第108話 本当の友達だね
「ねぇ、雪ちゃん。そう言えばさっき、柊木くんと何話してたの~?」
氷下さんと学校を出て、ショッピング街を歩いていた私。
すると、氷下さんが小首を傾げて尋ねてきた。
「え? な、何と言いますと……」
唐突に尋ねられて、私は思わず焦ってしまう。
だって、風馬くんと『氷下さんが怪しいかも』と話していたなんて言えるわけないし。
でも、かと言って何を理由にしたら良いんだろう。
「ん~?」
氷下さんは前のめりになって、私の顔を見上げるように下から覗き込んできた。
彼女にそんなつもりはないんだろうけど、こうされると返事を急かされているみたいで、余計に何を言おうか分からなくなってしまう。
それが友達付き合いに慣れていない私の癖だった。
「え、えっと……」
それでも何とかして言わなきゃ。
氷下さん、待ってるし。
ちらりと氷下さんを目だけで見下ろすと、氷下さんは目を細めてにこりと微笑んだ。
「もしかして~心結に言えないこと~?」
顎に人差し指を当てる氷下さん。
「ち、違います! ただ……急に話しかけられたから混乱しちゃって。ほら、私って今まで友達居なくて誰かと話すってことが少なかったから」
何とか誤魔化していると、自分でも情けなくて笑ってしまう。
「柊木くんとは話してたのに~?」
うっ、確かに風馬くんとは混乱せずに話せる……。
「えっと……風馬くんは……」
何故か気にせず全部話せてしまうんだけど、そんなこと言ったら氷下さん相手だと気にしてしまうって言ってるみたいで申し訳ないし失礼だよね。
「雪ちゃん、柊木くんのこと好きなんだ~」
急に悪戯っぽく笑って、氷下さんは前のめりだった姿勢を元に戻した。
「えっ!?」
急にそんなことを言われたものだから、私は思わず大きな声を出していた。
人通りも結構多いショッピング街に、少しだけ私の声がこだました____気がする。
すると、氷下さんは口に丸めた拳を当ててクフフと笑い、
「顔、真っ赤だよ~」
と、冷やかしてきた。
「ちゃ、茶化さないでください!」
両手を思い切り振って目を瞑ると、氷下さんの笑い声が聞こえてきた。
私が目を開けると、声のした通りに氷下さんがお腹を抱えて笑っていた。
えっ、そんなに私、変なことしたのかな……。
「まぁ、良いや~。それよりさ」
「は、はい!」
何か言われるのかと思って、私はピンと姿勢を正して氷下さんを見た。
「同い歳なんだから敬語じゃなくて良いよ~。あと、心結のことは心結って呼んでね」
茶目っ気たっぷりにウインクし、氷下さんは言った。
「え? え!?」
彼女からの衝撃的なお願いに、私はまた大声で驚いてしまう。
一度目は何もなかったけど、今回は度が過ぎたんだろう。
通りすがりの人達がすれ違い様に私をチラチラ見ていた。
恥ずかしい……。
思わず顔が赤くなって、それを見られまいと両手で顔を覆った。
今まで親しい友達とか居なくて分からなかったし……と、心の中でいつもの言い訳を始めた私だけど。
よく考えたら、風馬くんのこと『風馬くん』って名前で呼んでた!
ということは……氷下さんのことも名前で呼べる!
よしっ! 出来る!
ガッツポーズをしてから、深呼吸。そして____。
「み……」
「ん?」
またまた小首を傾げる氷下さ____み、み……!
「み……み、み……」
「どうしたの~? セミ~?」
『み』を連呼し過ぎて、私がセミの鳴き真似をしていると思われたらしい。
私はそれを否定すべく、思い切り首を横に振った。
「あ、違うのか~」
いとも簡単に納得してくれた氷下さん。
この恩に報いるためにも、絶対名前で呼んでみせる!
「み、み、……みゆ……ちゃん!」
「おぉ~~~!」
氷下さん改め、心結ちゃんは嬉しそうに拍手喝采。
心の底から喜んでくれたようだった。
こんな低レベルなことで喜ばせてしまって申し訳ない……。
「な~んだ、出来るんじゃん、雪ちゃん~。てっきり柊木くんは特別なのかと思ったよ~。心結、嫉妬しちゃった~」
「そ、それは、ごめんなさ……ごめんねさい。あ、違う! ごめんね」
敬語を直そうと思ったら噛んでしまった……!
『ごめんねさい』ってなに……?
心結ちゃんは口を尖らせていたのを止めて、唇を横に引き結ぶと、満面の笑みを作ってくれた。
「えへへ~冗談だよ~。でもこれで、本当の友達だね~」
「と、友達……!」
「うん!」
笑顔で頷く心結ちゃん。
友達……友達かぁ……。彼女が初めてじゃないけど……。
また友達出来ちゃった……! やった……!
入学当初じゃ考えられなかったけど、入学から三ヶ月で友達二人出来ちゃった……!
ありがとうございます、神様仏様!
有り難きご恩に報いるためにも、この村瀬雪、これから明るく楽しい学校生活を送っていきたいと思います!
両手を結んで天を仰ぎ、私は神様と仏様に向かってそう祈った。
その横で、心結ちゃんは『ゆ、雪ちゃんがキラキラしてる……』と呟いていたそうだ。
後に彼女から『キラキラしてたよ』と報告を受けて、また笑われてしまった私だった。
※※※※※※※※※※※※
それから心結ちゃんおすすめの色々なお店に行って、今度は普通のパフェを食べ、放課後を満喫した。
お店から外に出た頃には、すっかり日も落ちてきていた。
「じゃあ、また明日ね~雪ちゃん~」
心結ちゃんがヒラヒラと手を振ってくれた。
「う、うん! また明日!」
私も手を振って、心結ちゃんの姿が見えなくなるまで見送った。
心結ちゃんは、ショッピング街の途中を曲がり、小さな路地に入るところで居なくなった。
「よし、私も帰ろう」
意味もなく独りごちてしまい、少し恥ずかしくなりながらも、私も家への道を歩いていった。
___ショッピング街の曲がり角の路地裏で、
「やっぱり、覚えてないんだ、ルミ」
心結ちゃんが小さく呟いたのには、気付くわけもなかった。




