一章 天の衝撃 1
矢倉屋天の周りには常に女性がいる。
今風の茶髪の子もいれば、清楚っぽい白のワンピースに長い黒髪をなびかせている子もいる。胸も大きい子から小さい子までまさに選り取り見取りといったところだろう。そして、その女性たちの輪の中心におり、ドヤ顔であるいている男がいる。
五月半ばではあるがまだ少し肌寒いため……ではなく、とりあえず面倒だということでいつも着ている黒のタートルネックの上に白衣を纏い、深いブルーのジーンズ姿。非常にシンプルな格好だ。
彼の右手には腕時計サイズのリングが嵌められている。しかし、腕時計のような無骨なデザインではなくシンプルな乳白色のリングだ。
ドヤ顔の中にもどこかにやけている顔には無精髭が生えているが、それが彼の雰囲気にピッタリなためか、不潔なイメージを持つことはない。少し深めの顔立ちはまさに男前の言葉が似合う。
彼は多くの女性に囲まれながら、左手でノートや教科書を抱え、黒のリュックを片方にだけ掛けて歩いて行く。
取り巻きの女性の内、金髪の彼女が
「ねえねえ、矢倉屋君、今度の休みどこかいかない?」
猫撫で声で提案する。それを皮切りに他の女性陣も負けじにと声を発する。
「ちょっと、ずるいわよ! ねえねえ、私と行かない?」
「矢倉屋さん、よろしかったら舞台を観に行きませんか? 丁度いい席を偶然二枚手に入れましたの」
「そんなことより、このあとランチしよ! あたしお弁当作ってきたんだー」
などなど、わいのわいの。
矢倉屋と呼ばれてた男はにっこりと笑う。
「すまない、ちょっと忙しくてね。あ、弁当は頂いてくよ」
そう言って、弁当箱を受け取ると軽く掲げて屋内へと入っていった。彼女たちはそれを追うわけではなく、後ろ姿を見て惚れ惚れとしていた。
「きゃ~~~~~!! あたしのお弁当食べてくれるんだってー!」
「な、何よ! あれぐらい……」
「でも、やっぱりかっこいいわよね~」
「あれでしょ? 矢倉屋君って魔法技術学部設立以来の天才って言われているんでしょ?」
「そうそう。しかも高校時代の時から末岡先生の指導を受けていたってらしいし」
「将来を約束されたようなものよね~」
「何よ。あなた、矢倉屋君のそういうところに惚れたわけ~?」
「違うに決まっているでしょ! 全部よ、ぜーんーぶー!」
彼女たちの声は、彼の耳には届いていないようだった。
ここは福岡県の福岡市西区に位置する九州大学である。九州の最高学府である。そのキャンパスに矢倉屋天はいる。
天は先ほど受けった弁当箱をノートや教科書と同じように左手で抱え階段を登っていく。
目的の棟へ到着し、研究室があるフロアへと黙々と歩いて行く。いくつもの扉の前を通り過ぎ、ある扉の前まで歩くと止まった。
どこにでもある質素な扉には「末岡研究室」と書かれたマグネットが貼られている。
天は右手でドアノブに手をかけ、片手では少し重量感を感じる扉を押し開ける。
「うぃーっす」