第二章 最強アイテムは夏 <7>
複雑に絡み合った心境、そんな記憶を一刻も早くアウトプットしたいように、AIはこの池の前にいた。そして中身を待っていたようにAIは俺と交代する。池には蓮が所狭しと葉を広げ、その隙間には小さな蕾がひとつ。AIはこれが気になっていたのだろうか。AIから記憶の引継ぎが終わった俺は、少々日差しが雲で遮られるこの空模様の中、何をしようかと考えていた。
するとギルドの方から流れるような歌声と賑わいが聞こえてくる。俺はその声に惹かれるように向う。
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「風を感じる〜この世界〜」
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「リアルと変わらない〜厳しく優しく触合える〜人」
「締付ける心〜解きほぐす〜何かがここにはある〜」
「だから判り合える〜」
「胸いっぱいに〜詰め込んで〜」
「誰もが〜大切なものを〜取り戻し〜目が覚める〜」
「今〜このひとときを〜」
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「永遠な安らぎで〜ありますように〜」
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ギルドの掲示板の前で、バイオリンを巧みに奏でる少女と、その隣で気持ちを込め、手や表情、しぐさを使い歌う少女。その歌詞は、リアルの世界で聴いたことのない歌。それと、この場所では狭すぎるほどの観客。100人、いやもっと居るだろうか。この物々しいキャラ達は、まだ俺の知らない地域から集まってきたようだ。そして、物静かにその歌を聴き入っていた。俺も同様にこの雰囲気に呑まれていた。
二人の少女はよく似ている。違うのは、キャラの着ている装備と、俺が感じた印象。
そう、例えるならあの姉妹のような。
まさかな……
歌い手の少女は歌い終わると、皆が聴いてくれたことに満面な笑みを浮べ、バイオリンの少女は、軽く会釈をした。そして自己紹介をする。
「皆さん、あたし達の歌を聴いてくれて、ありがとう」
「先日、始めたばかりの メリット・ホワイス と、隣で楽器を弾いている ミュール・ホワイスです」
「二人そろって、よろしくおねがいしまーす」
彼女達がそう言って共に会釈すると、集まった人達は拍手をして歓迎した。みんなが笑顔で拍手をしてくれているのが、嬉しかったのか二人手を取り、向かい合って喜んでいる。
その時、偶然にメリットと名乗った少女と目が合う。するとメリットはミュールにそっと耳打ちして微笑んだ。思いを同じくしたように、二人は気持ちを落ち着かせ集うキャラと向いあう。賑わいの静まるタイミングを計らい、腕に抱いたバイオリンはヴォイスコマンドによって収納、そして目を閉じ深く深呼吸する。次にぱっと目を開くと、両腕を軽く広げ静かに静かに歌い始めた。メリットはその歌に合わせるように、ゆっくりと両手に掴んだ半透明の煌く羽衣を靡かせ、優雅にそして繊細に舞う。
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「そう〜始まりは〜いつも突然に〜」
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「ときめく暇さえ〜与えてくれない〜」
「私の胸に〜未来永劫拭い消す事のできない〜この場所」
「分けてくれた〜この恋心を〜ずっと抱きしめていくでしょう〜」
「いつまでも〜いつまでも〜その優しい眼差しを〜」
「見つめていたい〜」
「いつまでも〜いつまでも〜この包まれる温もりを〜」
「大切にしたい〜」
「もう、それだけでは〜充たしきれないこの思い〜」
「今すぐ〜あなたの全てを」
「手に入れられるなら〜」
「私……」
