星花の森に春がくるよ
当方作「約束の空飛ぶイルカ」より、主人公 栗橋莉亜の誕生日を記念しましてアニマル化パロディを描きました。
原作をお読みでない方でも楽しんでいただけると思います♪
さあ、それでは動物たちの世界へおいでくださいませ!
むかしむかし、あるところに星花の森という森がありました。
星花の森はそれはそれは広大で、木々も果実も豊富でした。近くに星川という小川も流れている為、森に棲んでいる動物たちは自然の恵みに囲まれて、毎日たらふく食べて幸せに暮らしていました。
ですが、そんな幸せも長くは続きませんでした。
ある年、猛暑と大寒波に見舞われてしまい、果実は育たず、魚は水温上昇により干上がってしまったのです。
動物たちは困り果てました。去年の秋に拾った木の実もそろそろ底がつき、土の中の虫も旱魃によって姿を消してしまったのです。
このままでは星花の森には住み続けられない、そう思って移住する者まで出てきました。ですが多くの動物は生まれ育った星花の森を後にする事が出来なかったのです。
いよいよ食料が尽きてしまうと誰もが途方に暮れた春のある日、りあたぬきちゃんは川へ魚の様子を見に行きました。
「お魚さんもお腹空いてるよね……」
心優しいりあたぬきちゃんは、去年拾っておいた木の実をこなごなにし、残り少なくなった痩せた魚たちの為にばら撒いてあげました。それはりあたぬきちゃんが晩ご飯に食べようと思って取っておいた最後の木の実でした。
「お魚さんたちが元気になってくれれば、ひじりきつねちゃんもきっと元気を取り戻してくれるはずだもんね……」
りあたぬきちゃんは、最近元気のないひじりきつねちゃんの事が心配で心配でなりませんでした。強がりのひじりきつねちゃんは、りあたぬきちゃんになぜ元気がないのかを話してくれなかったのです。
りあたぬきちゃんは思いました。お魚さんが大好きなひじりきつねちゃんは、お魚さんたちが元気になればきっと元気を取り戻してくれるはず、と。
ぱらぱらと痩せた魚たちに最後の一撒きを終え、ぱんぱんと前足を叩いていたその時です。川の向こうからりあたぬきちゃんを呼ぶ声がしました。
「こっちよ、りあたぬきちゃん」
声のする方に目をこらしていると、向こう岸の木陰から一匹のかわうそが現れました。
かわうそは長いしっぽをゆらゆらと左右に振りながら、ゆっくりとりあたぬきちゃんの前まで来ました。
「あ、きょーなかわうそちゃんだぁ。きょーなかわうそちゃんもお魚さんにご飯あげに来たの?」
「ふふ、そんな訳がないじゃない。こんな飢饉に、なぜ自分を犠牲にしなくてはならないの? その逆よ、りあたぬきちゃん」
「ふぇ?」
驚いた事にきょーなかわうそちゃんは、ねこパンチならぬ「かわうそパーンチ!」と叫びながら川の水面にアッパーを繰り出したのです。
すると先程りあたぬきちゃんにエサをもらって群がっていた魚たちは、水しぶきと共に鱗をキラキラさせながら次々と宙に舞いました。
りあたぬきちゃんは声が出ませんでした。かわいそうに痩せてしまった魚たちを食べようだなんて酷すぎる、そう思うと言葉の代わりに涙が出てしまいました。
「さぁ、りあたぬきちゃんにプレゼントよ? これを食べて体力をつけたら一緒に星花の森を出ましょう。ここにはもうエサがない。私たちは住んでいけなくなるわ」
「ひ、酷いよ! 酷いよ、きょーなかわうそちゃんなんか大嫌い!」
「り、りあたぬきちゃん? なぜ? 私たちが生き延びる為にはこうするしかないじゃない。それに私は……」
「きょーなかわうそちゃんのばかー!」
叫ぶが先か、りあたぬきちゃんはきょーなかわうそちゃんの前足をぶっ叩きました。すると差し出された魚たちはまたも宙を舞い、一匹残らずとぷんと川へ落ちていきました。
「あぁ……りあたぬきちゃんへのプレゼントが……」
「そんな物いらないもん! うわーん!」
ぶっ叩かれた前足を呆然と見つめるきょーなかわうそちゃんを一匹残し、りあたぬきちゃんはものすごい勢いで泣きながら走っていってしまいました。
