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マギシ〜氷の帝王〜  作者: totoko
5/12

一章 天の衝撃 4

「あれ出したか?」


「なんだよ、あれって?」


「伊藤先生の理論式概論のレポート。確か、試験しない代わりにあれ提出で単位だっただろ?」


「……」


 ここで、二人の会話が止まった。正確には天の返事が滞った。訝しげに思い、京が腰を上げた。


「どうしたよ、天」

「忘れてた……」


 ぼそりとか細い声。京はそれを聞き逃さず目を見開く。


「おいおい、大丈夫なのか? 伊藤先生って厳しいぞ」


 天は右手で制し、左手で顔を覆う。


「わーてるわーてるわーてるって!今考えてるんだよ」


 京は唸っている天の前に置いてある教科書に目が入った。


「おい、それって伊藤先生の本じゃないか?」

「ん? あーこれな。さっき伊藤の部屋から取ってきた」

「取ってきたって、先生に許可はとったのか?」

「んにゃ、いなかったからとりあえず事後報告でいいやと思って……」

「なんでそーなる!」


 珍しく京が慌てる。

 理論式概論の講義を担当している、伊藤は学科内でも非常に厳しいということで有名な教員だ。元々体育会系の人間だったらしく、結構スパルタである。そんな彼の講義の単位取得に必要なレポートを提出していないということは……。

 いや、それよりも勝手に本を持ちだしたことに問題があるはずだ。


「やっぱり、まずかったか?」


 天は苦笑いを浮かべる。


「まずいだろ……。多分今頃探してるはずだぞ……」

「だよなー。いやさ、この本既に絶版になっててよ、図書館にも置いていなかったんだわ。そしたら、この前あいつが持ってたのを見てさ」

「それはますますマズイだろ……」


 しばしの沈黙。

 どうするかと、考えていると廊下から大きな足音が聞こえてきた。それはどんどん近づいてくる。

 そして、彼らの部屋の前で止まった。勢い良く扉が開け放たれる。

 そこからは角刈りのいかにもな雰囲気の男性が青筋立てて入ってきた。


「矢倉屋ー! てめえ、俺の本勝手に持ちだしただろう!」

「げぇっ、伊藤!」


 入ってきたのは伊藤だった。

 見た目も相まって、ヤクザの到来に思える。

 天の額を冷や汗が流れる。どうしたものかと思い、京の方を向くが……いない。キョロキョロとすると、伊藤とすれ違う形で京がソロリソロリと扉へと向かっていった。


「あ、伊藤先生、お疲れ様です」

「あ? ああ、宇ノ木か、おうお疲れさん」


 軽く京の肩を叩く。京は愛想笑いでそそくさと研究室から出て行った。


「おい、京! てめえ助けろや!」

「その前に、お前が本を返せや!」


 身長一八〇センチオーバーの巨躯がこちらへと近づいてくる。いかん、このままでは雷が飛んでくる!

 しかし、出入口は伊藤側が遮っており、天の後ろは大きめの窓だけだ。しかも、ここは地上六階。脱出なんてできるわけがない。


 まさに万事休す――というのは、普通の人間の場合だ。

 だが、この程度で万事休すになるならば、世界最強の魔技士など到底なれない。特に関係があるというわけではないのだが、これぐらいのピンチ、簡単に打開しなけれなならないのだ。

