第14話 炎の救世主
「お前ら……! ユキに何をした!」
レオくんの怒った叫び声に、遠のいていた私の意識がふっと戻された。
まだだ、まだ気を失ったらダメなんだ。
私は必死に自分に言い聞かせて、頭の痛みを我慢する。
「別に何もしてねーよ」
「決まってんだろ。売りさばいて金に____」
「おい! バカ! 言うな!」
反論する若い吸血鬼のすぐ後で、本当のことを言いそうになったもう一体を、中年吸血鬼が慌てて遮る。
ああ、目隠しが外れてたら、ちゃんと今何が起こってるか分かるのに……!
私はじれったい思いで、レオくんと誘拐犯たちの会話を聞き続けた。
「変なこと考えやがって……! さっさとユキを返せ!」
三体でもたついてるのか色々喋っている吸血鬼達に向かって、レオくんが怒涛の声をあげる。
「う、うるせぇ!」
レオくんの怒りに驚いたのか、吸血鬼が引き腰になった気がした。
きっとそうだ。レオくんは怒ると怖いから。
そんなこと、本人の前では口が裂けても言えないけど。
「聞いてんのか? ユキを返せって言ってんだよ」
今度は冷静に、でもしっかりと怒りを含んだ声で言うレオくん。
「無理だ! こいつには用があんだよ!」
若い方の吸血鬼____さっき『何もしていない』とレオくんに反論した方が負けじと叫ぶ。
私を売ろうと思ってたことを、うっかり言ってしまいそうになった吸血鬼は、レオくんの威圧に完全に参ってしまっているのか何も声が聞こえない。
中年吸血鬼の方も黙っている。
「口ではわからないのか。仕方ない」
「何言ってんだよ! てめーには関係ねー話だろーが! さっさと失せろ!」
「そっくりそのまま返してやる。【炎嵐】!」
レオくんがそう言うやいなや、ボォっという音がして少し熱気が出た。
それと同じタイミングで吸血鬼たちの叫び声も聞こえてくる。
一瞬何が起こったのかわからなかったけど、レオくんの言葉から推測するに技を出したのだろう。
「ナメた真似しやがって……! おい! てめぇら! 押しきるぞ!」
「「お、おう!」」
中年吸血鬼の掛け声に若者二人が賛同の意を込めて雄叫びをあげるとともに、剣と剣とが激しくぶつかり合う音がした。
「なかなかやるな、鬼衛隊め! だが俺の必殺技を食らえば……」
「ごちゃごちゃ言ってないでさっさとかかってこい」
「う、うるせぇ! この野郎!」
レオくんの言葉に、中年吸血鬼が焦ったような声で叫ぶ。
「遅いな」
レオくんの短い一言の直後、
「うぐぐっ!」
中年吸血鬼の唸り声がした。
「大丈夫か?」
「お、お腹切られてるぞ!」
どうやら中年吸血鬼の必殺技の前に、レオくんがお腹を攻撃したらしく、若者二人が焦っている声がした。
「うるせぇな! お前らもボーッとしてないで戦えよ!」
「「お、おう!」」
中年吸血鬼に叱られた二人は剣を構えながら、レオくんに突進していっているようだ。
また剣と剣とがぶつかり合う音がした。
次は剣が三本あるためかその音幅が狭く、何回も何回もぶつかり合う音が聞こえた。
「まだ懲りないのか。【炎嵐】!」
「ぐわぁぁぁ!」
レオくんの炎技に押された二人は、叫び声を上げて地面に落下したのだろう。
地面に身体を打ち付ける鈍い音がした。
「お前ら弱いな! 全然戦力にならねぇじゃねぇか!」
向かって行って倒されて帰ってきた二人に、中年吸血鬼は怒りを露わにしている。
「お前もだろ!?」
「人のこと言えねぇぞ!」
「うぐっ……」
だけど、すぐさま若者二人の連携プレーによって反論され、中年吸血鬼は悔しげに喉を詰まらせた。
「まだか? これ以上痛い目に遭いたくなかったら、ユキを置いてさっさと失せろ」
三人の言い合いに呆れたようにレオくんが一言。
「く、くそ……! 覚えてろ!」
中年はそう吐き捨ててから、すぐに付け加えて言った。
「あ、あと! わかってるだろうが失せてやるのは今回だけだからな! おい、一旦引くぞ」
「……チッ。わあったよ!」
まだ納得していなさそうに舌打ちをして、中年吸血鬼と一方の若い吸血鬼はその場を離れていった。
「ん? あ、ちょ! 待ってくれよ!」
先に引き腰になったもう一方の若い吸血鬼が、自分だけ置いていかれたことに気付いたのか、慌てて二人の後を追っていっているのがわかった。
「ったく、何だ、あの負け惜しみは」
レオくんは嵐のように過ぎて行った三人組に呆れ果てていた。
ふぅ〜、と思わずため息をついてしまう私。
「大丈夫か?」
急に視界が開けて、私は思わず目をしょぼしょぼさせてしまう。
瞬きをしていると、目の前が見えるようになってきた。
目の前にぼんやりと浮かんだのは、レオくんの顔だった。
「うわ!」
驚いて、思わず変な声を上げてしまう。
「え、何でそんなにびっくりするんだよ。俺がいること知ってただろ」
「わかってたけど……何というか」
自分でも訳のわからない言い訳を始めてしまった私に、レオくんは明らかに怪訝そうな表情を向けた。
どうやらずっとされっぱなしだった目隠しは、レオくんが外してくれたみたい。
「ったく、勝手に出て行くから、こんなことになったんだぞ」
レオくんが安心したように、でも怒りながら言った。
「うん、ごめんね」
「まぁ、俺も悪かったけど……」
「え?」
レオくんが悪い?
た、確かに『もうここに来ない方がいい』って言われた時はどうしようかと思ったけど、今こうやって助けにきてくれたわけだし……。
「そ、その……ユキの気持ちも考えないで、あんな変なこと言って悪かった」
頰を赤らめて私から目を逸らしながら、レオくんは恥ずかしそうに言った。
「う、うん! 私こそごめんね!」
私も急いで謝った。
だって今回のことは、私が出て行っちゃったせいで起こったことだから。
「ぜ、前言撤回。ここに、い、居ても……良いぞ」
「え?」
今、ここに居て良いって……?
「ユキとは会ったばっかりだし全然知らないから、どうせならちゃんとユキのこと知った方がいいかなって思って……。だ、だから……」
たじたじだけど、レオくんの気持ちは私にしっかり伝わってきた。
「ありがとう!」
勝手に出て行っちゃってごめんなさい、とか、助けてくれてありがとう、とか、これからもよろしく、とか言いたいことは山ほどあったけど、私はその一言に全部の思いを込めた。
レオくんにも伝わったみたいで、恥ずかしがりながらも頷いてくれた。
「とりあえず帰るぞ。隊長も皆も心配してるんだ」
「うん!」
私はレオくんの言葉に大きく頷いて、彼と一緒に向かった。
イアンさんやキルちゃん、ミリアさん、鬼衛隊のメンバーが待っている暖かい私の『家』に。




