〜必ずやってくる、その恐怖〜
4月、
それは、多くの人にとって、新しい生活が始まる変化の季節、
ここ奇夜徒町でも、道端に立ち並ぶ桜は満開、視界の限り桜の花びらが舞い散っている。
そんな中を、これから始まる新しい生活に胸を躍らせた人々が、それぞれの目的地へ向かっていく、
「……ドキドキ……ワクワク……」
そんな人々と同じく、桜の花びらが舞う中を歩いているこの男の子、
鹿角 真名兎もまた、新しい生活を求め、ここ奇夜徒町にある、高校へやってきた、ピカピカの一年生である。
真名兎とあるが、これは ”マナト” と読む。
カタカナで書くと、
”カヅノ マナト”である。
きっちり男の子だ。
名前の意味は、兎‼︎
兎にも角にも全力で逃げ足の速い‼︎をイメージしてつけられたそうな……
マナトはこれから高校生になる、ピカピカの一年生だ。
マナトの通う高校は、星将高校という、あらゆる分野において、何もかもが普通の、普通の高校である。
しかも、街の周囲は山に囲まれており、辺りには何か目立つものがあるわけではないし、マンションや住宅街なんかもほとんどない、
家の無いところは田んぼと畑が広がっている。
高校自体、山を半分ほど削って建てられている。
新しそうなものは一切なく、学生用のアパートがチラホラあるくらいで、後は昔からありますって言うようなでかい木造建築ばかり、住んでるのも昔から親子何代にも渡り住み続けているような人たちばかりで、マナトがこれから通う学校も、家が近い地元の人間ばかりが通っている。
バスや電車も少なく、主な登校手段は、徒歩自転車となる。
言ってしまえば、田舎町だ。
わざわざ遠くから引っ越して来てまで通うような学校ではない。
そんな街にわざわざやってくる物好きな人間も、そうそういない、
だが、
マナトは、奇夜徒町出身ではない。
マナトは、ここから遥か離れた災禍市と言う、結構な都会出身、そこで中学卒業までの間を過ごしていた。
そして、中学卒業とともに引っ越し、今年から、この奇夜兎町にある、星将高校へ、通うことにしたのだ。
そのまま、何事もなく、平和に暮らしていれば、こんな田舎の学校には一切関わることすらない人生を送っていたことだろう。
では何故彼はここへやって来たのか?
誰か、どうしても離れたくない知り合いについてきたわけでもない、
親に勧められたわけでもない、
むしろ、周りに止められ、親に反対されていたが、無理を通してやって来た。
何が彼をそうさせたのか、
その理由は……
「ついに……名前を出してはいけない例のあの人から脱出したぞー‼︎」
ある人物から逃げるためである。
誰かと言うと、
名前を出してはならないあの人である。
マナトはその人物から少しでも遠くへ離れたい一心で、誰も想像できないような、辺境の地へやって来たのだ。
「名前出したら出てきそうだしな〜アイツ」
絶対に口に出してやるものか‼︎
と、やたらハイテンションにルンルンしながらこれから通うことになる星将高校の入学式へ向かうマナト、
これから楽しい高校生活だー!
しかも一人暮らし!
何をしようかなー
と、これから始まる、新しい生活を想像しながら歩くマナト。
そして、興奮の余り
「ひゃっほーい」
拳を空へ突き上げたマナト、
……完全に子供である。
その時、
「きゃあ‼︎」
おそらくマナトの後ろを歩いていたと思われる、声からして女の子が、マナトの突然の奇行に驚き、声を出してしまったようだ。
「あぁ、申し訳ない、あまりに嬉しくて周りに気が行ってなかったようだ。びっくりさせてしまったようで……」
フリーズ……
先程までのテンションはどこへやら、
後ろの女の子に謝りながら振り返ったマナトが、相手を視界に入れ、誰かを認識したと同時に、言葉の途中にもかかわらず、固まってしまう。
「も〜気をつけてよねーマナトォ〜、後ろから近づいて驚かそうと思ってたのに〜、私が驚いちゃったじゃ〜ん」
頬を膨らませて、可愛らしく怒ってくる女の子、
どうやらマナトの知り合いのようだ。
その女の子は、マナトと同じ学校の制服を身につけていることから、マナトとは、同い年くらいの女の子なようだ。
だがおかしい、
もう一度言うが、
マナトはこの町出身ではない。
そしてマナト自身、自分の居場所の足が絶対につかないように気をつけて、敢えて知り合いのいないこの町へやって来たのだ。
誰も知り合いがいないことは何度も確認したハズ、
つまり、今目の前にマナトの知り合いなんているはずがない。
なのに……
「やぁ!マナト‼︎久しぶり!!!」
パッパッとスカートについた土埃を払いながら立ち上がり、
ニコォと笑顔で挨拶する女の子、
そんな女の子の様子をボー然と見ているマナト、
女の子は、マナトのそんな様子を見ても欠片も心配した様子は見せず、勝手に話を進めていく。
