第二章 最強アイテムは夏 <4>
初ログインをしてから、時計の短針は2の字を少し超えたところを指し示していた。ヘッドギアや指のセンサーを取り外しながら、改めてこのゲームのシステムに感心させられていた。しかし、あのAIの話を思い出すと、他のプレイヤーとのコミニュケーションというものをどうすれば良いのか考えてしまう。これまでのゲームと違うのは判るが、かなりヘビーな設定が次回のログインを躊躇させる。だからといって、ここで投げ出すのも気に入らない。そんな事を、あれこれ考えながらベッドへ体を横たわらせると、いつしか眠りに就いていた。
翌日、変な体勢で寝ていたせいか、首が少し痛い。そんな気だるい気分を引きずりながら、階下でキッチンやリビングを覗くと誰も居ない。そして玄関には俺の靴だけが残っていた。時計を見ると10時を回っている。汗ばんだTシャツが不快で、昨晩忘れていたシャワーを浴びた。遥はたぶん部活、母は買い物にでも行ったのだろうか。キッチンで何か軽く食べられる物を探してみると、食パンを見つけた。それと冷蔵庫からバターを取り出し、トースターにセットしてスイッチを入れた。焼きあがる間、マグカップにコーヒーの粉末とスプーン一杯の砂糖を入れ、ポットからお湯を注ぐ。しばらくして、焼けたパンにバターをぬり一口かじる。シャワーのおかげで気だるさはないが、ゲームの影響と寝違いのせいでまだ少し頭が重い。食事を済ませ、後片付けをしたあと自室に戻り、PCを起動させて公式HPの確認をした。そして、このゲームに関係するサイトもいろいろ閲覧してみたが、やはり俺が昨晩体感した以上のことは一切なかった。少しでも何か情報が欲しかった。
ないか・・・
また、ログインする為にウィザードを起動させるが、その前に梅田宛にメールを送ることにした。
初ログインした事、それと名前がグラン・ソープに決まった事。そしてプレイした感想も添えた。たぶん、このメールについて何らかの返送が来るだろう。しかし、それを待つことなくログインを実行した。ログイン画面が起動開始すると、昨日と違ってナレーションはなく、一度だけフラッシュしてほんの数秒で完了した。そしてアイディスプレイに映ったのは、集落の中にある小さな池の傍に立っていて、太陽が真上に昇った風景だった。周りには、粗末な丸太小屋が6軒と畑、それと、集落を隠すように5メートルほどの木々が生い茂るように立ち並んでいた。池には小魚が泳いでいて、それほど深くはなく、水面の波紋がとても自然に円を描き、時折太陽の日差しが波紋に反射して眩しかった。そして水面に映る自分の姿は、昨日と同じで何も変わっていないようだ。それにしても奇妙な感覚だ。ログアウトしていた間、AIが行った行動や体験した事が、俺が操作した記憶として存在している。どんな仕組みでこうなっているのかは分からない。だけど、確かにこれなら不在中に何が有ったのか確認することができるし、なにより半信半疑だったAIが操作している事も納得できる。正直、素晴らしいシステムだと思った。そして記憶を思い起こすと、あれから二人のキャラと出会っていた。
一人目は、俺がログアウトしてすぐの事だった。長身の成人男性で名前が デイ・キャンバレッツ。この集落に人探しのために訪れてきたキャラで、一目見ただけでその装備の素晴らしさに心奪われてしまった。夜中だというのに、ホワイトパールの甲冑が月明かりで輝き、その人の半径3メートルがぼんやりと明るく照らしていた。AIが見入っていると、デイは話し掛けてきたが初心者だと答えるとその場を立ち去っていった。
二人目はログインする1時間ほど前。この集落を拠点にプレイしている女性キャラで、ブルーハワイの長髪に吸い込まれるような少し赤み掛かったブラウンの瞳と、白く澄んだ肌に潤ったチェリーピンクのルージュが、清純な大人を演出している。そしてなにより、しなやかな体形に上着が白を基調にした赤い刺繍がされた長袖の和服で、下が紺色の短いスカート。そして絹のニーハイソックスにわらじを履いていた。その姿を見た時、洗礼された美しさで魅了されてしまいそうだった。たまたまギルドから池に向っている途中にすれ違い、名前は分からないが優しく微笑んで挨拶してくれた。そしてこの記憶が、昨晩からコミニュケーションのことであれこれ考えていたことを一気に吹き飛ばしてくれた。俺はもう一度会える事をにわかに期待しながら、ギルド本部へ向うことにした。
