表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Fade-Out  作者: 瀬河尚
10/16

第二章  最強アイテムは夏 <3>

 閃光により閉じられた瞼を開くと、何処かの一室の天井が映った。眼球だけ動かして見回すが、明らかに自分の部屋ではなく、まったく知らない場所だった。

 電灯もなく、4畳ほどの部屋にひとつだけある小窓から、月明かりが、まるで風に揺らめくレースのカーテンのように射し込んでいた。この部屋は丸太の木材を組合わせた建造物で、頭に浮かんだのはキャンプ場にある古びたログハウスだった。当然だが、こんな所に来るはずもなく居るはずもない。だが、そんな事よりも酷い頭痛で目眩がしていた。寝ていた床から上半身を起こし、しばらく目頭を抑えていると徐々に症状が緩和していく。それと自分の手や足、体の感覚も鮮明になっていく。

 感覚?・・・

 目頭を押さえていた手を、大きく開きよく見てみると、普段見慣れた自分の手のひらではない事に気付く。そう、CGコンピュータグラフィックで出来ているのだ。

 どういうことだ?・・・

 確かゲームにログインして、それから・・・

 ひとつの仮説が頭をよぎる。

 まさかそんなはずは・・・

 しかし、指を一本一本自分の意思で動かそうとすると、CGの指はそのように動く。

 ここは、ゲームの世界・・・なのか・・・

 顔に触れると肌の感触から体温、それと微かだが脈動まで伝わってくる。

 こんな・・・こんなことが有るはずが・・・

 ふと頬をつねってみると、感触が痛みとなって伝わってくる。

 マジか・・・

 ゲーム世界でここまで具現できるものなのか・・・

 自分のCG化した体をあちこち触ってみても、現実と同じような感触が伝わってくる。ここまで具現化出来るのかと考えると、このゲームを作ったスリーエスに対して恐怖を感じた。そしてその恐怖心は手や体の震えに同調していく。しかし、その震えは時間と共に喜びに変わっていった。

 「すごい!」

 それにしても、全身を触ったときに気付いた事がある。それは全裸だったことである。まさかこの格好でログインとは思わなかった。設定なのか、それともこういうシステムなのかは分からない。だが、全裸はどうかと思う。自分の視点からしか確認する事ができないが、色白で俺のリアルの体より少し筋肉質。背丈と顔の輪郭は分からない。ただ、あれがない。たぶん、そこまでの具現化は、開発の段階でいろいろと問題があったのだろう。漸くこの体にも慣れてきて、なんとか立ち上がってみる。そして歩いてみると現実世界で実際に歩いているような感じだった。他にもいろんな動作をしてみた。筋肉、バランス、疲労その他付随する全てが、自然で感動してしまう。ここまで具現化されるとゲームという感覚がなく、ここは現実世界だと錯覚してしまいそうだった。

 確かに、これは今までのゲームとはまったく違うな・・・

 しばらく、この感触を楽しんでいると重量感のある音がゆっくりと近づいてくることに気が付く。するとその音はこの部屋の前で止まり、扉が開いていく。俺は開かれた扉の向こうを凝視する。

 「ほう、もう体の感触に慣れているようだな」

 漆黒の仮面と鎧を纏ったキャラが大人びた声でそう話す。

 「ふふ」

 なんだこいつは?・・・

 「ヘッド、リムーブ」

 漆黒キャラは鼻で笑い、そう口にすると仮面のCGが徐々にデジタル分解して消えた。そして仮面で隠れていた素顔が曝け出す。銀色のロングヘアと男前の輪郭、高い鼻おまけに異性を魅了するようなライトブルーの瞳。格好いいとしか言いようがない、成人男性の顔をしていた。