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ミュールは、まるで赤道直下の国のカラフルな民族衣装で褐色ショートヘア。両サイドには束ねた髪が胸元まで伸びている。そしてその歌声は、大空へ真剣な思いを投掛けるように、歌い聴かせる。
メリットは、踊るたびに跳ね上がる長く金色に輝く髪と、所狭しと漂う羽衣、藍く肌の露出が多いチャイナドレス。そんな二人は、観る者の全てを引き付けていた。皆は無防備に耳を傾け、聴き黙る。
俺は俺で、過去に共通するような思い出を、掘り起こしながら聴いていた。
しばらくして、このステージが終わると群集は、おおっと言う声を上げ賞賛の拍手で称えた。ミュールとメリットはその声に答えるように、何度もお辞儀や手を振る。そして抱き合って歓喜しミュールは目に喜びの涙を溜めていた。集ったキャラ達は、良いものを見せてもらったと二人を取り囲んで、握手をねだった。先ほどまで下りきった心境の俺は、その足しても溢れ余るイベント事に救われた思いがしていた。救われたというより、歌という圧縮ファイルで強引に深層意識に押し込んだと言うべきだろうか。とにかく有意義な事であったのは間違いがない。そして何より、いろんな物を吹き飛ばしてくれた。その感謝の思いが、彼女らのもとへ足を動かせ手を伸ばす。伸ばした手の先には、ミュールが手を差し伸べぎゅっと握手し、更にもう片方の手も添え微笑んだ。
あたたかい……
そう感じた瞬間、恥ずかしさが顔を熱くさせ、不意に手を振りほどいてしまった。
「あ……ごめん」俺は目を背ける。
彼女は、その行動にはっとするが
「ううん、全然」
そう言って、ミュールはまた笑んだ。
その後、握手をせがむキャラが前へ前へと押しかけ、この群集から追い出されるように揉み出されていく。その間、彼女たちの会話やキャラ達の話が耳に入る。どうやら、前日に掲示板で呼びかけて開催したイベントだったようだ。そしてその趣旨は、彼女たちがこのゲームを始めた記念として、何かやってみたいという思いと、NL(注目度)稼ぎだった。
正直、羨ましく思えた。
考えてみれば、俺と彼女たちは同期。しかも同じこの集落から始めた。しかし、今の俺と彼女たちとでは大きな差があると感じる。このゲームは、全てのステータス数値を確認することができない。だが、そんなもの見えなくても、差は歴然としている。この光景を見てそれは確信できる。群集に囲まれる彼女たち、それから弾き出された俺。
悔しさと、不甲斐なさ。その果てには存在意義さえ問いたくなる。ただし、その程度のことなら我慢できる。それよりも今置かれているこの状況のほうが辛い。
『孤独』
宴の後の静寂は寂しく、そして現実逃避した時間分の代償として数倍の重石となって背負い直す。
ジオから役立たずのレッテルを貼られ、イーサとリドの前では醜態を晒した。この現実は変わらない。押し込んだはずのファイルが徐々に解凍されていく。
「こんなゲーム……つまんねぇ……」
口に出して言いたかったわけじゃない。ただ自然とそう声に出てしまった。そして行く宛ての思いつかない俺は、AIの好きなこの池の前で何をするでもなく、ただただ呆けていた。水面に映る雲、時折反射して視覚を刺激してくる太陽。更には俺を嘲笑うように、水上へ跳ね上がる淡水魚。まったくもって、どうでもいいほど良くできたゲームだ。
そんな事を考えて、1時間ほど経過したときだった。
「池、見てて楽しいかい?」
背後から俺に問い掛ける男の声。そう、それは聞き慣れた声。
梅田?……
その声に縋るように振返ると、純白軽装の鎧にそれを覆うマント、そして所々十字のエンブレム。腰には同じ十字の刻印が施されたショートソード。流れる尖った髪は敵を警戒するような真紅、しかしそれを中和するようなグリーンの瞳の、とても優しそうな男が、手を腰に立っていた。
「え、えっと、その声ひょっとして……」
その男はほらほらと、自分の顔を指差し
「うん、僕だよ、梅田だよ」
