第114話 思いがけないバックアップ
「ご、後藤さん、吸血鬼界に行ったことあるんですか!?」
衝撃的な後藤さんの言葉を聞いて、私はまた身を乗り出してしまう。
「行ったことあるも何も……あたしもそこの出身だもの」
後藤さんは机に頬杖をついた姿勢のままで、無表情で言った。
「吸血鬼界って言ったら、村瀬が行ってるって所だよな。それに春くらいにニュースになってた奴」
風馬くんがそう確認を取ってきたので、私はコクリと頷く。
風馬くんは『マジか……』と呟きながら口を片手で覆った。
そりゃあ、そうだよね。いきなりキャパオーバーなこと言われるんだもん。
それにしても、後藤さんが吸血鬼界の出身だったなんて……。
ん? 吸血鬼界出身!?
「え、えぇ!?」
私は思わず大声で叫んでしまった。
「うるさいわね。声が大きいわよ」
眉をひそめてあからさまに嫌そうな顔をする後藤さん。
「ご、ごめんなさい……」
私は慌てて両手で口を覆った。
しかも夜だから余計に近所迷惑になっちゃうし、これからも色々ビックリすることはあるだろうけど、叫ばないようにしなくちゃ……!
「し、知らなかったです。後藤さんが吸血鬼界の出身だったなんて……」
私が言うと、後藤さんは当然のように言い放った。
「だって、あんたに言ったことないもん」
……ですよね。
ん? でもどういうこと!?
もしかして後藤さんも、私みたいに元々は吸血鬼か氷結鬼だったけど、ブリス陛下に人間の姿にされた、とか?
「あの……後藤さんも吸血鬼か氷結鬼だったんですか?」
「ううん、あたしは亜人」
亜人、か。
確か、鬼ではないけど鬼の仲間に近い、人間じゃないけど人間の姿にそっくりっていう生き物だよね……って。
「え、えぇー!? そ、そうだったんですかー!?」
ハッ! 柄にもなくまた叫んじゃった……!
近所迷惑……! ごめんなさい、隣とか前とかに住んでる方々……!
後藤さんはまた『うるさい』と言わんばかりの表情。
でも今度は文句も言わずに話を続けてくれた。
「納得でしょ? あたしの名前が『亜子』なのも」
あ、そうか! 『亜人』の『子』だから『亜子』なんだ!
「おぉー」
何故か妙に感心してしまって、私は思わず拍手喝采。
「何で拍手してんのよ」
後藤さんには呆れられたけど。
それにしても衝撃的だなぁ。
後藤さんが『亜人』で心結ちゃんが『氷結鬼』。
同じクラスに二人も人間じゃない子が居るなんて……。
あ、私も同じようなものだった。
でも私が本当に『人間』を名乗って良いのかな。
姿形は人間だけど、それがなかったら心結ちゃんと同じ氷結鬼ってことになるし。
まぁでも、後藤さんが『今のあんたは間違いなく普通の人間』って言ってくれたし、自信持たなくちゃいけないよね。
「それで? 他に聞きたいことは?」
頬杖をついたまま、後藤さんが尋ねてくれた。
そして私は聞きたいことが山程あったことを思い出す。
いっぱいあり過ぎて何から質問すれば良いのか分からないけど、まずは順番に……。
私は後藤さんに向かって頷くと、質問を開始した。
「えっと、心結ちゃんって大丈夫なんですか? 後藤さん、鉄みたいな壁で路地裏に閉じ込めちゃいましたけど」
後藤さんは顎を引くと、
「あたしの【鉄壁】は十分で力を失うの。だから今はもう自分の家に帰れてるはずよ」
よ、良かったぁ。あのまま暗くて狭い所で過ごすなんて地獄過ぎると思った。
それに、あの鉄みたいな壁、アイアン・ウォールって言うんだ。
「もしかして壁を作る能力って、後藤さんが亜人だから身につけることが出来た能力ですか?」
私が尋ねると、後藤さんは何かを考えるように小首を傾げて天井を仰いだ。
「あたしが『亜人だから』って言うよりは、亜人自体が何かしらの特殊能力を持ってる種族なのよ。ちなみにあたしの家計は鋼系の能力」
へぇ、鋼か。だからあんなに大きい壁も簡単に作れてたんだ。