 「え、えと・・・」

 どう声を掛けていいか戸惑っていると、手を腰にそのキャラは話し始めた。

 「T2の世界へようこそ」

 「俺は、ジオ・セリア このギルドのリーダーだ」

 「呼ぶときは、ジオでいい」

 「あ、えと、ども・・・」

 「俺は・・・」

 そういえば、自分に名前がない事に初めて気付いた。ログインのときにもそんな設定画面はなかった。

 「ああ、君の名前は相棒と相談して、すでに決めてあるから心配ない」

 決めてある?・・・

 「それって?・・・」

 事前に読んでおいた説明書には載ってないことばかりで、どうしたら良いか分からなかった。

 「他のゲームでは、自分で名前を付けるのが普通なのだが、このゲームは違う」

 「バースシステムで産まれるキャラの名前は、そのシステムを使ったペアレンツで付けることになっている」

 「はい?」

 「バース?・・・システム?・・・」

 「まあ、追々分かることだ」

 「そんなことより、その格好のままではまずいな」

 「まず、装備のことをマスターしてもらう」

 それからジオと名乗るキャラは、装備のことについて教えてくれた。装備は手に入れる物と製作する方法がある。今の俺は、アイテムなど何も持っていないから製作するしかない。そしてその製作方法なのだが、ユーザーのイメージと精神状態、それからこの世界のステータスの注目度でいつでも作ることができる。だから、注目度の数値が低いだけで、とりあえずの装備ならすぐにでも作ることができるというわけだ。しかし、これが簡単なようでなかなか難しい。何が難しいか、それはイメージで外見を構成するのだが、どうしても断片的になってしまう。例えば、Tシャツを作ろうとする。すると虫が食ったような穴が、いたる所にできた物が出来上がる。ジオが言うには、イメージトレーニングと慣れだそうだ。それからしばらくこの装備作りに悪戦苦闘する。そして、やっとそれらしい装備が出来上がった。上が薄茶色で厚手の麻のような生地のベストに白のTシャツ、下が黒革のハーフパンツとベストと同じ色のロングブーツ。ジオは俺の姿を見て、とりあえず頷いた。しかし、自分では全身を確認することができないと伝えると、鏡がある場所へ案内してくれた。この部屋から出ると50メートルほどの木造の屋根付き廊下が続いていて、先ほどの部屋は本部となるギルドの建物の離れだったことがわかった。そしてその廊下から外の景色を眺めると、農村のような風景がギルド本部を囲うように広がっていた。

 「ここは?」

 「ここは俺達ギルドメンバーが作った集落だ」

 「まだまだ小さな集落で安っぽい建物ばかりだが、そのうち立派な建物が並ぶ大きな拠点にしてみせる」

 ジオは足を止め、希望と野心に溢れるような目と表情で俺にそう言った。俺は更に問い掛けてみた。

 「ここにはどれぐらいの人がいるのですか?」

 その問いかけに、ジオは考えるように腕を組んで答え、また歩きだす。

 「昨日までで、ざっと10人ぐらいか」

 その人数が多いのか少ないのか、俺にはこの世界にどれぐらいの住人がいるのかさえ知らない。だから判断のしようがなかった。そもそも何もかもが分からないことばかりで、説明書に肝心なシステムなどは、まったくと言っていいほど記されていない。だから、少し苛立ちを感じていた。とにかく一つずつ覚えていくしかない。

 ギルド本部の入り口まで来ると、あの部屋の中で想像していたような、ログハウスのような建物が建っていた。お世辞にも素晴らしいとは言えないが、雨風を凌いだりちょっとした集会をするには申し分ないだろう。ジオは入り口の扉を開けると、俺を招き入れてくれた。中に入ると一風、西部劇で出てくる小さな酒場のようなインテリアで、各所にテーブルと椅子そして奥にはカウンターも作られていた。広さは、ジオが言っていたこの村の住人全員が寛げるぐらい。所々に調度品が置かれているが、これといって目を引くような物はなかった。

 「こっちだ」

 物珍しく見渡す俺をジオが鏡の前で呼ぶ。呼ばれるまま鏡の前に立つと、そこにはジオに勝るとも劣らない若い男の姿が映っていた。

 これが俺のキャラか・・・

 服装は、まったく強そうには見えず、ファッションセンスの欠片もない格好だった。しかし顔や体格は一目で気に入ってしまった。髪の毛は、短くて黒髪で前髪の一握りの束だけ赤毛。それと目の色が左右違っていて、右がライトブルーで左がライトグリーン。それ以外は、少々筋肉質の白人男子と言ったところだ。

 「装備はそのうちとして、キャラは状況次第では変化していくから、これが全てではない」

 「へ?」

 「まあ、その辺も含めて少しずつ教える」

 そう言って、俺の肩をポンっと叩いた。そして思い出したように

 「それと、今から君の名前は グラン・ソープ だ」

 グラン・・・ソープ・・・

 「これで、初期の登録はある程度完了した」

 「あとは君次第だ」

 「申し訳ないが、私は用事でログアウトするが、キャラは残るので何か質問があれば聞いてくれ」

 「ただ、私が実際に考えた返答が返ってくるわけではない」

 「それだけ注意してくれ」

 「では、またな」

 「え、あ、あの・・・」

 名前の事とか、登録情報で確認したらそうなっていたからなんとなく理解はできたが、最後のログアウトしてキャラがどうこうの意味が分からん。とにかくその事で問いかけてみることにした。

 「あの・・・ジオさん?・・・」

 「なに?」

 「ログアウト?・・・」

 「プレイヤーはすでに落ちている」

 「だが、私で良かったら相談に乗ろう」

 特に、外見の変化はないが、表情や仕草が先ほどとなんとなくだが違うような気がする。どういうシステムなのか興味があった。それに俺がログアウトしても、このキャラは残るのだろうか。