その夜、目を真っ赤に腫れ上がらせたりあたぬきちゃんは、もう一度川へやってきました。最後の木の実を魚たちにあげてしまった上、たくさん泣いてたくさん走ったので、とてもとてもお腹が空いていました。自慢のふさふさのしっぽもすっかり垂れ下がっています。
「良かったぁ……きょーなかわうそちゃんに食べられてなかったんだね……」
りあたぬきちゃんは魚の安否が気になっていたのです。覗き込んだ川の中には数匹の魚たちが申し訳なさそうに泳いでいました。りあたぬきちゃんに感謝しているのでしょうか。りあたぬきちゃんの表情にも笑顔が戻りました。
「はぁー……お腹空いたなぁ……」
そう呟いてもりあたぬきちゃんのお腹はぐるるっと鳴くばかりで満たされはしません。途方に暮れたりあたぬきちゃんはその場へぺたんと座り込んでしまいました。
「あーぁ……」
あんぐりと見上げた夜空には、たくさんの星たちが光っています。あの星たちが全部食料だったらいいのにな……そう思いながらひじりきつねちゃんの事を考えていました。
このままでは元気を取り戻してくれるどころか、本当に餓死してしまうかもしれない。「私たちは住めなくなる」、きょーなかわうそちゃんの言葉も思い出します。いよいよ考えなければならないのか……りあたぬきちゃんはごろりと寝そべりました。
「りあたぬきちゃん、ここにいたのね。探してしまったじゃない」
またも森の中から声がします。性懲りもなくまたお魚さんを……りあたぬきちゃんはぴょんと飛び起きて木陰を睨みつけました。
「もうお魚さんに意地悪しないでよ! お魚さんが元気になればひじりきつねちゃんだって……」
「私が何ですって?」
「……あれ?」
なんと、木陰から現れたのは、食欲もなくおうちでぐったりしていたはずのひじりきつねちゃんでした。りあたぬきちゃんはびっくりして口をぱくぱくさせてしまいました。
「まるで魚ね。あまり川にばかり来ていると本当に魚になってしまうわよ?」
「う、うん。それでもいいよ。ひじりきつねちゃんが元気になってくれるなら」
「バカなりあたぬきちゃんね。りあたぬきちゃんが側にいてくれなければ元気になれる訳ないじゃない」
「で、でも……私がいても元気なかったじゃん」
「そうね、それは……」
ひじりきつねちゃんはぺたりと腰を下ろし、りあたぬきちゃんの隣に座りました。そしてごそごそとポシェットから一つのりんごを取り出し、りあたぬきちゃんの前足にぽんっと置きました。
「……これ……」
「お誕生日おめでとう、りあたぬきちゃん」
「ふ、ふぇ?」
りあたぬきちゃんはすっかり忘れていました。今日はりあたぬきちゃんの誕生日だったのです。元気のなかったひじりきつねちゃんの事ばかりに気を取られていて、二月が終わった事すらにも気付いていなかったのです。
「でも、これは大事な食料だよ。いくら誕生日だからって、ひじりきつねちゃんの大好物をもらう訳には……」
「ずっと悩んでいたのよ。何をあげたら喜んでくれるのかずっと悩んでいたの。そうしたらいつの間にか胃炎になってしまって……大事に取っておいたりんごだけれど、りんごの酸は胃に悪いから……あげるわ」
「ひじりきつねちゃん……」
りあたぬきちゃんは分かってしまいました、ひじりきつねちゃんが嘘をついている事を。本当は胃に悪いからではなく、大事な物だからくれるのだと。
ですが悩みすぎて胃炎を起こしてしまったのは本当の事かもしれないと思うと、強がりのひじりきつねちゃんのかわいい一面にいじらしさが湧いてくるのでした。
「ありがとう、ひじりきつねちゃん! 元気になったら一緒に食べようね!」
「素直にもらってくれればいいのに……素直じゃないわね、りあたぬきちゃん」
「素直じゃないのはどっちかなぁ? あはははは」
ぴくりと耳を立てたひじりきつねちゃんを見て、りあたぬきちゃんは満足そうにふさふさのしっぽをふりふりしました。嬉しいとついふりふり動いてしまうりあたぬきちゃんのしっぽを見たひじりきつねちゃんもまた、そっぽを向いて口元を緩ませました。
星花の森も三月です。もうすぐ春がやってきます。
「今年の春はあったかくなるといいね、ひじりきつねちゃん」
おしまい