ギルドまでは目と鼻の先で、歩いていると入り口付近に数人が立っているのが見えた。近寄っていくと、みんなはこのワールド共有の掲示板とギルド専用の掲示板を確認していた。そのときギルド本部の扉が開き、俺に命名してくれたジオが堂々たる態度で出てきた。そして、掲示板の前に俺がいることに気付くと、皆に紹介をしてくれた。
「みんなちょっと聞いてくれ」
ジオの声が聞こえると集まっていた4人がジオに注目した。
「昨晩、バースの新規キャラを紹介する」
「そこにいる、グラン・ソープ君だ」
籠手を付けた手で指差すと、皆が俺に振り向いた。
「右も左もまだ分からないと思う。もし困っていたら助けてやってほしい」
「当面は、俺が付いているつもりだが、そうでないときはよろしく頼む」
「以上だ」
ジオの話が済むと、皆が微笑んで俺を歓迎してくれた。そして個々に挨拶を交わし、このゲームの事や集落の出来た切っ掛けなど、いろんな事を教えてくれる。とても和気藹々として心地よい安らぎを感じた。その後、ジオと再度システムのことで聞いてみるが、俺はすでに、この時点でゲームを続ける事を心に決めていた。これまでの人生の中で、自分が必要とされていると実感できたのは初めての事で、この人達と楽しくプレイしたいと思えるようになっていたからだ。この世界の時間は、リアルと同じ間隔で進んでいく。だから、朝ログインすればゲームの中も朝で、夜ならここも夜。これには訳がある。なるべくユーザーの時間感覚を損なわないというのが理由らしい。ただ、これには問題があるようで、夜間しかプレイできない人は昼間の世界を知る事ができない。その逆も然りで、不平等に思う人がいるようだ。確かにそうかもしれない。だが、どちらにしても常時ログインできる人でもなければ、そこまで拘る必要がないようにも思えた。それと先ほど、ジオと話をしていて知ったことだが、食事という概念があるようで、この世界でも栄養の補給は必要なのだそうだ。肉が食べたければモンスターを狩り、野菜が食べたければ栽培などをする。そして、それをただ食べるだけでなく、料理したりその料理で商売することもできる。実に現実社会とあまり変わらないシステムだ。面倒といえばそれまでだが、それはそれで俺は気に入っているし、そんな事やりたくないと思うならAIに行動させればそれで済む。実際に体験したことがないから、不満や改良点は分からないが、集落を散歩しながら周りのキャラの行動を見ていると、何気にうまいこと出来たシステムだと思った。そろそろ昼食時間のようで、それぞれが料理や食事を始めていた。すると、ギルドメンバーの一人で セラ・マーベリック が俺を呼び止めた。
「グランさん、食事いっしょにいかが?」
20代前半女性のような声で、黒の魔道装束にパープルの口紅が印象的な色気の漂うキャラ。
「いいんですか?」
「ええ、遠慮なくこちらにいらっしゃいな」そう優しく微笑んだ。
「ありがとうございます」
俺は案内された野外にある木製のテーブルに着き、陽差しの下、出された料理を頂くことにした。セラさんが調理したカボチャスープをスプーンで口に運び、パープルのアイシャドウと口紅にドキドキしながら、大人の女性というものを感じさせられていた。彼女は メッサ・ロメロ さんのペアレンツで、つい最近バースシステムにより二人誕生した事を嬉しそうに語ってくれた。
ペアレンツとは夫婦のようなもので、リアルほど格式ばった制約はないが、男女のパートナーのことである。そしてその契約をすることによって、バースというシステムを利用することができる。バースシステムとは、パートナー同士の間に子供を作るようなもので、それを利用すると、ペアレンツの指定した場所に新規ユーザーを登場させる事ができる。ギルドメンバーや仲間を増やしたいと考えているユーザーにはとても有効なシステムで、ペアレンツはこの世界のチュートリアル的存在も兼ねている。ただし、いつどんなキャラが登場するかは判らないため、それまでペアレンツは期待に胸躍らせて待つことになる。宛ら、鸛が白い産着に包まれた赤ちゃんを運んで来るのを、じっと待つ親の心境だろうか。しかし、知識的には赤ん坊でも、中身は15歳以上の人間。親の方針を素直に従うキャラも居れば、無関係とばかりに自由気ままにプレイするキャラもいる。親は子を選べず子も親を選べず、ある意味自然の摂理に則った法則ではある。
