第95話 私では治療出来ません
キルちゃんが『スピリアの所に言ってくる』と家を飛び出した直後。
私達は家の中で佇みながらも気が気ではなかった。
何とも言えない沈黙が家の中に落ちていた。
「あ、あの、大丈夫なんでしょうか。キルちゃん、まだ完全に回復したわけじゃないんですよね。そんな状態でスピリアちゃんと戦ったら、また怪我しちゃうんじゃないですか?」
私は我慢できずに皆に言った。
「ユキ……」
イアンさんが私の名前を呼んで、暫く黙り込んだ後、絞り出すように言った。
「キルに言われたんだ。これは自分の問題だから手を出すなって」
その言葉に、レオくんもミリアさんも俯く。
「で、でも、だからってキルちゃんの言う通りにするのは違うと思います。もし、私達がこのまま二人を止めなかったら……」
二人とも……。
私はその続きを口にすることが出来なかった。
スピリアちゃんにとってキルちゃんは、一族を皆殺しにしたホーリー・ヴァンパイアの敵だ。
そんな二人がまた鉢合わせたら、どちらかが命を落とすまで戦ってしまうはずだ。
そんなのは絶対に嫌だ。絶対に____。
その時、急に外が騒がしくなった。
「どうしたんだ?」
イアンさんが窓の外を見に行くと、ハッと目を見張って、
「何だ、これ……」
「どうしたんですか?」
イアンさんに尋ねて私も窓を覗く。
後ろからレオくんとミリアさんも窓のところに来た。
「えっ……?」
私は思わず驚きの声を漏らしてしまった。
窓の外にはたくさんの吸血鬼達が居て、王都の方から押し合い圧し合いで逃げてきていた。
イアンさん、レオくん、ミリアさんはただならぬ状況を察知したのか、頷き合ってすぐに外に飛び出した。
「何かあったのか?」
イアンさんが、逃げてきた吸血鬼の一人に尋ねた。
「鬼衛隊長!」
イアンさんの姿を見た吸血鬼が声をあげた。
彼女はイアンさんの両手を握って瞳を揺らしながら、必死に訴えてきた。
「お願いします! 鬼衛隊長! 王都で天使が出たんです! 助けてください!」
「天使……?」
女の人の言葉にレオくんが眉をひそめる。
隣に立つミリアさんも不安な表情だ。
「行こう、皆」
「はい!」
「承知致しました、イアン様!」
レオくんが頷き、ミリアさんも返事を返す。
「ユキも来てくれ。家に一人にさせるわけにはいかないから」
「分かりました」
私もイアンさんに頷き、四人で王都に向かって走った。
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王都に向かうと、そこには信じられない光景が広がっていた。
天使がキルちゃんに向かって攻撃を繰り出そうとしていたのだ。
「キルちゃん!」
思わず叫ぶと、天使の攻撃がピタリと止まり、私達の方を振り向いた。
キルちゃんは地面に倒れたまま、私達の方に顔を向けた。
その近くには、誠さんとスピリアちゃんも倒れていた。
「チッ。邪魔が入っちゃった」
舌を鳴らして悔しさを露わにする天使ウォル。
「おめーら、また死にに来たのかよ、恐れ知らずだな」
もう一人の天使フォレスが双剣を肩にやって笑う。
「行くぞ、レオ! ミリアは援護よろしく!」
「畏まりました!」
「ユキはここに居ろ。危なくなったらすぐ逃げるんだ。良いな?」
イアンさんがレオくんとミリアさんに呼びかけ、それに受け答える二人。
天使に向かって走る寸前、レオくんがそっと言ってくれた。
「う、うん、分かった。ありが……」
私がお礼を言い切る前に、二人はフォレスとウォルに立ち向かっていった。
「ユキ様、今のうちにキル様達を助けましょう」
「は、はい!」
ミリアさんに言われて、私は頷き、誠さんとスピリアちゃんの方へ駆け寄った。
ミリアさんはイアンさん達を気にしながらも、キルちゃんの元へ。
「誠さん! スピリアちゃん! 大丈夫ですか?」
「雪……済まない……」
「ありらとうリ……ユキ……」
二人が痛みに苦しみながらも顔を上げた。
イアンさんとレオくんは、遠くの方でフォレスとウォルと戦ってくれている。
今なら誠さんとスピリアちゃんを助け出せる!
私はそう確信して、誠さんの腕を首に回して彼の腰を支え、スピリアちゃんを抱き上げた。
「一緒に家に帰りましょう!」
誠さんとスピリアちゃんに声をかける。
すると、ミリアさんがキルちゃんを抱き上げて私の方に来た。
「ユキ様! 参りましょう!」
「はい!」
ミリアさんに頷き、私は家に向かった。
天使達と戦ってくれているイアンさんとレオくんに後ろ髪を引かれる思いで____。
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家に着き、並べたベッドにキルちゃん、誠さん、スピリアちゃんを寝かせる。
ミリアさんはキルちゃんから回復魔法を使って治療を始めてくれた。
「どうですか?」
心配で思わず尋ねてしまった私。
「はい。キル様は大丈夫ですね。幸い傷も浅いです」
「そうですか。良かった……」
私がホッと胸をなでおろすと、キルちゃんがゆっくりと口を開いた。
「ご、ごめんね、二人とも。私のせいで……」
「そんな事ないよ、キルちゃん。助けるのが遅くなっちゃってごめんね」
私が謝ると、キルちゃんは枕の上で首を横に振った。
「ううん、来てくれてありがとう」
不意にミリアさんの掌から出ていた光が消え、ミリアさんがふぅと息をつく。
「キル様はこれで大丈夫です。あとは安静になさってください」
「分かった。ミリア、ありがとう」
絞り出すような声。それでもキルちゃんはしっかりとミリアさんにお礼を言った。
ミリアさんは目を細めて優しく微笑み首を振ると、誠さんの治療に取りかかった。
良かった、これで皆治るんだ、と私が安心していると、
「これは……!」
ミリアさんが突然声をあげた。
何かを発見したような悲痛な声。
「どうしたんですか? ミリアさん」
私が彼女の横に駆け寄ると、ミリアさんはベッドに横たわる誠さんを見下ろして顔を青くして言った。
「マコト様の傷は……私では治療出来ません」




