平家物語ダンシング武者転生!~ダンス馬鹿は、史実を変える
ノリで書いた。あと、作者はダンスに詳しくありません。
これが終われば給食時間という、ある中学校の四時限目の教室。
そこでは、国語の授業が行われていた。
「今日は『平家物語』での、那須与一の行動について考えてもらうぞー。最終的に、討論してもらうから、与一を取り巻く状況や回りの反応をしっかり読み取っていくからな」
「えー!討論!」
「うるさいぞ、野津!発言は手を挙げて、当てられてからだ。但し、学習内容に限るからな」
「うえーい」
「言い直せ」
「はい!」
「じゃあ、今日は5日だから、出席番号5番の加賀、頭から読んでくれー」
「はい」
ガタガタッ。
教室入り口近くの席に座っていた加賀が、椅子を床で鳴らしながら立ち上がり、教科書を胸の前に持った。
「比は二月十八日酉の刻ばかりの事なるに折節北風烈しくて磯打つ波も高かりけり 舟は揺り上げ揺り据ゑて漂へば扇も串に定まらず閃いたり……」
中学生にもなると、男は、声がかなり変わってくる。そんな同級生のツレの低音ボイス朗読を聞き流し、俺は脳内で大好きなダンスの動きのイメージトレーニングに勤しむ。
今度、ダンスの大会があるのだ。
俺は小学二年生で、ダンススクールに通い始めた。
体を動かす事が好きだったので、すぐにダンスに夢中になったんだ。
好きこそものの上手なれ。俺は同級生の中では、かなり上手い方だと思う。
そんな俺の得意分野は、【HIPHOP】や【BREAK】。
いつか、でかい大会で優勝して、単身アメリカに行き、ストリートで踊ってみたい。ダンス界で、それと名を知られる人物になりたい。そして、ダンスで歴史に名を刻みたい。
そのためには、今からダンスを頑張らねば、と、授業中は常にイメトレに励んでいるわけだ。
おかげで、成績はヤバいくらい底辺なんだが、ダンスは絶好調。
昔、動画サイトで見た、あの人間離れした動きを繰り出したダンス。
あれは昔の大ヒット映画『パトラックス』の主人公ネロオが、追跡者のパトラックから放たれた指向性ベルの音波を、究極のイナバウアーでかわしまくる動きを再現したらしい。
増殖したパトラックから縦横無尽に発射されるベル音波を、残像を残しながらかわしまくるネオロ。
あの動きをCG無しでダンスに取り入れた動画は、全世界で視聴された。
俺は、あの動画の虜になって、いつか、自分もできるようになろうと、練習を積み重ねているんだ。
全然、できないがな!
まあ、このまま練習すれば、きっと大人になる頃にはできるに違いない。
「おい、矢浦!矢浦あ!」
やっべ、いつの間にか、名前呼ばれてた!
「うっす!!」
「うっす、じゃないわ!何をボケてるんだ。集中しろよ」
「すんませんっ!」
俺は、バカだが素直が取り柄の男なのだ。
先生も、仕方ねえなあ、みたいな顔でそれ以上は追及しない。
「じゃあ、音読の続きは、矢浦な」
ペナルティは、回避できないけどな!
「先生!」
「なんだ?」
「どこから読めばいいんすか!?」
「……」
「……」
俺と先生は見つめ合う。
先生は、ため息を吐いた。
「◯ページ、×行目からだよ……」
「あざっす!」
「お前のそういう素直な所、嫌いじゃないが、日本語は正しく使えよ」
「うぃっす!」
「はい、だろ、そこは!」
「はい!!」
くすくす笑い声が聞こえるが、まあ、気にしない。
俺は、つっかえながら、なんとか、古文を読んだ。
「あまり感に堪へずと思しくて 平家の方より年の齢五十ばかりなる男の黒革威の鎧着たるが 白柄の長刀杖につき扇立てたる所に立ちて舞ひ締めたり
伊勢三郎義盛与一が後ろに歩ませ寄せて 御諚であるぞこれをもまた仕れ と云ひければ 与一今度は中差取つて 番ひよつ引いて 舞ひ澄ましたる男の真只中を ひやうつばと射て舟底へ真倒に射倒す
ああ射たり と云ふ人もあり
嫌々 情なし と云ふ者も多かりけり」
先生が、古文音読で満身創痍の俺に聞いた。
「意味わかるか?」
「無理っす」
「諦めるな。下に現代語訳が書いてある」
「おお!あなたが神か!」
「俺は教師だ。誰か、矢浦のためにも現代語訳を読んでやってくれ!」
「はい!俺が読みます!」
「野津、お前か。こういう場面でのアグレッシブさは、大歓迎だ」
てなわけで、野津が現代語訳を読んでくれた。
それに、先生が説明を付け加える。
それによると、平氏と源氏が戦争してて、平氏が船で海にいて、源氏が陸にいるらしい。そんで、睨み合っている、と。
そこへ、平氏側が船に扇の的を立てて、「当ててみろ」と煽ったらしい。
そこへ源氏の最終兵器武者、那須与一という天才アーチャーが、そのすんげー離れた扇の的を射抜いたんだそうな。
で、ここからが俺の読んだ所なのだが、「那須与一、マジやべー!」と感動したお調子者が、この感動を伝えたい、と行動に移した。
今なら、SNSだので、呟いたり書き込んだり踊ってみたりして、自分の思いを周囲に拡散するわけだが、スマホもインターネッツも無い時代だ。
この武者、感動を伝えるために、その場でダンスし始めた。
俺、共感したね。ダンスで自己表現、全然アリだと思う。
でも、源氏の糞が、那須与一にこのダンス武者を「SATSUGAIしろ」なんて言うから、軍社会の歯車イエスマンの那須与一は、「イエッサー!」とばかりに、この気のいいダンス馬鹿を射殺しちまうんだ!