 「プレイヤーがログアウトするとどうなるの?」

 ジオは淡々とログイン状態と変わらない声で答えた。

 「プレイヤーがログアウトした場合や音信不通の場合は、本人に代わってAI(人工知能)がこのキャラの管理をする」

 「管理とは、プレイヤーが行動した内容及び経験をデータとしてサーバに保管されている。そして、ログアウト又はなんらかの理由で音信不通と判断した場合、その保管されているデータがAIによって引き継がれ、この世界で行動し続けるようになっている」

 「すなわち、今動かしているのはAIである私だ」

 「そして、もう一つ」

 「何かの都合でプレイヤーが解約などの処理をした場合も同様に、キャラクターとデータは受け継がれたまま存在、そして更に成長も続ける」

 「だから、総人口が増えることはあっても、減る事はない」

 

 それからAIは他にも多くの事を語って聞かせてくれた。この世界で重要なのは注目度で、ステータス名は Noteworthy Level を略して NL と呼ばれている。その数値を稼ぐには、他のプレイヤーやAIに対してなんらかの影響を及ぼすような事をすると自動的に変化するシステムになっている。例えば、PKプレイヤーキラーや商売、あとクエストなどの作成で自分の認知度を高める事が一般的な方法のようである。あとキャラの成長システムとしてレベルの概念がなく、リアルの精神状態とNL、そしてプレイスキルが大きく関係しているそうだ。あと戦闘などで死んでしまった場合は、蘇生魔法というスキルともう一つの方法で生き返ることができる。だが魔法スキルの場合は失敗する事もあるようで、そうなると灰色のキャラとしてその場所で倒れたまま時間と共にデジタル分解していく。その後プレイヤーはゲームオーバーではなく、モンスターとして転生する。だからモンスターとはいえ、人かAIのどちらかが操作していることになる。それにより今までのネットゲームのように、パターン化した攻略法を作ることができないようになっている。より高度な戦略と行動力、そして判断力が必要となってくる。それと蘇生するもう一つの方法とは、モンスター化してから自分のキャラがデジタル分解してしまう前に、ある行動をすることで復活が可能になる。その行動とは、自分のキャラを喰らうことだ。これの他にも方法があるが、この場合、復活ではなく転生。つまりまったく別のキャラとして転生することになる。そしてその方法とは、モンスターとなって人型キャラの殺戮を行うことだ。ただし、そのままモンスターとしてプレイすることもできる。

 しかし、どの方法を選択したとしても、あまり気分の良い方法でないことは明らかだ。だが、これは俺の主観であって他の人はそう思っていない場合がある。世の中、殺戮を楽しみたい人だっているだろう。

 そしてこのゲームの最大の目標は、神としてこの世界を大きく左右させる力を得ることだ。しかし、そこに辿り着くにはいくつかの試練をクリアする必要がある。それは、ヘブンズゲートとヘルズゲートの二つの門を開き、そこに君臨するボスを倒す事、そして最後に先代の神を討破ることだ。ただ、ここで大きな問題が出てくる。天国と地獄のボスそれと神を倒すには、一人の力だけではまったく勝ち目がない。倒すには多人数の力が必要になる。しかし、もし倒せたとしてもこれは単なる通過点に過ぎない。何故なら・・・


 神の座は一つしかないからだ。


 つまり、それによって神の間は血で血を洗う戦場と化す可能性がある。

 だから、プレイヤーの最大の焦点は、如何にここで勝利することができるかである。

 そして、その力を手にした者はこの世界を意のままに操り、手に入れられなかった者はそれに静かに従うことになる。それが嫌なら勝ち取るしかない。

 勝者には絶大な権力、敗者には絶対な服従、そしてどちらにも類しない者には屍に等しい。

 俺はそれらを聴いて、考え込んだ。

 それは、先ほどログイン状態のジオからは、こんな殺伐とした世界であることを微塵も感じさせなかったからだ。俺は戸惑った。このゲームから手を引くには早いほうがいい。もしこのキャラに愛着を持ってしまったら、それこそ苦しくなる、そんな予感がしていた。でも、あの梅田はこのゲームを楽しいと言っていた。

 本当にそうなのだろうか・・・

 所詮ゲームだからいつでもやめればいいと思う反面、自分で決意して始めた事で、こんなに簡単に諦める優柔不断さにイラつく思い。そんな感情が行き交いすれ違う摩擦で、思考回路を熱くさせていた。こうした気分がさらに苛立ちを増幅させる。そして長所であり短所である、第3者の考えに飛びつく事にした。後日ジオ本人に直接、同じことを聞いてみてから結論を出すことにした。

 俺はこんな事も自分で決められないのか・・・


御意見指摘等、どしどしお待ちしてます!愚痴や文句でも構いません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