第129話 あまりにも酷すぎるよ
「何であなた達がここに居るの?」
警戒を含んだ声音で、グレースが目の前に立ち塞がる三匹の吸血鬼と一匹の亜人を睨み付けた。
「皆で色々推測してたの。私達の雪を取り戻すためにね」
そう言って胸元から短剣を取り出したのは、桃髪の小柄な吸血鬼だった。
「はぁ、まだそんなこと言ってるの? せっかくわたしが取り戻したものをまた奪わないでくれる?」
グレースが呆れながら吐息し、腰に手を当てる。
「俺達の大事な雪を奪ったお前にだけは言われたくないな」
橙色の髪の吸血鬼・レオが悪態をつく。
するとグレースは両手を下ろして拳を握りしめ、地面に向かって吠えた。
「陛下がわたしからルミだけじゃなく、皆も奪った! だからそれを取り戻すんだよ!」
握った拳を震わせ、グレースはキッと前を向いて弱々しい声を出した。
「大切なものを取り戻したいっていう気持ちは、あなた達もわたしも同じでしょ……?」
『分かってほしい』と言いたげに、グレースは唇を噛み締める。
「またルミを奪うって言うなら、わたしが命を懸けてルミを守る!」
そう言って、グレースは掌を掲げて氷の剣を生み出した。
「ルミはここに居て。絶対に動いたら駄目だからね」
吸血鬼達と亜人を真剣な表情で見つめながら、グレースが私に向かって言った。
「う、うん」
グレースの真剣な表情を見た私は、素直に頷くことしか出来なかった。
「そこを退いて!!」
地を蹴り、グレースは氷の剣を手に駆け出した。
「させない!」
黒髪の吸血鬼がそう言い、他の二匹もそれぞれ剣を抜いて、走るグレースを迎え撃つ。
「【鉄壁】!」
包帯だらけの腕を掲げ、亜人のアコが王宮を守るように大きな壁を作った。
「グレース、これであんたは王宮には近付けないわよ」
「ふん、何よ。わたしにやられてボロボロのくせに」
ひらりと身を翻し、吸血鬼達と剣を交えるグレースは、アコが鉄壁を生み出しても動じなかった。
「どうせ、今のアコじゃ能力も半分か、それ以下でしょ。そんな壁余裕で……!」
グレースは鉄壁に向かって手を掲げ、氷術を放った。
でもそれは壁に当たって無惨に砕け散る。
「なっ!?」
攻撃を消されたグレースは、着地して目を見開いた。
「くっ……! やっぱり能力じゃ負けるんだ……」
グレースの氷術を容易に消し飛ばした鉄壁は、今も無傷でそびえ立っている。
それを見て、グレースは悔しげに歯を噛み締めた。
「居るのはアコだけじゃないんだけど!」
短剣を手に桃髪の吸血鬼がグレースを襲うが、
「何よ! 邪魔しないで!」
グレースは咄嗟に攻撃を回避した。
空中で回転し、後ろに飛んで私の横に戻ってきた。
「グレース、やっぱり私も……」
『一緒に戦う』と言おうとしたけど、途中でグレースに遮られた。
「駄目。ルミはわたしが守るって言ったじゃん」
「で、でも、グレースは一人じゃん。相手は四人も居るんだよ?」
「大丈夫だって。ルミはここに居て」
正面から私に視線を移し、グレースは赤い瞳で私を見つめてきた。
「お願い」
「グレース……」
それからグレースはまた、正面に居る吸血鬼達に向かって声を張り上げた。
「早くそこを退いて! ルミと二人で王宮に頼みたいことがあるの!」
「君の方こそ、王宮に手を出さないでもらいたい!」
長身の黒髪の吸血鬼が、剣の刃を地面に突き刺し、柄の先を持って言った。
横から吹き付ける風が、彼らの黒いマントをゆらりとはためかせる。
「それは無理。わたしの目的が果たされない!」
黒髪の吸血鬼の要求に、長い白髪を揺らしながらグレースは首を横に振って答えた。
「自分の目的のためなら、何をしても良いって言うのか!」
その答えを聞いたレオが、グレースに怒りの眼差しを向ける。
「何回言っても応じなかった陛下が悪いんだよ!」
「お父様は悪くない! この世界を守っただけだ!」
声を荒げるグレースに、黒髪の吸血鬼も大声で反論する。
「じゃあわたし達氷結鬼がどうなっても良いわけ!?」
「大体、君が氷術を限界まで引き出したのが原因だろう!」
黒髪の吸血鬼の言葉に、グレースがハッと息を呑む音がした。
赤い瞳を揺らし、グレースは黒髪の吸血鬼を見つめる。
「……分かってたの?」
「勿論、お父様だって分かってたよ。 でも……ルミが『どうしてもグレースの身代わりになりたい』って言ったから、お父様はルミの言い分を呑んだんだ」
静かに、黒髪の吸血鬼は本当のことを口にした。
それは間違いじゃない。私が本当に陛下にお願いしたことだ。
「グレース、あのヒトの言ってることは本当だよ。私が『身代わりになりたい』って言ったの。グレースが酷い目に遭うのが嫌だったから」
グレースの肩に手を置き、私はそっと言った。
「何よそれ……!」
でもグレースは私の助言などまるで耳に入っていないかのように、俯いたまま声を震わせた。