許せねえよ。
那須与一も、源氏も、何よりこの物語をただ教室で読んでいるだけの、こんな自分を許せねえ!
つーわけで、いい加減俺は、教室を抜け出して、『パトラックス』の動きの練習をしたいんだが、いかんせん、義務教育真っ只中の俺には、そんな授業放棄みたいな事をして、親を悲しませるなんてできねえ。
仕方ねえなあ、と真横の窓から青い空を見た。
少し蒸し暑い日で、窓は全て開け放たれている。風はそんなに強くないので、プリント類が飛んでいく心配はない。
窓が開いているから、グラウンドの何やら楽しそうな声が聞こえてくる。
どっかのクラスが、体育か何かで、野球をしているらしい。
カキィィィン!!
バットにボールが当たる、いい音がする。
俺は、窓枠越しの空から黒板に目を向けた。
その瞬間、俺は後頭部に激しい衝撃を受けて、世界はぐりんとひっくり返った。
「おめでとうございまーす!」
気がつけば、真っ白い空間にいて、謎の光が俺に話しかけてくるという異常事態に見舞われている。
これ、もしかして、死んだの、俺?
「はい、死にましたー。」
まじか!!困る!俺、ダンス大会控えてんだけど!
「そんな事はどうでもいいですー。あなたは、たくさんの死者の中から適当に選ばれて、これから異世界へ送られるのです。異世界、流行ってるでしょ?それも、これから送られる異世界の人々は、一つだけ、魂に特別な才能を持って生まれる、いわゆる魔法ありのスキル制異世界なのです!喜べ!」
知らねーよ!異世界?流行ってんの?なんか、ファンタジーものなら昔アニメで見た事あるけど、魔法があるって、そういう世界の話?!
「あなたが異世界ものを知っているかどうかはどうでもいいのです。さて、あなたは選ばれし魂ですから、魂に埋め込む才能を何にするか、何でも希望を聞きますよ。どんなチートがいいですか?全魔法レベルMAXとか、創造魔法とか、魅了チートでハーレムもいけますぜ!げへへ」
何故、最後ゲスくなったんだよ。んな事より俺にはやりたい、叶えたい夢が!
『パトラックス』の動きをマスターして、ダンスで認められるという俺の夢が、パアじゃねえか!!
「『パトラックス』ですね。……読み取り完了。把握しましたー。スキル『パトラックス』を付与しまーす」
うわっ、何か変な感じ!なんか混ざった感じきたっ。気持ち悪っ!
「さて、スキル付与しましたし、異世界に転生を……。ん?あれ?」
な、何なに?
「うわ、ヤバ……」
え、え、え??
「な、何でもありませーん!ええと、ちょっと手違いがありましてね、あなた様の行き先が変わりました!」
は?行き先変更?どういう事?
「どんまい☆気にすんな!大丈夫。次の瞬間には、全て忘れてるから!じゃあ、またいつかお会いしましょうねえー!はわわっ(ポチッ)」
え、おああああああああああああああああああああああ!!!
「あああっ、また間違えた!違う行き先っ。こっちのやつ、歴史ジャンる…………」
はっ!!
なんか、変な夢見てた!
教室にいたら、突然真っ白い場所にいて、なんか謎の光と会話したという、意味不明な夢……って、俺、なんか踊ってね?
しかも、なんか、足場が悪いんだけど……って、ここ、船、そんで海!!?
俺の目の前、なんか、海と木の船と、遠くに砂浜が見える。俺は、船の上にいる。そら、揺れるよな。
砂浜には、人だかり。
なんか、黒っぽいのを着たり、キラキラしたものを着けたりした奴らが、ヤバいくらいいる。
大量のありんこみてえ!