俺は、このキャラの中身が梅田と判ると、先程までの不安で沈んだ気分から打って変わって、とても嬉しく安心した気持ちになった。それは、こんなに親しくプロトコルで繋がった友人が、この世界に居た事を思い出したからだった。
しかも、その友人が俺に会いに来てくれた。彼女らのとき同様に救われた思いだった。
何も見出せない暗闇で、一筋の光りが瞬く間に広がった。
それからの俺の口調は軽く
「おお!」「てか、名前言っちゃっていいのかよ」「でも、ほんと来てくれて嬉しいよ」「ところで、キャラ名なんだっけ?」「すごいな、その格好」「強そうでいいなあ、俺なんてこれだぜ」
梅田も会えたことが嬉しかったようで
「あ、でもここなら誰にも聴かれてないだろうし」「うん、苦労したよ、以外にここ遠くて」「あれ?メールで言ってなかった?、アスラン・ウォルズだよ」「うん、いいでしょ」「最初は仕方ないよ」
それからも、いろんな事を話した。それは時間を忘れるぐらいに楽しく、この世界に来て、初めて感じることだった。
そしてお互い会話のネタが尽きかけた時、梅田が質問する。
「ところで……ここで何してたの?」
あまり聞いてほしくない問いかけだったが、俺は渋々それまでの経緯を話す。それを梅田はふんふんと聴き、少しして口を開く。
「確かに大変な話だね」
「うん……」
一時も早くアップデートしたい。そんなファイルは誰にだってあるだろう。俺は今まさにそれを実行している。時間は掛かったけど、梅田は不具合というべきダークな部分を修正変更して、アップグレードに値するほどの更新をしてくれた。つまり、フリーズし掛けた情事を円滑に処理できるように、対処法方をいくつか教えてくれた。しかし、ジオの件だけは未処理に終わったが、一言こう付け加えた。
「敵との事があるけど、一先ずは置いといて、イーサさんとリドさんに相談してみたらどうだろう」
暫し俺は考え込む。
ジオはあのペアレンツと同期だと言っていた。あのペアなら、ジオが俺に求めていた事も詳しく知っているかもしれない。それにある意味、ジオと直接対峙するより、その方が気が楽なのは明らかだった。
「そうだな……」
顔が曇って見えたのか、梅田は俺の肩をぽんっと軽く叩いて
「そんなに思い詰めなくても大丈夫だよ」
「オンラインで、相手が人間でも所詮はゲーム」
「いざとなれば、止めたっていいんだからさ」
「どうせなら、楽しくやろうよ」
そうだ、そうなんだ。当初は俺もそう思ってたはずなんだ。ただ途中で、安易に放棄する事が気に入らないと、有って無い正体不明なプライドがそう囁いた挙句、招いた結果がこうだっただけ。前の俺なら、とっくに解約していただろう。あの頃より、ほんの少しだけ大人に向って成長してはいるが、根本的に何も変わっちゃいない。だったら、それはそれで一つの方法だと考えればいい。それにこのゲームを止めれば、全ての事から開放される。リアルの経験値は記憶消去でもしない限り、減る事はない。ただし、そうした場合でも、もう一人の俺、つまりAIは存在し続ける。ただそれだけだ。開き直った人生送ったって、誰も文句言わないだろうし、言われる筋合いもない。
「ま、そうだな」
その言葉を吐いた俺は、全ての義務から逃避することに、なんの疑問も持たなくて良いのだと、結論付けた結果だった。
しかし、どこか気に入らない……
「それより、明日のこと頼むよ」
「ああ、わかってるよ」
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私の作品、いかがでしたでしょうか?
おそらく文章が幼稚すぎて、苦痛だったりしませんでしたか?
それでも読んで頂けたことに、心底、感謝感謝の思いです。
そこで、恥を忍んでお願いがあります。
愚痴、文句「こんな小説を投稿すんな!」でも構いません。
こんな私に、何かご意見をお聞かせください。
よろしくお願いします。
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