「ルミが悪いみたいに言わないでくれる!?」
瞬間、私の視界からグレースが消える。私が彼女の行く先を目で追った時には、
「うわぁっ!!」
グレースが氷の剣で黒髪の吸血鬼を斬りつけていた。
「イアン!」
「隊長!」
痛みに声をあげて地面に転がる黒髪の吸血鬼を見て、桃髪の吸血鬼とレオが同時に叫ぶ。
「ルミは悪くないんだから!!!」
グレースは感情に任せて続けざまに剣を振るった。
「きゃっ!」
「ぐわっ!」
グレースの剣撃を受け、咄嗟の攻撃で受け身さえ取れなかった二匹の体が空中を舞って地面に落下し、小さな砂埃を上げる。
グレースは振るった剣を下ろして、
「本当は全部わたしが悪いの! ルミは悪くないの!」
「グレース……」
私は思わずグレースの名前を口にした。
グレースは今でもずっと後悔していたんだ。
私がグレースを庇ったせいで自分のせいだって負い目を感じて自分を責めて。
グレースだって、氷術を間違って限界まで使っちゃったこと以外は何も悪くないのに。
グレースは剣を下ろしたまま立ち尽くし、俯いて唇を噛んでいた。
「ルミのためにも、早く皆を取り戻したい! ただそれだけなの!」
それからグレースはバッと顔を上げると、王宮の前に建てられた鉄壁に向かって左手を掲げた。
「【火炎放射】!」
詠唱とともに、グレースの左手から真っ赤な炎が放射される。
炎は真っ直ぐ鉄壁にぶつかり、いとも簡単に鉄壁を焼き払ってしまった。
隙ありとばかりに、グレースは駆け出す。
「行かせないって言ってるでしょ! 【鉄壁】!」
でも王宮を背に立つアコは、崩された鉄壁と同じ場所にもう一度新しい鉄壁を建てた。
「効かないよ!! 【火炎放射】!」
グレースは再び左手を掲げ、鉄壁を焼き払う。
「くっ! 【鉄壁】!」
負けじとアコも鉄壁を生み出し続ける。
「効かないって!! 【火炎放射】!!」
グレースの炎がまたもアコの鉄壁を焼き払った。
「アイアン・ウォー……うっ!」
詠唱して鉄壁を建てようとしていたであろうアコは、突然顔を歪めて唸った。
包帯が巻かれた腕を押さえ、悶絶しているようだった。
おそらく、手を掲げ過ぎたせいで包帯の下の火傷が痛んだんだろう。
でもグレースはそんなことで躊躇などしない。
「そこを退いて! アコ! 【火炎放射】!!!」
アコ本体に向かって炎をぶつけた。
「ああっ!!」
「「「アコ!!!」」」
炎を直に受けて吹き飛ぶアコ。
それを見た吸血鬼達が声をあげる。
「だから効かないって言ったのに。ルミ、行くよ」
「う、うん!」
グレースは呆れ気味に吐息してから私を呼んだ。
私は頷き、走ってグレースの所まで追い付いた。
そして私達二人は、もう何も妨害するものが無くなった王宮へと足を進めた。
____はずだったのに、グレースがすぐに足を止める。
グレースが見下ろすのに合わせて私も視線を下ろすと、グレースの足首を煤で真っ黒になった手が掴んでいた。
「なに?」
グレースの足首を掴んだ張本人____亜人のアコは、地面にうつ伏せになったまま息も絶え絶えに、黒く煤けた顔をグレースに向けていた。
「行かせない……。陛下に楯突くってことは、この世界そのものに歯向かうことになるのよ……あんたはそれでも良いって言うの?」
「うるさい!」
「こんなことしたら! 余計にあんた達氷結鬼はこの世界で生きていけなくなるわ!」
グレースは叫んで足を振ろうとしたけど、アコがグレースの言葉に被せるように声を張り上げる。
「国王陛下に楯突いた種族だって周りから非難されて、今住んでる場所も追い出されるかもしれないのよ! せっかく仲間を取り戻してもそんな状況で一緒に暮らさなきゃいけない。それで本当に幸せになれると思ってるの?」
グレースはアコの問いに悔しげに歯を噛み、
「ルミと二人ぼっちよりはマシだよ! アコは良いじゃん、親と一緒に暮らしてるんだから! アコなんかに家族も仲間も失ったわたしの気持ちなんて分からないよ!」
「だからって、王宮に乗り込むのは間違ってるわ!」
グレースもアコも、お互い負けじと論争を繰り広げる。
アコの言葉にイライラが頂点に達したのか、
「しつこいなぁ! 死にたいの!?」
グレースはアコの胸ぐら____制服の襟の部分を掴んだ。
「ううっ……! ぐ、グレース……」
苦しそうに悶絶しながら、それでもなおアコはグレースの足を掴んだまま。
「これ以上、わたしの邪魔しないでくれる?」
「グレー……ああっ!」
グレースは右足を振るってアコの手から逃れると、振るった足をアコの頬にぶつけた。
アコの頬を思い切り蹴ったのだ。
「ね、ねぇ、グレー……」
「行くよ、ルミ」
私はグレースに声をかけようとしたけど、途中で遮られてしまう。
でも、どうしても言わなきゃ……。
「こ、こんなの、あまりにも酷すぎるよ」
私の言葉に、グレースの眉が寄せられた。




