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私の英雄は吸血鬼  作者: 希乃
第四章 宿命の吸血鬼編
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第96話 何一つ力になれない

「ど、どういうことですか!?」


 思わず大声を出してしまう。


 さっきミリアさんが放った言葉をすぐには飲み込めなかった。


 理解は出来ても納得がいかない。納得したくなかったのだ。


「も、申し訳ございません、ユキ様。マコト様の傷があまりにも深すぎて……(わたくし)には……」


 ミリアさんは俯き、それ以上は続けなかった。


「そんな……」


 私の見てきた限りでも、ミリアさんはどんな傷でも治してきた。


 それほど強力な治癒魔法なのかと感心したくらい。


 そんなミリアさんの魔法を持ってしても、(まこと)さんの傷は治せないと言うのか。


「じ、じゃあ一体どうしたら……もし誠さんに何かあったら……!」


 何かあったら、今の私達にはどうすることも出来ない。


 ただ目の前の事態を指をくわえて見ていることしか出来ないのだ。


「御手を煩わせるわけにはいかないのですが、マコト様の命が最優先です。先輩にお願いします」


 頬に汗を浮かべ、しかしミリアさんはしっかりと言った。


 先輩と言うのは、この吸血鬼界のブリス国王陛下の秘書であるテインさんのこと。


 私は脳裏に紫髪を二つに結び、眼鏡をかけた礼儀正しい吸血鬼の姿を思い描く。


 テインさんはミリアさんと同じナース・ヴァンパイアで、ミリアさんの先輩にあたるらしい。


 そんな彼女ならもしかしたら、誠さんを治せるかもしれない。


 一つの希望が見えてきた。これなら安心だ。


 ミリアさんは膝を折って腰を低くし、ベッドに横たわる誠さんと近い距離に顔を持ってきた。


「申し訳ございません、マコト様。(わたくし)の力不足で今すぐ治療は出来ませんが、王都に居る優秀なナース・ヴァンパイアに治療をお願いしようと思いますので、今は我慢して頂いても宜しいでしょうか」


「分かった。俺の事は気にするな。それよりもスピリアを頼む」


「承知致しました」


 ミリアさんは優しく微笑んで頭を下げ、スピリアちゃんが横たわるベッドへと移動した。


「マコト……らいじょうぶリ?」


 今の話を聞いていたんだろう、スピリアちゃんが顔を横に向けて心配そうに尋ねた。


「あぁ。俺は大丈夫だ。こんな傷大したことない。それよりもスピリアはちゃんとミリアの治療を受けるんだぞ」


 誠さんはスピリアちゃんにそう言って口角を上げた。


「では、スピリア様の治療を始めます。ミリアンジュ・リカバー」


 呪文を唱えるミリアさんの掌に温かな光が灯る。


 こうして、スピリアちゃんの治療はスムーズに行われた。


 ____と思っていた矢先。


「ま、また……!?」


 ミリアさんが愕然とする。手は震え、顔が青くなっていた。


「どうしたんですか?」


 嫌な予感はした。でも尋ねずにはいられなかった。


 ミリアさんは青ざめたまま私に向き直ると、


「スピリア様の治療も……(わたくし)では不可能です……」


 悔しさを絞り出すように、震える声でそう口にしたのだ。


「そ、そんな……」


 まさかとは思った。信じたくなかった。それでも。


 ミリアさんの魔法力では、スピリアちゃんの傷までも治癒不可能。


 天使達に負けてから、ミリアさんは必死に回復魔法を強化して特訓を頑張っていた。


 学校が終わって吸血鬼界に向かっても、ミリアさんと会えることはほとんどなかった。


 その理由は、回復魔法の強化と練習。


 私では想像できないくらい、たくさんたくさん頑張っていたはずだ。


 それなのに、それでも、誠さんの傷もスピリアちゃんの傷もミリアさんには治療できない。


 そこで、私は思い知った。強くなろうと努力していたのはミリアさん達吸血鬼だけではないということを。


 天使側も日々強くなるために特訓を重ねていたのだ。


 少し考えれば分かることなのに。


「ら、らいじょうぶリ……」


 声がしてハッと目を開けると、スピリアちゃんがベッドの上で微笑んでいた。


「わたしは、らいじょうぶリ……。だから、泣かないでリ……ユキ……」


 スピリアちゃんに言われて気付いた。


 いつの間にか私は泣いていたのだ。


「ぁ……」


 頬をつたう涙に触れて、ようやく泣いていたのだと実感する。


「ユキ……らいじょうぶリ……」


 スピリアちゃんはそう言って、私の手を握ってくれた。


「スピリアちゃん……!」


 私は彼女の手におでこを押し当てて泣いた。


 涙が溢れて止まらなかった。


 悲しい。悔しい。こんな状況になっても私は何一つ力になれない。


 私に何か力があれば、この状況は少しでも良い方向に変わっていたかもしれないのに。


 そう思うと、自分の無力さが情けなかった。


 そして、ミリアさんの努力が報われなかったことも。


 ミリアさんは一生懸命、仲間を守るために努力していた。


 それでも、酷い怪我の前では無力だ。


 その事実がものすごく悲しい。


「ユキ」


 気が付くと、イアンさんとレオくんが帰ってきていた。


「お、お帰りなさいませ、イアン様、レオ様」


 震える声を抑えてミリアさんが腰を折る。


「あの双子は何とか退散させたよ。……何かあったのかい」


 私の肩に優しく手を置いて、イアンさんは尋ねた。


「申し訳ございません、イアン様。キル様の治療は出来たのですが、マコト様とスピリア様の治療が非常に困難で、とても(わたくし)には不可能なのです」


 泣くだけの私に代わって、ミリアさんが説明してくれた。


「そうなのか……あの時別れた時間から考えても長時間天使たちと戦ってくれていたんだろう。傷が深いのは、仕方ない」


 イアンさんが低い声色で言った。


「ミリアでも無理ならテインさんにお願いするしかないね」


「本当に申し訳ございません……!」


 イアンさんの言葉に、ミリアさんが深々と頭を下げる。


「いや、ミリアのせいじゃないよ。マコトくんにもスピリアにもこんな大怪我を負わせてしまって、気付かなかった僕にも責任はある。ひとまず王宮に向かおう」


 イアンさんが誠さんを支えながら言った。

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