「凄いですね! 生まれつきで能力が使えるなんて!」
拳を握りしめて私が感動すると、
「だよな。俺もそういうの憧れる」
風馬くんも目をキラキラと輝かせていた。
やっぱり男の子ってこういう能力系が好きなんだなぁ。
そんな私達二人の期待を他所に、
「逆に能力を持ってない亜人は用済みって感じの風潮だったから、生まれつき能力使えて当たり前なのよ」
少し面倒くさそうに、ため息をつく後藤さん。
能力は使えて当たり前。使えなかったら用済み、か。
やっぱりどの世界でも厳しいんだなぁ。
しかも後藤さん、亜人について話すの嫌そうだし、そろそろ次の質問に行った方が良さそう。
「じゃ、じゃあ、後藤さんと心結ちゃんはどうやって知り合ったんですか?」
「氷結鬼が氷術を解放しすぎて吸血鬼界の六割が氷地帯になったって話は知ってる?」
多分、心結ちゃんが言ってたことだよね。
私と一緒に遊んでたら間違って氷術を使っちゃったって。
それが私達の別れの原因だって言ってたし。
「はい、心結ちゃんから聞きました」
「その氷術を解くためにあたし達も協力したの。とてもじゃないけど王都の吸血鬼だけじゃ手に負えなかったみたいでね。亜人族の村まで遣いが来たってわけ」
後藤さんは床に両手をついて後ろに体重をかけると、
「その時にちゃんと話してくれたわ。『王都ではルミが犯人ってことになってるけど、本当はわたしが間違ってやっちゃったんだ』って」
どこか懐かしそうに細まる後藤さんの瞳。
「そうだったんですね……」
心結ちゃん、じゃなくてグレース、ちゃんと後藤さんには本当のこと伝えてくれてたんだ。
何だかんだ言っても優しい子なのかも。
……でもそれも、いつか私を見つけてもう一度村に帰って一緒に過ごすっていう夢があったからだよね。
私はそれを断っちゃったから、今もきっと怒ってるはず。
「どうした? 村瀬」
急に静かになった私に気付いた風馬くんが、私の顔を覗き込むようにして尋ねてくれた。
私はその声に気付いて慌てて顔を上げ、
「あっ、えっと……心結ちゃん、本当は私ともう一度村で一緒に過ごすために、今まで頑張ってたの。でも私はそれを断っちゃった。だから明日学校に行ったら心結ちゃんが攻撃してこないかなって不安で」
事実、さっきは吹雪を起こして私を体内に吸い込もうとしたくらいだし、今度は何をしてくるか分からない。
不安になった私は、また俯いてしまう。
「大丈夫だよ、村瀬」
横から聞こえた優しい声に顔を上げると、そこには風馬くんの笑顔があった。
風馬くんは私の肩に手を置いて、
「村瀬のことは俺が絶対守るから。スピリアの時みたいに、もう村瀬が傷付く姿は見たくない」
穏やかな笑顔から一転、表情をキリッと引き締めて、風馬くんは真剣な顔でそう言ってくれた。
「風馬くん……」
「それに、もしもあの子が攻撃してくるなら、相手はあたしが最適だもの」
「ご、後藤さん……それってもしかして……」
私のこと、助けてくれるの?
「あの子があんたに攻撃を仕掛けてくるって言うなら、あたしが相手になってやるわよ」
そう言って、後藤さんは少しだけ口角を上げた。
「後藤さん……」
思いがけない二人からのバックアップに、私は思わず涙を浮かべてしまう。
それくらい、二人が私を助けてくれるということが嬉しかった。
「えっ!? ちょ……村瀬、大丈夫か? 泣くなよ……」
オロオロと風馬くんを困らせてしまうことになり、後藤さんには案の定『そんなことで泣いてどうすんのよ』と呆れられた。
「だ、大丈夫だよ、ごめんね。嬉しくなっちゃって、つい」
目尻に浮かんだ涙を、指で拭いながら情けなく笑うと、風馬くんは安心したように胸をなでおろした。
「な、何だ、嬉し泣きか」
何はともあれ、明日は気を引き締めて、風馬くんと後藤さんにもあまり迷惑かけないようにしなくちゃ。