 伊藤は拳を鳴らしながらゆっくりと近づいてくる。


「前々からちょ~っと調子に乗っていたからな。ここらで一発かましておかないとなあ」


 その顔は楽しげである。

 これがジャパニーズカワイガリというものか……。

 無論、このまま伊藤にやられるような男ではない。少なくとも矢倉屋天という男はそうなのだ。


 ではどうするのか。

 天は迫り来る伊藤に背を向ける。伊藤は眉をひそめる。窓を大きく開ける。昼間の暖かい風が肌を撫でる。うむ、いい天気だ。

 天は窓枠に足をかける。そして、振り返るとにやりと笑う。


「あばよ!」


 そして、窓から飛び降りた。

 伊藤は慌てて窓へ駆けつけると下を見る。

 下にクッションがあるわけでもなく、落下していく天と、見上げて悲鳴を上げる学生たちがいるだけだった。

 このままでは落下死は免れない。


「矢倉屋ーーーー!」


 伊藤は叫ぶことしかできなかった。誰もが目を伏せ、惨状を見たくないと思った。

 落下していく天は冷静だった。

 天はデバイスを装着した右手を下へ向ける。


「へっへっへ、いくぜ! <アイス>→『氷箱・青空ウォーク』!」


 彼の唱えたのは理論式である。前半が属性を表す「属性式」、そして、後半がその魔技そのものの名前を表す「呼称式」である。


 デバイス装着者の理論式の詠唱をデバイスが認識して、登録されてある理論式の中から該当するものを選び出し、処理を行う。

 魔技士の魔量を消費し、それをエネルギー源として魔技を発動させるのだ。


 差し出した右掌から五センチ程離れた所に直径二メートル弱の水色の円盤が出現する。円盤と言っても、非常に薄いものだ。魔技を発動させた際に、出現するのがこの「魔技陣」である。ここから、発動させる魔技が出現するのだ。


 魔技陣が出現して間髪入れずに、そこから大量の氷の塊が出現する。縦七十センチ、横一メートル、高さ三十センチの立方体の氷である。次々と出現する氷の立方体は地上から天のいる足元まで階段状に組み立てられ始める。そして、天の足元までの巨大な階段になると、その場に腰掛けた。


 地上からおよそ十三メートル程の位置に天は座っている。目を伏せていた学生たちは、何も起こらないそれを不思議に思い、恐る恐る目を開ける。


 そこには氷の階段があった。そして、その上にはいきなり窓から飛び出してきた天がいる。なんとも不思議な光景であった。


 しかし、これは魔技をやっている人間からするとそうでもない。それなりの技術力があればこれぐらいは造作も無いことだ。

 天は自身の後方を振り返る。窓から頭を出している伊藤に向かって右手を上げる。


「よう!」


 伊藤は目を瞬かせた後、指を指す。


「矢倉屋……おまえ、そこで待ってろ! すぐに来る!」


 そう言って、研究室から飛び出していった。


「やべっ! 逃げねえと!」


 天は立ち上がり、大急ぎで階段を駆け下りる。しかし、手すりもない、足場は氷のため透き通っており、なんともショッキングな階段だ。高所恐怖症なんかがこんな所に立ったら卒倒すること間違いなしだ。

 何度もこの魔技を使ったことがあるため、天に取ってはなんとも無いのだが……。


「まあ、俺の方が早いだろうし、ゆっくり降りるかなーっと」


 トントントンとリズムカルに駆け下りる。

 ふと周りを見ると階段付近には多くの女子学生が集まっている。


「俺のファンかな?」


 ニヤニヤしながら彼女たちを見る。手を振ってみる。黄色い声援が返ってくる。うーん、気持ちいい……。


 まるで舞台の主役のようだ。せっかくだし、ゆっくりとハリウッドスターのような感じでやってこようか……。意味もなく右へ、左へと手を振っていくと、遠くから凄い勢いで走ってくる人影が見えた。

 驚いて、思わず足を踏み外しかける。危ない危ない。

 天の視線の先には、凄い顔で追いかけてくる伊藤だった。


「おいおいおいおい、いくらなんでも早すぎるだろうよ」

 

 先ほどの余裕のある雰囲気とは打って変わって、大慌てで駆け下りる。

 地上で待ち構える女性陣。いつもならば、相手をするのだが、今はそんな余裕は無い。

 キャーキャー言ってる彼女たちの群れをかき分けるように、進んでいく。


「すまん、今はすまん」

「待ちやがれ、矢倉屋!」

「うっそだろ、もう来てやがる!」


 さすがは元体育会系。実は、伊藤は早朝のランニングを日課としており、体力においては大学生のそれにも引けをとらないとの噂もある。そして、あの筋骨たくましい体だ。バリバリの理系男子である天には天敵以外の何者でもないのだ。

 背筋がぞくりとする。まずは逃げねば!


 女性陣の群れから脱出すると、一目散に天は走り始めた。


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