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Fade-Out  作者: 瀬河尚
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第一章  春、香る <3>

次の日、早めに就寝したおかげで目覚ましの恩恵を受けることなく、予定時刻より30分も早く起きてしまった。

 二度寝するにはあまりにも時間が少ない。だらだらと仕方なく起きる。

 遮光カーテンを勢いよく開けると、目をしかめる快晴。

 眠気眼で、支度をする。

「ヒカルー!弁当、玄関に置いといたから」

 下階から呼び掛ける声。

「はいよ」

 今日も母は元気だ。

 身支度を済ませキッチンで食卓で朝食を摂る。

 トーストにハムエッグ。そしてドレッシングのかかったサラダ、あとコーヒー。朝食ではよくある定番メニュー。

 家を建てるとき、母が拘ったシステムキッチンで汚れた皿などを食洗機に並べていた。

 黙々と一人で食事をする。

 家族が揃って食卓を囲まなくなってもう何年だろうか。

 確か小学3年の頃、父が転職したときからだ。

 それまで朝晩ほとんど毎日家族揃って食事をしていた。別に、何か問題があってこうなった訳じゃない。父さんが仕事の都合で帰ることが少なくなったのが原因。母さんは時々寂しそうな顔をするが、俺達にはただ仕事が忙しくてとしか話さない。どんな職種で何をしているとかも、まったく話してくれない。何度か尋ねたことはあるけど、いつも口篭って話たがらない。だから、俺も遥もそれ以上聞こうとしない。とりあえず仕事をしているのだから、元気にしいてるのは間違いないだろう。それにもうこの習慣に疑問を持つこともなくなった。

「ごちそうさま」

 玄関に行くと、すでに遥の靴はなかった。いつも通り、朝早く朝練に出掛けたようだ。

 少し早いが登校する。

 授業初日だし、それもいいかと自転車に乗る。

 見飽きた町並みを通り過ぎ校門に到着。腕時計型携帯電話は8時20分を表示していた。

 教室に入ると、もう梅田君が来ていた。

「おはようっす」

「うん、おはよう」

 配布されたPCで伝達事項を確認するが何もなく、昨日から気になっていた話題で話しかけてみる。

「そうだ、どんなゲームやってんの?」

 なんとなく予想していた質問だったのだろう。ロード時間も無く返事が返ってきた。

「うん、オンゲーで TheTransmigration Of The Soul て名前のゲームなんだけど知ってるかい?」

「オンゲー?ああ、オンラインゲームな」

 今時オンラインゲームなんて珍しくない。ほとんどの人が年齢に限らず、何かしらのゲームを経験している。

 以前、広く普及していたオフラインゲームの存在が古物となりつつあった。

 それは、PCの目まぐるしい進歩によりハードとソフトの関係が崩壊しつつあるからだ。

 ソフト会社が一本のゲームを完成させるのに多額の資本と時間を注ぐ。そうしてやっとソフトを市場に開放する。だが、利益を生み出す頃には最新のハードの噂が流れ始め、ユーザーの購買意欲が薄れてしまう。だから、爆発的注目タイトルでもない限り、利益が出せないという事態になる。

 一方ハード会社は、よりニーズに応えるべく開発を続ける。だが、遊べるソフトがないのでは作る意味がない。現在ほとんどの家庭には、必ずと言っていいほどPCが普及している。要するに、その関係を流動的に対応できるオンラインゲームのほうが都合がいいのだ。

 そもそもオンラインゲームとは、ネット回線を利用して一つのゲームを不特定多数の人が同時に進行を共有することができ、バージョンアップなどにより進化と発展をさせることもできる。オフラインゲームはネット回線を必要とせず遊べるゲームだが、オンラインと違ってゲームシステムや内容の変更ができない。つまり、固定概念のハードを必要とせずデータのやり取りが容易なPCのほうが非常に都合がいいのである。なにより、会社として必要不可欠である収益が、月額課金やアイテム課金制、広告収益などの方法で回収ができる。そして長期的に良質運営する事で、安定した収入源を確保しながら開発もできる。


「いつだったか、ゲームサイトに載ってるのを見た事があるな」

 評判のサイトで試験期間が終わり、サービス開始という情報が載っていたのを見たことがあった。プレイヤーの感想やシステム等がいろいろ書いてあったが、いまいち内容がよく分からなかったのを覚えている。