よく見たら、回りの船にも、変な格好の奴らがめっちゃ乗ってる!
ああ、これ、五月に飾るあれだ。鎧兜ってやつ?
何なに?イベント会場?鎧兜祭り?
あ、俺も着てんじゃん。何これ、武士コスでイベントに参加する夢?
でも、回りの奴ら、めっちゃ俺に注目してる。すんげー人数が俺を見てる。
いや、俺のダンスに注目してる。
なんだこれ、すげー気持ちいい!
よおし、テンション上がってきた!これは、決・め・ね・ば・な・ら・ぬ・時!
俺のダンス、こんなもんじゃねえ。
鎧兜が邪魔?関係ねえ!
でも、長刀、おめえは邪魔だ。俺は長刀を後ろに投げ捨てた。
本物の【HIPHOP】と【BREAK】を、見せてやるよ。
俺は踊った。
音は無かったが、とにかく、踊った。
鎧兜は重いはずなのに、着なれてるかのように、関係なく体が動く。
オーディエンスも、すげー盛り上がってる。
パーティーマシンやシャッフルで弾けるステップ、定番のムーンウォークで流れるように動き、バク転を決めて喝采を浴びる。
あん馬のようなトーマスフレアから、逆立ち状態でのフリーズ、決め手は、もちろんヘッドスピン!
なんか、兜についてた飾りが折れ飛んだけど、気にしねえ!
でも、船の上でのヘッドスピンて、陸の奴らからは見えねえから、さらに船の縁からのバク転!
オーディエンスのどよめきで、ビッグウェーブがカミングしそうだぜ!
俺は、最高の気分で踊り続ける。
すると、陸からなんか飛んできた。
矢、だ。
それと気づいた時には、もう目の前に迫っていて、え、死ぬの?って思ったその時。
スキル【パトラックス】発動しますか?
脳内に浮かんだ選択肢。
わっかんねえけど、発動するっきゃねえ!!
その瞬間、矢の動きがスローリーになった。
俺の体も、勝手にイナバウアーして、矢を避ける。
な、なんだ、今の!?
周囲も一瞬、シーンとなって、どっと歓声が起きた。
陸からまた、矢が飛んでくる。
【パトラックス】発動!!
イナバウアーーー!!!
やべえ!俺、【パトラックス】のあの動き、マスターしたかもしれねえぞ?
陸の奴ら、なんか焦ってるようだ。
なんで狙われなきゃいけないかは全くわかんねえし、もうこれ、絶対イベントとかじゃない事だけは理解した。
そして、あいつら、攻撃人数増やしたようだ。
大量の矢が放たれた。
といっても、けっこう距離があるから、俺まで届くのは数本だ。
その数本も【パトラックス】発動で、残像を残しながら、交わしまくる。
なんという圧倒的回避!!
これ、ダンスとコラボったら、ヤバくね?
次、矢が来たら、ダンスに取り入れる!
って、めっさ来たーーーーー!!!!
矢がビュンビュン飛んでくる。
数打ちゃ当たる戦法で、アーチャー大増員してやがる。
だが、これこそ、俺の本望。【パトラックス】フル発動で、矢数が増えれば増えるほど、俺のステップは速く、難易度うなぎ登りの神レベルへと進化する。
俺の残像、完全に万華鏡影分身の術!!!
ずいぶんと長い間踊り続けて、流石に疲れてきた。
この人智を越えた神ダンスに、オーディエンスは盛り上がりを通り越して、言葉を失っている状態だ。
静まり返った海の上、波の音だけが俺のダンスミュージック。
だせえ。何言ってんだ。これ、俺、疲れてんな。
向こうも、いい加減矢が尽きたようだ。
ちょっと休もう。
体力使い果たしたわ。
あ、もうあちらさんも、矢を射てこない。
はあー、終わりだ終わり!もう、動けねえ。
力を使い果たして動きを止めた瞬間に、陸の弓手が『ひやうつばと』射る。
矢は真っ直ぐ俺の眉間を狙って飛んでくる。
俺は、もう足に力が入らねえ。
ああ、やられた。
俺はそのまま、後ろに倒れこんで―――。
『舟底へ、真倒に倒』れた。
その真上、人の背の高さほどの位置に、俺の眉間を射抜くはずだった矢が突き刺さっている。
最後の最後に、【パトラックス】じゃなくて、運で回避したようだ。
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!
