第10話 もう来ない方がいい
「さて、着いたよ、ユキ」
イアンさんの声がして、私はゆっくりと目を開けた。
どうやら、私達は無事に吸血鬼界に来ることができたらしい。
私達は、昨日の広場にあった、イアンさんが作っていた結界の近くに立っていた。
あれだけ吸血鬼たちでごった返していた広場だけど、今は静まり返っていて私達三人以外誰もいない。
人口密度が極端に低くなって改めて思うのが、広場が結構広いのだということ。
やっぱり人口密度の違いで、広場の解釈って違うんだなぁ。
「行こうか」
気付くと、いつのまにかイアンさんやレオくんが私よりも前にいた。
「あ、はい!」
私は慌てて少し小走りで進み、ニ人に追いつく。
「早く家に戻ろう。キルとミリアが心配だ」
「はい!」
「承知しました、隊長」
イアンさんの指示に、私とレオくんが同時に返事をする。
そしてその返事とともに、イアンさんとレオくんの歩くスピードが速くなったので、私は一人だけ早歩きをしなければいけなくなった。
尤も、イアンさん達の家の周りは、市場がたくさん並んでいるところ。
吸血鬼の人通りならぬ鬼通りも多いから、そんなに速く走ることはできないけど。
それでも早歩きし続けてやっとイアンさんたちの家に着いた。
「キル! ミリア! 大丈夫か!?」
イアンさんが勢いよくドアを開けて尋ねた。
家の中には、昨日私が寝ていたベッドの上に座っている傷だらけのキルちゃんと、彼女を介抱しているミリアさんがいた。
「キル!」
レオくんも叫んでベッドの方に駆け寄り、私も少し遅れて倣う。
ミリアさんはキルちゃんの腕に包帯を巻いていて、キルちゃんは傷口が包帯の布に触れるたびに痛そうに顔を歪めていた。
「ごめんね、キル。やっぱり荷が重かったよね」
イアンさんが悲しそうに言うと、
「いいわよ別に。ミリアが来てくれたから死なずに済んだし」
キルちゃんは、ふてくされたようにそっぽを向いた。
「キル様、素直じゃないですね」
ミリアさんが、そんなキルちゃんを見て笑った。
「キル様はずっと心配しておられたのですよ、イアン様方を。ご自分が不利な状況になっておられたのに」
「ちょ、ちょっと! ミリア!」
ミリアさんの言葉を、キルちゃんは慌てて遮った。でも動いた拍子に傷口が痛んだのか、また顔を歪める。
「キル様、安静になさってください」
ミリアさんは、すぐにキルちゃんをベッドに寝かせた。
「だ、だって、ミリアがそんなこと言うから!」
「私が、この耳でしっかりとお聞きしましたので」
キルちゃんは、ぷぅっと頰を膨らませて恥ずかしそう。
「あ、あの」
「何?」
私が声をかけると、キルちゃんは私の方を見上げて首を傾げた。
「ご、ごめんね。キルちゃん。私があそこにいたから、イアンさんも戦えないで、キルちゃんだけを戦わせちゃってこんな目に」
「別に、ユキのせいじゃないわよ」
キルちゃんは驚いたように目を丸くした後、優しく言ってくれた。
「イアンはまだ戦えるレベルに達してないから、ユキがいてもいなくても私だけで戦ってたわ」
「そ、そうなの?」
「うん。だからユキは気に病まなくて良いのよ」
そう言って笑顔を向けてくれるキルちゃん。
「ありがとう」
私がお礼を言うと、キルちゃんはニッコリと頷いてくれた。
「それにしても、ミリアまで重傷じゃなくて良かったよ」
イアンさんがキルちゃんのベッドのそばに座り、向かいにいるミリアさんに言った。
「勿論です。それに私が向かった時には、もう天兵の数は少なかったですし、ほとんどキル様が倒してくださってましたから」
「そっか、ありがとう、キル」
「う、うん!」
キルちゃんは少し顔を赤らめて、イアンさんから目をそらした。
「まぁ、何にせよ、天兵が攻めてきたんですし、また何か起こるかもしれないですよ」
レオくんが少し考え込むように言った。
「ええ、レオ様の仰る通りです。前も相当危ない状況になりましたもの」
「そうだね……。気をつけないと」
ミリアさんの言葉にイアンさんが同意した。
「前もって、何かあったんですか?」
私が尋ねると、イアンさんは暗い表情をして言った。
「ああ。前にも一度天兵が攻めてきたことがあったんだよ。と言っても、最近攻めてくる頻度が多くなった下っ端の天兵じゃなくて、天界の方でもトップレベルの天兵軍だったんだけど」
「その軍隊は、私達とは比にならないほどの戦力を持っているのです。私どもも太刀打ちできず、敗北してしまって」
イアンさんの言葉を紡いで、ミリアさんが言った。
「そんな……」
「だから危ないって言ってるんだ、ユキ」
レオくんが、突然険しい表情で私を見た。
「え?」
「隊長から話は聞いている。君がどうしてここに来たのか、なぜ人間界に戻りたくないのか。事情もわかった。でも危ない。今回攻めてきたのが下っ端だったとしても、今度攻めてくるのがトップの軍かもしれない。なるべく事を荒だてたくはないが……」
レオくんの目が私を突き刺した。
レオくんの鋭い視線に、私は思わず息を飲んだ。
今起きるかもしれないと考えられている事態がどれだけ大きいものかを、レオくんの鋭い視線が物語っていた。
「君はしばらく、こっちに来ない方がいいかもしれない」
ここに、来ない方がいい……?
レオくんが発した言葉が、私の脳内をグルグルと回っていた。