「おかわりいかが?」
「あ、いえ、もういっぱいです」
「ごちそうさまでした」
緊張しているからだろうか、味の感想も伝えないままお礼を言って、ここを立ち去ってしまった。終始笑顔を絶やさず接してくれたセラに、愛想のない態度をとってしまったと反省していた。
今度何かお詫びしなくては・・・
とぼとぼと歩いていると、集落の端にある大きな大木の下で上半身裸のジオが一心不乱に剣を振っていた。近づいていくと、微風だが振られた剣によって風が舞い、剣先の輝きが研ぎ澄まされた刃のように振り筋に残像を残して見えた。剣長4尺、鍔には上半身左右対称に、両腕を胸の前で交差しのけぞった長髪で裸身女性の青銅鋳物と、柄にもそれに似た彫刻が施されたバスタードソード。こんな重そうな剣を、ジオは難なく片手で振り回していた。
ジオは俺に気付くと、剣を下ろし地面に突き刺した。
「スキル上げですか?」
息を弾ませたジオは頷き、地面に崩れるように座り込んだ。しばらく俯き呼吸が整うと口を開いた。
「ここには慣れたか?」
「さっき、セラさんから昼食をご馳走になりました」
「そうか」
ジオはセラの小屋へ視線を向けた。
「セラは俺と同期でな、ペアのメッサもそうだ」
ひと呼吸して剣を見据えた。
「集落の外には出たか?」
「まだです」
「そうか、では今のうちに武器の事を教えておこう」
そう言うとジオは立ち上がり、武器のことを話始めた。
武器は、前にレクチャーを受けて作ったこの服装と似た方法で、手に入れるか製作をすることで入手できる。違うのは、スキルとして剣技の数値が関係していることだ。剣技は先ほどジオが行っていた自主的に鍛錬する方法と、実戦闘で鍛えることができるが、この作業を怠ると低下してしまう可能性が有るそうだ。それと製作では、そのスキルと自分に見合った性能を発揮する装備ができる。ただし、ここでも俺が苦手なイメージが関係してくる。いくらステータスが高くてもイメージが掛けていると粗悪品となってしまう。そしてもう一つ重要なことがある。それは、ログインしている時間だ。でも、ただ闇雲にログインしていればいいわけではない。ログインすることにより、その武器に対して愛着心を育てることで、性能向上の促進を促すことができる。だから、AIが操作している時間が長いキャラは良い物が作れず、キャラも弱い。それと防具もそうだが、もし優れた装備を何らかの方法で手に入れられたとしても、その性能を活かせず、大半が宝の持ち腐れとなる。それにより、このゲームに慣れたプレイヤーは手に入れる方法よりも、製作したほうが確実でもっとも効率がよい事を知っている。
早速、俺も武器製作を試してみた。何度も試みるが、やはりこの服を作った時と同じで断片的な粗悪品が出来てしまう。
この状況をじっと見ていたジオが、イメージトレーニングに有効な方法を教えてくれた。それは作ってみたいと思う物をリアルで覚えることだ。つまりどこかで武器や防具の映像を探してきて、それを頭に焼き付けることでイメージの断片化を極力防ことができる。ただし、それで出来るのは造形だけで性能は伴わないとジオは言った。でも今の俺にはとても良い案で、しかももっとも早い近道だった。
「ああ、そうだ」
ジオは思い出したように
「君はセラと食事したと言っていたな」
「はい」
「そのあと、リアルで食事したかな?」
そういえば、食べていない。それでは体に悪いとジオは教えてくれた。そしてこの事がゲームにも影響していくことも。
そして実体験と勘違いし易いこのゲームは、所詮ゲームであって現実ではないのだと注意してくれた。
初心者の俺を気遣ってくれたジオにお礼を言い、ログアウトすることにした。