「……ところでマナト、あまりに嬉しいことってなに?……もしかして……高校も私と同じ学校に通えること?」
マナトの顔を覗き込むように、首をかしげながら笑顔で問いかけてくる女の子、
対して、マナトは、
「ピーヒュルルル……」
人語を失っている。
そして変な機械音みたいな音がマナトの口から発されている。
明らかにおかしな状態になっているマナトを見ても、何とも思わないのか、顔色一つ変えずに一人で話をする女の子、
「やだな〜マナト知ってたんだ〜、入学式の時にパッと再会して驚かそうと思ってたのに〜」
知ってたんなら言ってよ〜、驚かすの楽しみにしてたの馬鹿みたいじゃない〜
悔しそうに、だが嬉しそうに言う女の子、
「な、何故だ!何故お前がいる!」
いるはずがない知り合いとの再開に、一時は混乱し、人語を忘れたが、何とか人語を取り戻し、質問をするマナト。
マナトの様子からして、今マナトの目の前にいる女の子こそが、彼がここへ来る原因となった、名前を出してはいけない例のあの人らしい。
「え?何故って……マナトがいるからに決まってるじゃん?変なこと聞かないでよ〜」
あたかもマナトの方が変なことを言ったかのように答える女の子、
(な、何を言っているんだコイツは……何故俺の方が変みたいに言ってるんだ?大体どうやって俺の居場所が分かった?親にはただ遠くの学校に行くとしか言ってないし、友人にも何処へ行くかは一人も言ってない、なのに……)
突然訪れた、最悪の展開に疑問点が次々出て来て頭が変になってるマナト、
すると、マナトの考えてることを悟ったらしい女の子が、
「え?私がどうやってマナトの行く学校が分かったかって?」
と、マナトがもっとも疑問に思っていることを完全に読みとってきた。
「な、俺の考えてることを読み取ってきた?どうなってる?ナツキ、お前とうとう人間辞めたのか?」
口に出さずに考えていたことを、完全読まれ、驚愕を隠せないマナト、
ついに名前を言ってしまった。
対してナツキと呼ばれた女の子は、結構今失礼なことを言われたはずだが、全く気にしていない様子で話を進めていく。
……かなりマイペースな女の子のようだ。
「ふふふ〜、知りたい?いいでしょう、それはね〜……」
得意げに話しをし始めた。
「マナト、昔私があげたヌイグルミ、まだ持ってくれてるよね?嬉しいな。」
「……は?急に何言ってるんだ?それになんでそれを知ってるんだよ⁉︎……あ、あのヌイグルミをもらってから、お前家にあげてないだろ?」
「……うん、アレをあげてから、マナト、急に家にあげてくれなくなったよね?……でも知ってるよ?それはあのヌイグルミを一番目立つ場所に飾ってしまって恥ずかしくなったからだよね?」
「う……」
返す言葉もない、
なぜならその通りだから。
あのヌイグルミをもらってからというもの、嬉しすぎて思わず部屋の一番目立つ場所に飾って、いつでも眺めることができるようにしたのだが、
でも後で冷静になって考えると、めちゃくちゃ恥ずかしくなって、ナツキどころか、親すら部屋にいれられなくなった。
「だ、だったらなんだってんだよ⁉︎そうだよ、だって部屋の一番目立つ場所に、大事にヌイグルミを飾ってる男子とか、格好わるいだろ⁉︎」
「確かに、そうだね、でもマナトは特別、たとえヌイグルミを飾っていようと、マナトは格好良いよ、だから今度マナトが引っ越したアパートに遊びに行かせて?……久しぶりに
メアリーちゃんに会いたくなっちゃったから」
「だからなんでメアリーちゃんを持ってきたこと知ってるんだよ⁉︎」
「……まだわからない?仕方ないな〜、じゃあもう一度、私があげたヌイグルミの名前、言ってみて?」
「えっ?確か、ウサギのメアリーちゃん……だったよな?」
「うん、覚えててくれたんだ!嬉しい、」
「……で?そのメアリーちゃんと、俺の個人情報漏えいと、どう関係あるんだ?」
「メアリー……目、アリ〜、なんてね?」
「……目……アリ……?」
まさか、
「盗撮か⁉︎」
あのヌイグルミ、カメラでも仕込んであったのか⁉︎……だから、
「……でね?……」
まだ何かあるのか⁉︎
「いい‼︎……そ、それ以上言うな!何かそれ以上聞いた瞬間、色々戻れなくなる気がする。」
「エエ〜マナトが聞いたんじゃん!変なマナト〜」
ま、いいけど〜
ヒラリとマナトを躱し、そのままマナトを置いて先を歩いていく女の子、
だが数メートル先に進んだところで振り返り、
「ホラ、急がないと遅れるよ?入学式」
楽しそうに言う女の子、
「お〜わった〜、これから始まる楽しい高校生活は〜、今お〜わった〜」
あまりのショックに、変な歌を歌い出しながら、
自分の先を歩いていく女の子の姿を、顔を絶望の色に染めながら見続けているマナトなのだった。