海上陸上一体となって、大歓声が上がった。
それに応えるように、俺は力を振り絞り、寝転がったまま拳を突き上げた。
結局、あの後、陸の奴らと海の奴らでチャンバラが始まり、力尽きていた俺は、あえなく、海の藻屑となった。
流石の【パトラックス】さんも、偉大な海には勝てなかった模様。
俺は、死んだ。
正直、何に巻き込まれたのか、さっぱり意味がわからねえ。
とはいえ、バカな俺でも、流石にこれがタイムスリップだと想像はついている。
でも、何時代にタイムスリップしたのか、俺、勉強に興味無さすぎてわかんねえんだわ。
つーか、急にあんな所に放り込まれて、ただがむしゃらに踊って、確かめようもなく死んだって感じかな。
なんか、仲間っぽい武士が話しかけてきたけど、何言ってんのかさっぱりわからなかったしな……。
日本語しゃべれっつーの!
で、気がついたら、またこの白い空間だよ。
目の前には、またあの光。
「いやー、ごめんなさい!最初、手違いでまだ生きてる魂引っ張ってきた事に気づいて、元の世界に戻ってもらおうとポチッたら、違うのをポチッちゃっててさ。焦りましたよー」
おい!俺、大変な目に合ったんだけど!なんか、また死んだんだけど!
「それは、本当にごめん!でも、大丈夫!ちゃんと上司に相談して、元の体に戻れるようにしてもらいましたから。それと、慰謝料って事で、【パトラックス】はあなた様にプレゼント☆矢をかわすなり、ダンスに生かすなり、お好きにお使いください!」
え、マジで?!あの動き、またできんの?すげーー!!
「そこは、『いや、俺、誰かに与えられた力じゃなくて、自力で【パトラックス】の動きをものにしてみせますよ。だから、この力はお返しします。(キリッ)』って宣言する所じゃないの?ねえ、あなたは、欲しかったものを努力で獲得せず、他者から与えられる感じで、本当にいいの!?」
いいです。自力だろうが、他者からプレゼントされようが、最高のダンスができれば、俺、全然気にしないんで。(キリッ)
「潔過ぎて、いっそ清々しいっ。わかったよ。あげるよ、その力」
あざーっす!!
「もー、じゃあ帰って。また死んだ時に、それ、返してもらうから」
今度は間違えずに帰してくださいよ!
「わかってますよー!ポチッ。じゃあ、目が覚めたら全て忘れてるはずなので、【パトラックス】は一生使わないかもしれないですよー。ハハハハハハ!!」
な、何いいー!!?ちくしょう、騙したなーーー!!
謎の糞光の哄笑を遠くに聞きながら、こうして俺は、元の世界に戻った。
……ああ、なんだかまぶしい。見知らぬ天井だ。
「先生!来てくださいっ。矢浦さんの意識が戻りました!!」
「矢浦さん、聞こえますか?聞こえたら、返事してくださいー……」
俺は、病院で目が覚めた。
どうも、授業中に飛んできた野球のボールが、俺の後頭部にジャストミートしたらしい。
で、頭蓋骨骨折に脳のダメージもあって、意識を失ったまま、昏睡状態に突入したんだとか。
俺は数ヶ月学校を休む事になり、ダンス大会は断念せざるを得なかった。
すげえ、悔しい。
だけど、諦めたわけじゃない。治ったら、またダンスを始める。
なんか、今なら、すごいダンスができそうな気がするんだ。
『パトラックス』のあの動きも、きっとできるはずだ。
何の根拠もないけど。
そして、退院し、俺は学校に復帰した。
だけど、何ヵ月も休んでいたから、当然放課後、補習を受けないといけないわけで。
ああ、ダンスの練習時間が!!
「おい、何、百面相してんだ。補習に集中しろよ」
「うっす!」
「はい、だろ!言い直せ!」
「はい!!」
先生に怒られてしまったな。
俺も補習は嫌だが、先生だって放課後の時間にわざわざ俺のために補習の時間を用意してくれているんだ。
仕方ない。先生の話に集中しよう。
「というわけでな、見事扇の的を射抜いた那須与一だったが、舞の神が降りたこの武者だけは、どれだけ矢を射ても、当たる事はなかったという。この武者は、源氏の矢の雨を悉くかわしながら、それすらも舞とし、最後、与一の渾身の一射もかわしたんだ。この時の舞武者の姿は何人にも見えた、と書いてある」
「……あれ?こんな話でしたっけ、ここ」
「珍しいな。矢浦が興味を示すなんて。……ああ。ダンス繋がりで、舞武者に興味があるのか」
「や、それとはちょっと違うんですが。なんか、前聞いた話とは、違ったような気がして」
「そうか?まあ、お前にボールが当たったのは、ちょうどこの『舞武者』の所だったものな。頭を怪我して、記憶が混濁してるのかもなあ」
「うーん、そうですかねえ??」
何か、凄く大事な事を忘れている気がする。
何だろう。
まあいいか。俺は、最高のダンスができれば、それでいい。
スキル【パトラックス】が発動するのは、もっとずうーーっと、後のお話。
那須与一さんが空気でごめん。