一章 天の衝撃 3
「さてと……」
天は顔をパソコンのモニターへと向けると、持ってきていたノートと教科書を開き、カタカタとキーボードを叩く。
画面には多くの文字列が並ぶ。これが魔法技術に必要な理論式である。一見するとコンピュータプログラミングに似ているが、特別なフォーマットが決まっているわけでもなくわりかし自由に記述ができる。
そのため単純な魔技ならば、誰でも簡単に作ることができるが、複雑なものや強力なものとなると、その理論式は複雑なものとなってしまう。
現在、天が研究しているのはその複雑な理論式の記述をなるべくシンプルに、かつ扱いやすいものにするためのライブラリの開発に関する研究である。
これは天が高校生の時から続けている研究である。正確には、天が高校生の時にそれに関する古い文献を発見し、それを現代風にアレンジしようとしたのが始まりである。その研究を、当時外部講師として天の学校に来ていた、末岡源治郎が目撃し、外部講師ながら彼の研究をサポートしていた。それがきっかけで、そのまま源治郎が教鞭を取る九州大学へ進学し、今に至るということだ。
ちなみに京も同じようなものだ。天と京は高校の時からの友人である。互いに研究内容は違うが、当時、超高校級の知識や実力を持つ二人は、互いをライバル視しながらも時には強力したりといい関係を築いてきていた。それは今も変わらずというものだ。
だが、時々京は天の適当な所に呆れるが、それを天は京が真面目すぎるのだと言って一蹴してしまう。そんなこんなで、二人は時に仲良く、時に喧嘩をしながら学んで来ているのである。
彼らは性格は正反対であり、目指すべきものも別である。
京は魔技士として、研究を続け新たな理論などを見つけるという研究者を目指している。
魔法技術には属性というものが存在する。
水冷、火炎、氷結、地塊、雷撃という基本の五属性に光と闇を加えた七つの属性が存在している。基本の五属性に関しては、水冷は火炎に、火炎は氷結に、氷結は地塊に、地塊は雷撃に、そして、雷撃は水冷に相性がいい。この相性に関しては後述するとして、全ての魔法技術士は、この属性のどれか一つを選択する。
ここで勘違いしてはいけないのは、一人の人間が一生で扱える属性が一つというわけではないところだ。正確には、一つのデバイスが扱える属性が一つということだ。
なので、五つデバイスを用意しておけば、それぞれにそれぞれの属性を設定することで扱えるのだ。
しかし、全ての属性を等しくスペシャリスト並に扱うのは難しいため、大体一人の魔技士は一つの属性を突き詰めて学んでいくのだ。
天は氷結、京は雷撃である。
京は一つのデバイスで複数の属性を扱えるようにするのが目標である。これをすることで、それなりに値段の張るデバイスを一つにすることができ、さらに複数の属性を合わせることで新たな魔技を作り出すことができるかもしれないというものだ。
対して、天は簡単である。
世界最強の魔技士になることである。
そのためには、より強力な魔技を大量に作成する必要がある。そのためには、開発効率を良くしていかないといけない。そこで天は自分専用のライブラリを開発し、魔法技術の生産性を上げていくためのライブラリや理論の研究を行っている。
「……」
京の静かな寝息と天のキーボードの打鍵音だけが研究室内に響く。単位に関しては三回生の前期の内にある程度は取得してしまっているため、一日の大半を研究室で過ごしている。
「ううむ……」
天の手が止まった。教科書をぱらぱらと捲っていく。最後のページまで捲ると再び、逆へと捲っていく。
どこにもない。
以前とは別のところで詰まったので、参考になるかと思い借りてきたのだが……どうやらハズレのようだ。
「ったく……。この処理をもう少し簡潔にしてえんだけどな……。魔量の制御部分の関数を見直すか……」
ブツブツと天は独り言をつぶやきながらキーボードを叩く。
複雑な理論式に慣ればなるほど、デバイスがその理論式を読み込み、魔技士の魔量を消費して発動させるのにシビアな制御が必要となる。そのため、なるべく理論式は簡潔にしたものが必要なのだ。
それならば、誰にでも扱いやすいし、ミスも発生しにくい。
近年は、デバイスの高性能化が著しく、魔技の暴発などのトラブルはよっぽどのことが無い限り発生しないのだが、その場合だと調整がやり辛いという欠点がある。
魔技は、使用者が理論式を呼称することでデバイスが認識し、発動するのだが、その際にどれほど魔量を消費するのかで威力を調節させるのだが、強力な魔技を発動させるために、溜めすぎるとその間の魔量の保持処理を組み込む必要がある。もちろん、大体の魔技は保持処理は組み込まれているのだが、それの許容範囲があったりする。
無駄に許容範囲を大きくし過ぎると、弱めの魔技のでいいのに、一度の魔量の消費量が膨大になってしまうのである。
大きな風呂桶で浴槽の水を掬おうとしたときに、少量でいいのに思いがけず大量に掬ってしまうようなものだ。要するに、魔量消費の調整が容易ではなくなるというわけだ。
天が言っていた、魔量の制御部分の~というのは、まさにそういうことで、どの理論式にも使用することになるライブラリの開発ではこの魔量の制御が非常にシビアになる。
なるべく(魔量の許容範囲の)幅を持たせつつ(つまり可変しやすく)、それでいて調整を行いやすく……中々に難儀なことである。
超一流と呼ばれる魔技士の多くは、独自のライブラリを持っており、自分仕様にカスタマイズされた魔技を開発し、その実力を伸ばしていると言われている。ならば、世界最強を目指す天も自分仕様のライブラリを作らなければ、到底勝ち目がないというわけなのだ。
天はそんな独自ライブラリを高校生の頃から作ろうとしていたのだから大したものである。
「あーそういえば天」
ソファで横になっていた京が気怠げな声で天の名を呼ぶ。天は、作業を停止し、顔を彼の方へと向ける。
「どーしたよ?」