 ゲームの情報サイトだと、プレイ画像がいくつか紹介で載せる事が通例なのだが、これに関しては一切その記事が載せられていなかったからだ。

「これが結構はまっちゃってさぁ」

「あれって、確かRPGだよな?」

「う〜ん、そうなんだけどACTやSLG要素もあって一概にこのジャンルとは言いにくいところがあるよ」

「ふ〜ん」

 複雑なゲームだと思った。

「とにかく今までにないまったく新しいゲームと言ってもいいかもしれない」

「へぇ……俺もやってみようかなぁ」

 興味有りだと察知したのか、梅田はあれこれとプレイするのに必要なことを教えてくれた。

「はぁ?住民票?診断書?そんなの必要なのか?」

「うん」

「なんだよそりゃ、めんどくせぇ」

「うん、でも住民票は役所行くだけだし、健康診断は学校で近いうちにやるだろうからそうでもないよ」

 楽しそうに話す梅田。

「そんな事よりも、それを送ってから登録完了の連絡が来るまでがすっごい遅いんだよ」

「どれぐらい?」

「うん、僕のときは2ヶ月かかった」

「そんなに?」

「うん、いくら待っても連絡来ないから問い合わせたことがあったんだけど、あれこれ説明聞いたら納得ができたよ」

「なんて?」

「このゲームってプレイヤーの精神状態とかリアルのことが深く関係していて、キャラも一つとして同じのは存在しないんだよ」

「ほほぅ……」

「登録完了のメール貰ってから僕がしたことは、クライアントのインストだけでログインした時にはすでにキャラが出来上がっていたから、びっくりだったよ」

 確かにそれは驚きだ。

 ユーザーが愛着心を持ち易くするため、自分で多種あるパーツを組合わせキャラクター作成するのが普通。だから、他人の管理者が作成するなんて聞いた事が無い。

「あと付属品もいっしょに送られてくるんだけど、それもただ接続するだけだったし」

 話し足りない梅田の表情から、如何にそのゲームが他に類の無い物であるか伝わってくる。

 しかし今までフリーのゲームばかりプレイしてきたせいか、これは無料では済まないと気になった。

「ところで、料金とかは?」

「うんと、月額は無料でクライアントソフトが確か500円ぐらいだったはず」

「で?あとは?」

「それだけ」

「へ?それだけ?まじで?」

「うん、それだけ」

「でも、付属品の使用料は?」

「無料配布だから、タダ」

「まじか!」

「うん、マジ」

 梅田との会話に引き込まれていく。

「やってみようかなぁ」

「うん、よかったらやってみてよ」

 いろんなサイトをチェックして気にはしていたが、これほど興味深いタイトルとは思わなかった。梅田の経験や知識が乾いたスポンジの脳に浸透していく。

 他にもいろいろ教えてもらった。

 メーカー名はスリーエスエンターテインメントであること。

 手続きの方法は、公式サイトからできること。

 付属品のこと。


 新学期早々に授業を放り出したくなるほど高揚としていた。今すぐにでも下校して欲求を満たしたい気分だ。それにしても、このPCで外部サイトの閲覧できないのがとても残念だ。

 まだ一時限目も始まってないというのに、学生として失格かもしれないと胸の奥で天使が騒ぐ。更にいえば、朝のホームルームもまだ終わっていない。

 義務と権利が乗った天秤は定まることなく動き続ける。

 とにかく授業を受けるものの、どこか上の空で集中できない。

 入学して助走を始めたばかりだというのに、まったくやる気の無い生徒も珍しい。教師からすれば見捨てる対象かもしれない。


 授業中ふと校庭に目を向けると、校門からゆっくり歩いている生徒がいた。

 見つかれば先生に怒られるのではと気になった。

 なんとなく見覚えがある事に気付く。

 あれって……

 しばらく様子を見ていると、後ろから背中を突かれる感触。

 顔を教室に戻すと、少し怒り気味の塚原先生が横に立っていた。

「今泉君、ぼーっとしない!」

「すみません……」

 慌ててPCの画面で顔を隠す。

 怒られたのは俺の方かよ……


 一時限目が終わり、学級委員の新見が号令を務める。

「起立!礼!」

 みんな号令に合わせて動く。実にいい傾向だ。

 だが凝り固まったこの風習を誰も不思議だと思わないのだろうか。何年、いや何十年何百年と同じことを繰り返している。

 

 若さは宝だと大人達は言う。

 そもそもなぜ若さは宝なんだ?俺達にとってそれが理解できていればダイヤモンド。そうでなければ価値のない石ころ。そういうこと?