ログアウトすると、空腹の勘を取り戻すようにお腹が鳴った。時計を見ると昼間の1時40分を指している。俺は椅子の背凭れを元に戻し、一度深く呼吸をした。このゲームは、自分のキャラに憑依するような錯覚を強く思わせ、リアル世界の自分を忘れてしまう副作用に気をつける必要があると胆に銘じた。説明書の一文に「実生活を損なわず、健康である事が全ての喜怒哀楽を齎してくれる。そして健全な心は健全な肉体に宿る」と書いてあったのを思い出した。先日、流すように読んだ文章が、心に栄養として沁みた思いがしていた。
部屋を出て階下へ降りると、珍しくこの時間に遥がリビングに居た。貯め込んであったダウンロード番組を紅茶を飲みながら見ていた。
「珍しいな」
「うん・・・」
ドラマに夢中で気のない返事。俺はキッチンからマグカップを持ってきて、遥が用意したティーポットから紅茶を注いだ。
「部活は?」
「うん・・・」
ドラマは佳境で、BGMがより一層気分を盛り上げ、主役が必死に何かをヒロインに訴えかけていた。しかし、そのヒロインには思いが伝わらないまま、ドラマはクライマックスを迎えようとしていた。最後、ヒロインは死を選び、それを目の当たりにした主役は泣き崩れていく。悔しくも悲しい思いが画面から伝わってくる。遥をちらりと横目で見ると、特に表情を変えず、このドラマが再生終了すると、次のドラマを再生させた。目に涙でも滲ませていたら、ひやかしてやろうと楽しみにしていたが、これでは拍子抜けだ。
つまらん・・・
残念に思いつつ、キッチンで見つけたカップラーメンにお湯を注ぐ。カップの上にタイマーと箸を置きリビングで出来上がるのを待ちながら、次のドラマを見る。今度のドラマも恋愛系で、ヒロインが意中の男優とのトラブルに悩んでいるところだった。付かず離れず微妙な演出が続き、徐々に思いが伝わってきたころ、タイマーのアラームが鳴った。ラーメンの蓋を開きずるずると麺をすすっていると、遥は俺を睨んできた。
「気分台無しなんですけど」
麺をごくりと飲み込む。
「は?」
「あっちで食べてよ」
「お、おう」
まんざらでもなかったようだ。あいつなりに感情移入させながら観ていたのだった。そしてリビングから追い出されて、仕方なくキッチンで食べることになった。ひとり黙々とラーメンを食べていると、リビングから祝福を想像させるBGMが流れてくる。たぶん、ヒロインの恋が実ったのだと俺は想像を膨らませた。すると先ほどの気分を害するようなコマーシャルが、軽快な音楽で響き渡った。どんなドラマでも始まりがあって、終わりが来る。クライマックスがハッピーだろうがバッドだろうが、視聴者にひとときの感動を与えてくれる。しかし、その感動の余韻を置き去りにしてコマーシャルが流れる。これほど落胆させる瞬間はない。大人の事情なのだろうが、もう少し考えてほしいものだ。
食べ終わって、遥に声を掛けることなく2階へ戻った。机に座ると一件メールが届いていた。差出人は梅田からで、開いてみると俺が送ったメールの返事だった。
「おめでとう、これでヒカルも仲間入りだね。僕よりいい名前だね。うん、ちょっとダークなゲームだけど、やっていればそのうち判るよ。あっちで会ったときはよろしく。それと例の件、絶対忘れないでくれ。頼むよ。またメールします」
例の事?・・・
ああ、あの事か・・・
夏休み直前に、梅田から懇願されていた石本姉妹との海水浴の事だった。正直忘れたい気分だが、そうもいかないのはよく判っている。それは梅田とあの妹とのプロトコル構築の為の大事なイベントだからだ。
依頼はきっちりやらせて頂きますよ、梅田君・・・
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私の作品、いかがでしたでしょうか?
おそらく文章が幼稚すぎて、苦痛だったりしませんでしたか?
それでも読んで頂けたことに、心底、感謝感謝の思いです。
そこで、恥を忍んでお願いがあります。
愚痴、文句「こんな小説を投稿すんな!」でも構いません。
こんな私に、何かご意見をお聞かせください。
よろしくお願いします。
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