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私の英雄は吸血鬼  作者: 希乃
第四章 宿命の吸血鬼編
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第99話 泣き張らした夜に

 あれからどれくらい経ったのだろうか。


 私はダイニングの椅子に座ったまま、じゅるっと鼻をすすっていた。


 もう涙は出ていないし、泣きすぎたせいで鼻水が止まらないこと以外は元に戻っていた。


 机の上にはミリアさんが淹れてくれたお茶がある。


 あまり自覚はなかったんだけど、涙を押さえようとお茶を何度も何度も飲んでいたようで、だいぶ少なくなっていた。


「落ち着いたかい? ユキ」


 不意にイアンさんが隣に来て尋ねてくれた。


 首を傾げたことにより、イアンさんの黒髪がサラリと揺れる。


「あ、はい。ありがとうございます」


 私は急いで鼻を手で擦って会釈した。


 イアンさんは私の返事を聞いて安心したように笑みを浮かべた。


「良かった」


 そして長く細い指で窓の外を指差して、


「もう結構暗くなってきてるけど、帰れるかい?」


 イアンさんの指差す先を見て、私は思わず声に出して驚くところだった。


 イアンさん達が帰ってきた時は橙色だった空も、すっかり暗くなっていて、夕日が沈みかけたピンク色のようになっていたのだ。


 早く帰らないと、またおじいちゃんに怒られちゃう!


「ご、ごめんなさい! すぐ帰ります!」


 私は急いで椅子から立ち上がって鬼衛隊の皆にお辞儀をした。


「じゃあ行くか」


 私が帰れるまで待っていてくれたようで、(まこと)さんがスーツの襟を整えながら言った。


 誠さんも待たせてしまってたんだ、申し訳ない。


「ごめんなさい、誠さん。お待たせしてしまって」


「いや、大丈夫だ。俺も少し休みたかったからな」


 首を横に振って、誠さんは優しく言ってくれた。


「マコトくんが居るから今日は僕が送らなくても大丈夫だね」


 腰に手を当ててイアンさんが微笑む。


 誠さんは軽く顎を引いてイアンさんに応えると、鬼衛隊の皆を見回した。


 キルちゃんはまだベッドで寝ていたけど、私達を送るためにせめてもと上体を起こしてくれていた。


「一日世話になったな。本来俺達は敵同士だが、たまにはこういう交流もありだろう」


 誠さんは眼鏡をくいっと引き上げて言った。


 誠さんに続いて私も頭を下げる。


「今日は本当にありがとうございました。色々と迷惑かけちゃってごめんなさい。また来ても良いですか?」


 おそるおそる尋ねてみると、皆はいつもと変わらない笑顔で頷いてくれた。


「勿論だよ、ユキ。また明日迎えに行くね」


 イアンさんが手を振ってくれた。


「待ってるからね」


(わたくし)もお待ちしております、ユキ様」


 キルちゃんがベッドの中から声をかけてくれて、おまけにミリアさんも笑顔で頷いてくれた。


 レオくんは何も言わなかったけど、優しく微笑んでくれた。


 こうして私と誠さんは鬼衛隊の皆と別れ、魔方陣がある時計台に向かった。


「じゃあ行くぞ」


 私が頷くと、誠さんはスーツのポケットから特別な機械を取り出して魔方陣を出現させた。


 やがて光が私達を包み込み、視界が真っ白になった。


 ※※※※※※※※※※


 次に視界が開けた時には、私達はVEOの基地に戻っていた。


「よし、まだ大丈夫か?」


 誠さんが腕時計を見ながら尋ねてくれた。


 私も壁にかけてあった時計で時間を確認する。


 まだ六時前で予想以上に早く着くことが出来たようだ。


 私が『大丈夫です』と言うと、誠さんはズボンのポケットに手を突っ込んで、車の鍵を取り出した。


「家まで送ってやる。適当に理由は考える」


「えっ!? 良いんですか?」


 私が驚いて尋ねると、誠さんは無表情のまま頷いてくれた。


「ありがとうございます……」


 実は、前に帰りが遅くなっておじいちゃんに怒られたことも誠さんには話していたのだ。


 きっと、その事を考慮してわざわざ送ってくれるんだろう。


 物凄く申し訳なく思いながらも、私は誠さんの車に乗って家まで送ってもらった。


 車に揺られながら、何だか年の離れたカップルみたいだな……なんて場違いなことを考えてしまったけど。


「あっ」


 車の中でふと思い出す。


 私が行きにおじいちゃんに『友達と遊びに行ってくる』と言って家を出たことを。


「あの、誠さん」


「ん? 何だ?」


 私は、ハンドルを握ったまま前を向いている誠さんの横顔を見て、


「実は行きにおじいちゃんには『友達と遊びに行ってくる』って言ってたんです」


「そうか。ならその帰りって事にしよう」


 ……何を?


 ※※※※※※※※※※※


「あぁ、そうでしたか。それはご迷惑をおかけしました」


 玄関先でおじいちゃんが誠さんに何度も何度も頭を下げてくれた。


 私も再度しっかりと頭を下げる。


「いえいえ、頭を上げてください、お爺様。お孫様もしっかり手伝ってくださったので非常に助かりました」


 誠さんが適当に考えた理由と言うのは、私が家に帰る途中にVEOの研究のアンケートに答えてくれて遅くなってしまった、というものだった。


 さっき私が言ったことも理由の中に入れてくれたようだ。


「いやいや、申し訳なかった。わざわざ家まで送っていただいてありがとうございました」


「いえいえ、全然問題ありませんよ」


「いやいやいや……」


「いえいえ、お気になさらず」


 おじいちゃんは何回も首を振り、誠さんは何回も手を振る。


『いえいえ』とか『いやいや』とか、誠さんとおじいちゃん、実は物凄く気が合うのかも。


 なんて、私はペコペコと会釈をし合う二人を見ながら笑いそうになってしまった。


 笑い事じゃないし、私のせいでこうなってるのは分かってるんだけど。


「では、私はこれで失礼します」


 誠さんはおじいちゃんに一礼して、私に小さく手を挙げると、車を走らせた。


「雪は何かと、べお? とか言う所の人にお世話になっとるんじゃな」


 私がリビングのソファーに座って一息ついていると、おじいちゃんがそう言って笑った。


「う、うん、そうだね」


 吸血鬼界が関係してるなんて口が裂けても言えない。


「有難いことじゃが、雪も自分で解決できるようにしないといかんぞ」


「あ、別に今回は迷惑かけたとかじゃないよ。そのぉ、アンケート……とかで」


 私が言うと、おじいちゃんは口を『お』の字に開けて、


「おー、そうじゃったか。まぁまぁ、今後も含めての話じゃよ」


 そう言って夜ご飯の食器をダイニングテーブルに置いてくれる。


 おじいちゃん、誠さんの話聞いてた?


 そう言う所でもボケが来ちゃってるのかなぁ。


 内心で呆れる私に、おじいちゃんは『よし、ご飯出来たぞー』と声をかけてくれた。


 私は返事をしてダイニングに向かい、おじいちゃんの美味しい夕飯を味わったのだった。

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