を共にしてきた相手。


 そんな相手に殴られたのだから、傷付くのは当然と言えば当然なのだけど。


「か、可愛くないリ……!」


 もっと頬を赤らめながら頬を膨らませるスピリアちゃんを見つめながら、私はそんなことを考えていた。


 ふと、風馬くんがスピリアちゃんの頭に手を置いた。


「リ?」


 スピリアちゃん本人も、目だけで風馬くんの手を見上げて不思議そう。


 風馬くんは優しく微笑んだまま、


「グレースの手当てが終わったら、謝りに行ってこい。ちゃんと理由も説明するんだぞ。何で突然スピリアに攻撃されたのか、理由が分からないとグレースも納得できないだろうしな」


「……分かったリ」


 渋々といった感じで、スピリアちゃんは頷いた。


 それでもやはり納得がいかないようで、同じことを何回も呟いていた。


「何でテインはわたしのことビンタしたリ。暴力は……」


 自分で言って、スピリアちゃんはハッと目を見開き絶句したようだった。


 そんな彼女の心情を察したように、風馬くんが付け足す。


「テインさんも、それを伝えたかったんだと思うぞ」


「……うゆ」


 今度こそ、はっきりと分かったような表情で唇を引き結ぶスピリアちゃん。


 ____ちゃんと謝ろう。


 そう決意を固めたような表情だった。


 スピリアちゃんがグレースに謝ろうという気になってくれて本当に良かった、と風馬くんと二人で笑い合っていると、不意にドアがノックされた。


「はい」


 風馬くんが応えると、ドアの向こうから声が聞こえてきた。


「テインでございます。ユキ様、グレース様の手当て、無事に終了しましたよ」


「え?」


 テインさんが私を呼んだことに驚く風馬くん。


「実は私が頼んでたんだ。スピリアちゃんがちゃんと謝ってくれるだろうなって思ってたから」


「なるほど、そういうことか」


 風馬くんは納得したように頷く。


「行こう、スピリアちゃん」


 私が手を差し出すと、スピリアちゃんは素直に顎を引いて私の手を握ってくれた。


 風馬くんがドアを開けると、その先にはテインさんが立っていて、私達が部屋から出るのを待ってくれていた。


「では、行きましょうか」


 紫色の三つ編みをなびかせてテインさんが足を踏み出した瞬間。


「て、テイン」


 その後ろ姿に、スピリアちゃんが声をかけた。


「なに?」


 振り向き、急に真面目な表情になるテインさん。


 スピリアちゃんは何かを言おうと口を開くが、また自信なさげに口を閉ざしてしまう。


「スピリアちゃん」


 私が呼びかけると、スピリアちゃんは黄色の瞳を揺らして私を見上げた。


 彼女がやろうとしていることは、私にはすぐに分かった。


 風馬くんも同じなのか、『頑張れ』と言う風に微笑んでいる。


 私が無言で頷いて笑顔を見せると、スピリアちゃんも表情を引き締めて顎を引いた。


 そしてもう一度テインさんを見つめると、スピリアちゃんは口を開いた。


「ごめんなさいリ!」


 深々と頭を下げるスピリアちゃんを見て、一瞬だけテインさんが驚いたような顔をする。


 でも次にスピリアちゃんが頭を上げた時には、まるで怒っているような真剣な表情に戻っていた。


 スピリアちゃんは時折テインさんを見上げつつも、自信なさげに目を伏せて、


「わたし、自分は悪くないって思って、それしか考えてなかったリ。本当はただキルを倒したあいつが許せなくて……でもどんな理由があっても暴力は絶対に駄目リ」


 テインさんをじっと見つめて、スピリアちゃんは決意を表明した。


「テインがビンタしてくれたから気付けた事リ。本当にありがとリ。あとテインの言うこと全然聞かなくてごめんなさいリ。これからはちゃんと聞くリ」


「それ、信じても良いのかしら?」


 少し怒ったような表情のまま、テインさんがスピリアちゃんを見下ろす。


 スピリアちゃんはテインさんに見つめられても動じることなく、決意を固めた表情で顎を引いた。


 テインさんはスピリアちゃんの決意を聞いても暫く怒ったような表情を崩さなかったけど、やがてふっと頬を緩めた。


「分かったわ。でも謝らないといけない相手はもっと別に居るでしょ? 彼女にちゃんと謝って、スピリアの行動にも反省が見られたら、許します」


「リ!」


 スピリアちゃんは元気に頷いた。


「あ、あの」


 突然声を発した私を、皆が不思議そうに見つめる。


「私、先に医務室に行っても良いですか?」


「はい、大丈夫ですよ、ユキ様」


 テインさんが振り向き、私に向かって頷いてくれた。


「ありがとうございます!」


 私は勢いよくお辞儀をして、廊下を駆け出した。


 早くグレースの様子を見に行きたかったのだ。

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