 可能性の話をするのであれば、確かにまだまだこれからの人材。だけど50、60代の大人でもそれは同じことではないだろうか。

 いくら若者が可能性を秘めていたとしても、それを使いこなせるだけの知識がない。

 逆に大人達は可能性の度合いが違うにしろ、それを埋め合わせできるほどの経験と知識がある。だから大人だろうと若人だろうとなんら変わりがないと俺は思う。

 この世にしてはならないことは殺と名の付く行動。その他はその国のルールまたは法を犯さない限り何をしてもいい。

 例えそれが倫理観を疑われる行動だとしてもだ。

 とにかく自由ってのはそういうものだと理解してる。

 だけど……

 そんなことを心の中で力説してる生徒はいないだろう。


 授業中、黒板にチョークを使って説明することはまずない。

 それはノート型PCを使って受けているからだ。

 先生は内容をボード型PCにペンマウスで直接書き込み説明する。その情報はそのまま生徒に伝達されている。

 もし通信不良やなんらかの障害で情報が送られていない生徒が居れば、先生のPCに通信エラーと表示される。問い掛けに答えてない生徒が居ればそれも即座に確認できるようになっている。

 ひょっとすると、そう遠くない近未来には学校という制度自体なくなってしまうのでは?と評論家は社会にメッセージを発している。

 それはどういうことなのか?

 実は今まさにそうなのだが、生徒は常にモニターを見ている。先生もまた同じでPCの画面に注目している。つまり先生と生徒がわざわざ同じ部屋に集まって勉強する必要がなくなってきているのだ。

 データや映像、細かい連絡とかもすべてネット環境下にあるPCなら済んでしまう。

 現在議論中だが、学校という箱物を造り続ける意味がなくなりつつある。

 もし学校という風習がなくなったら、当然建物がなくなってしまうのだから通学する必要もない。

 ましてや受験なんて制度もまったく意味が無くなる。

 まあ、この件についてはあまりにも行き過ぎた事として反対派が圧倒的に多く、この議案が通過することは皆無だろうとされている。

 なんにせよ、情報化社会過ぎるのもあまり良くないようだ。

 素晴らしくも高度な授業のようだが、現在PCに馴染み過ぎて漢字、更にはひらがなすら書けない子供が急増してきている。

 それはPCの普及と共に文字を自分で紙に書いて何かするということがほとんど必要なくなってきているからだ。

 過去、木々の伐採などで環境問題が大きく報道され、紙の使用を制限しようとしたことに始まる。しかしながら、PCの影響はとてつもなく大きく、変換キーがもたらした言語社会の崩壊とマスコミは報道した。

 家庭に1台ではなく、1人に2台以上の時代。

 PCの蔓延化が急速に進み、個人情報や国家情報まで誰でも簡単に手に入る時代が過去にあった。今はセキュリティーシステムの改革が進んでいて、もし俺のPCを他人が起動させようとしても、電源がONにできるだけでOSを起動することはできない。ネットから有害データを送り込もうにも、まずほとんど不可能だと言われるまでに進化している。だからこのネット環境下で、そんな無意味なことをする人はいない。

 しかしある業界で今までの常識を一変させるような、新たな研究がなされていると何かの番組で見たことがある。ただし、報道されていると言ってもどこの企業が何をしているかまでは知らされていない。なんであれ今やPCの存在なしに生活はおろか、全世界各国の管理体制すら維持できなくなってしまうとい状況。

 それよりも今問題になっているのは人間そのものの存在意義なのである。  現在PC側のエラーがほぼゼロに近く、逆に入力ミスや操作ミスによるヒューマンエラーの比率の方が遥かに高いことが問題視されている。ミス一つによる損害がとてつもなく大きなことに繋がる。それゆえ非常にこの問題に注目してる企業が多くなってきている。

 しかし、考えてみると太古の時代から人間は進化してきたはずなのに、今の人間はどうだ。

 進化しているというには、とても無理があるのではないだろうか。進化どころか衰退してるとさえ思えてくる。これはある意味人類にとって危機的問題であり今後未来の存続が危ぶまれることになるのかもしれない。


「起立」

 あれ?……

「礼」

 二時限目終了。

 この学校の桜は麻薬の成分でも混じっているのか?こんなに長い時間妄想に浸っていたことは……稀にある。


「なあ今泉、さっきのここって」

「梅ちゃん」

「うん、なに?」

「聞かないでくれ……」

「うん?」


文章修正 12/09

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