プロローグ
……解放感という自由に満ち溢れ、数々の達成感と仲間達との同じ時間を過ごせた喜び壮大なほど澄んだ心地よさ、そして充実した日々。
天から落下する一本の槍が、大きく開いた口から垂直に体を貫き大地に突き刺さる。乾いた地平線に建てられた人柱のごとく絶望。更に虚空で打ちひしがれ悶え苦しむほどの心痛……
そんな入乱れた映像をたった1秒にも満たない圧縮されたデータとして脳裏にインストールされている。
見覚えのない部屋。
時々ちらつく蛍光灯。
そして……
それを見つめる虚ろな瞳。
全ては、劣等あるいは普通と評価され続けて15回目の誕生日が過ぎ、高校に入学したときから始まる。
それまでは、小中学と義務教育のレールに乗ってただ惰性に授業を受け、周りのクラスメートや先生に自分の存在価値を伝えることを特にしなかった。
校則で強制的にクラブ活動をしていたおかげで、先輩後輩という上下関係がなんたるかを少し学んだ程度。
興味があった事といえば、毎週アップロードされる漫画の続きが待ち遠しかったのと新作のゲーム……それと隣のクラスの女の子一名。
告白こそしなかったものの、自分のことを僕から俺と言うようになったのはその頃だった。
今になって考えてみれば、社会人になって自慢できそうな絶好の青春ネタが、空白のパズルピースにしてしまったと後悔している。もし存在するなら、インターネットのサイトからダウンロードして上書きしたいぐらいだ。
中学3年生で、進路という言葉が常時念頭に存在するようになって、いくら愚人な俺でも目標について考えることが多くなった。ただその事について深く悩んだ経験もなければ知識もない。そもそも、それが自分にとって如何に重要なのかすら判っていなかった。
尻を叩くように、
「自分の人生の中でいくつかある一つの分岐点だから」
などと妙に少年の心理を貫くような事を言ってくる担任。そんなことを言われればどんな生徒だって嫌でも焦るし悩む。
とはいえ、選択肢の中にエリートと言われる道が含まれているはずもなく、そんなことは他の誰でもない俺の成績表が教えてくれた。
つまり就職か進学。
進路相談のため短縮授業で昼までの日、3者面談で自分の順番は16時からだった。この日の為に休暇を取った父と二人で、約束された時間に教室の扉をノックした。
「はい、どうぞ」
普段教室に並べられた机と椅子を後ろの方へ集め、がらんとした部屋の中央には三人分だけ用意されていた。室内は秋の夕焼け色で染まっていて、人生の岐路がこんなところで決まるのかと思うと少し寂しかった。
「では、こちらへお掛けください」
言われるまま椅子に腰掛ける。
「えっと、今泉 輝君は……」
先生は名簿ファイルから一枚のプリント用紙を取り出し、間違いがないか確認してから俺と父の目を交互に見て、
「今どき、中卒で就職する子はほとんどいないから進学でいいですね」
と、その紙を差し出した。
「このプリントに書いてある3校の中から選んで後日、私に提出してください。では、今日はこれで以上です」
父は一瞬身を前に乗り出そうとするが、肩を落とすようにゆっくりと体を元に戻した。
先生は父を見ながら軽く会釈する。
「お父様ご足労ありがとうございました」
「いえ」
父も合わせて会釈する。
あれこれと成績のことで言われると予想してたので、さすがに落胆してしまった。
担任からそれを受け取り一礼して教室から出る。
面談、3分。なんとなく父の顔を見れず、無言のまま下向き加減で下駄箱まで歩く。
今日の為にわざわざ休暇を取って、こんな結果に終わった事に父が不服そうな顔をしてるのは見なくても分かる。得体の知れない重圧を背負い、父の背中から数歩距離をとって歩く。
帰路の途中、すれ違った高校生らしき生徒が自転車で下校してるのを目で追いながら父が一言、
「選べるだけ……ましか」
その父の言葉に救われた気持ちがしたのを今でも覚えてる。
後日、志望校のところへ丸を書いて提出した。
文章修正 12/09