第124話 私は雪/ユキじゃない
……あれ? 私、何してたんだろう。
そう思いながら、私はゆっくりと目を開けた。
何故かは分からないけど、結構長い時間寝てた気がする。
寝ていたのか、意識が無かったのか、その辺りは微妙だけど。
「ユキ、大丈夫か」
目の前にはツンツンはねた橙色の髪を持つヒトが、紫色の瞳で心配そうに私を見つめていた。
このヒト、誰?
「……ユキ?」
所々はねた橙色の髪に、紫色の細い瞳。黒いマントの下には白いシャツを着ているそのヒトは、不安そうな顔をした。
黒マントってことは、このヒトは吸血鬼か。
ところで、ユキって何?
そう思いながらふと辺りを見回すと、少し離れた所でグレースが座り込んでいた。
「グレース……」
グレース、どうしたんだろう。
背中を丸めてて、何か苦しそうにしてる気がする。
私は暫く彼女をじっと観察した。
グレースは背中を丸めて地面にへたり込み、お腹を押さえているようだった。
やっぱりそうだ! グレース、苦しんでる!
急に立ち上がったせいでふらついたけど、私はグレースの所まで走った。
「グレース! 大丈夫?」
グレースの丸くなった背中をさすり、私はグレースを見つめた。
「ルミ……」
グレースが私を見て、どこか驚いているような、そんな表情をする。
「何でこんなところに居るの?」
私が尋ねると、グレースは目をぱちくりさせた。
「……え? だってそれはあなたと一緒に村に戻るために……」
「うん。だったら早く帰ろうよ」
村に戻るのなんて簡単じゃん。いつも帰ってるんだから。
それより……。
「ここ、どこ? 見たことない所だけど」
右横には大きくそびえ立つ建物があった。
それにその建物に窓がいっぱい付いてる。変な所だなぁ。
「ユキ、何言ってるんだ?」
さっきの吸血鬼が、剣を鞘にしまいながら尋ねてきた。
「あなた、誰?」
私、このヒトと会ったことあったっけ?
何気なくグレースの方を見ると、グレースのお腹に何かに切られたような細い痕があって、そこから赤黒い血が流れていた。
「もしかして、あなたがグレースを傷つけたの!?」
私が吸血鬼に聞くと、彼は驚いたように目を見開いてから、頬を引きつらせた。
「ゆ、ユキ? お前を取り戻すためにやったことだぞ?」
困ったように笑いながら、私を見つめてくる吸血鬼。
「ひどい、グレースは何も悪くないのに、こんな酷いことするなんて」
私が言うと、吸血鬼は慌てた様子で、
「ち、違うんだ! ユキ!」
何が違うのよ。この状況からして、グレースのお腹を切ったのはあなたしか考えられないじゃない。
それに腰に挿してるその剣! どう見てもそれでグレースを切ったんでしょ!
私は心の底から怒りが湧いてくるのを感じつつ、掌を掲げて雪玉を生み出した。
「グレースにはもう手は出させない。私が相手になる!」
雪玉を投げつけようと腕を振りかぶった瞬間、吸血鬼が掌を私の方に向けてきた。
「お、おい、ユキ! 俺だぞ? レオだぞ? 本当に覚えてないのか?」
自分のことを指差しながら、慌てたように訴えてくる。
「私はユキじゃない!」
さっきから何で私のこと『ユキ』って呼んでるのか知らないけど、
「私はルミだよ!!」
もう怒った。変な名前で呼ぶし、急に『覚えてないか?』とか聞いてくるし、もう何なの!?
私は思いっ切り力を込めて雪玉を投げつけた。
「おわっ!! ユキ!」
黒いマントをはためかせて、レオという名前の吸血鬼は私の雪玉攻撃を避けた。
私は両手を掲げて何球もの雪玉を生み出すと、
「えいっ!!」
もう一度大きく振りかぶって、雪玉をレオに投げつけた。
「お、おい! ユキ! やめろって……言ってるだろ!?」
一斉に振りかかってくる雪玉を避け、避け切れないものは剣でガードしながら、レオは私に向かって文句を言ってきた。
「何よ! グレースのこと傷つけたくせに!」
それなのに開き直って文句言うなんて、本当どうかしてるよ。
こうなったら、アレしかない!
「ふぅっ!」
雪玉を何個も集めて凝縮させ、それを細くして固めていく。
そうすれば、氷で出来た剣の完成だ。
簡易用だしすぐに折れるかもしれないけど、無いよりは100倍もマシだし。
「はあぁっ!」
私は剣の鞘を両手で持って、レオに飛びかかっていった。
「ユキ!」
まだ私のことを『ユキ』と呼びつつも、レオは私の剣撃をしっかりと自分の剣で受け切る。
でも、まだまだ!
私は一撃で止めることなく、何回も何回もレオに向かって剣を振り下ろした。
私が剣を振り下ろせば、それを綺麗にレオが受け切る。
テンポの速い、剣同士がぶつかり合う音が響き渡っていた。
「や、やめろ! お前とは戦いたくない!」
私の攻撃を受け続けながら、レオがまたそう言った。
仮にレオが私と戦いたくないのだとしても、私には戦わなきゃいけない理由がある。
大事な親友を傷つけられて、おまけにその犯人も分かってるって言うのに見過ごすなんて出来るわけがないでしょ。
グレースをこれ以上傷つけさせないためにも、私がレオを倒すんだ。
「はあぁっ!!」
一度後ろに下がって足に力を込め、再びレオに飛びかかる。
「ユキ! しっかりしろ! 目を覚ませ!」
「「____!!」」
叫んだのはレオ____ではなく、遠くに倒れていた黒髪の吸血鬼だった。正確には隣の桃髪の吸血鬼に上体を支えられていたけど、思わず動きが止まってしまうほどの大声に、私だけでなくレオも剣を振るう手を止めた。
「隊長……」
レオが後ろを振り返り、黒髪の吸血鬼を見つめた。
このヒトも、私のこと『ユキ』って言うんだ。本当に何でなの?
「そっかぁ!」
と、突然うずくまっていたグレースがお腹を押さえたまま、笑顔で私を見てきた。
「ルミ、記憶が戻ったんだね!」
「なっ……!」
嬉しそうに顔を輝かせるグレースと、目を見開いて驚くレオ。
レオの背後にいる黒髪の吸血鬼と桃髪の吸血鬼も、瞳を揺らして信じられないと言いたげな顔をしていた。
どういうことだろう。もしかして私、記憶喪失だったの?




