序章 帝王の声
序章 帝王の声
極寒の地である。
男たちは一列になり六十センチ以上も積もった雪道を踏みしめながら進む。空は暗く。当然ながら周りの景色が見えない。視界に映るのは真白な雪である。しかし、行く手を阻むかのように吹き荒れる風によって、雪が一本の線のように見えている。
ゴーグルをしていなければ目も開けていられない。過剰な防寒装備をしていなければ、体の感覚も消えていたのだろう。
まさに吹雪である。
春から初夏にかけての季節であるにも関わらずこの吹雪だ。はっきり言って異常だ。初めは、雪に関する装備をしておくようにと要請があり、何を言っているのだと思っていたのだが……。
本当にこんな所にあるのだろうか……。五人の男たちは揃ってそのような思いを抱いているのだろう。だが、決して口にはしない。そんな減らず口を叩けるほどの余裕がないというのが理由なのだが。
しかし、そんなことはどうでもいいのだ。彼らは国の偉い連中から雇われた人間なのだ。ただ、目的の場所へ向かい、目的のものを持って帰るただそれだけでいい。それがどんなものだとか、どんな影響を与えるのだとかそのようなことは知ったことではない。そういうのは、今もきっと暖かい部屋でやけどするほどのコーヒーを啜っている連中の仕事だ。
いつもの調査依頼にしては、やけに報酬が高いのが気になったのだが、そんなものは出発前に山小屋で煽ったウオッカの熱で蒸発してしまったようだ。今は、とにかくこんな寒いだけの雪山から帰り、報酬で飯でも食いたい気分だ。
もうどれほど歩いたのだろうか? 正直出発時から暗闇だったので、時間の感覚もくそもないのだが……。
先頭を歩いていたリーダー各の男が右手を上げ、持っていた赤いライトを振った。
一同は歩みを止める。気がつくと吹き付ける風が弱くなってきている。
ふぅ……と息を吐くと、久しぶりに息を吐いたような気分になった。
リーダーは口を覆っていたマスクを外す。
「よし、ここだ。さっさと仕事終えて帰るぞ。もうこの雪はうんざりだ」
「次はエジプトにでも行きますか?」
「砂も勘弁してくれ」
他愛もない、正直おもしろくもなんともない会話なのだが、疲労からか面白く感じてしまい、笑いが漏れ出す。
しかし、いつまでも笑っているのもあれなのか、ぞろぞろと歩き出す。
そこに三メートルほどの距離まで近づいてようやく全貌が明らかになった。
なんと、目の前には一軒の館があったのだった。
そういえば、ここら辺からやけに道が平坦になっていたような気がしていた。それはこいつの敷地の付近まで来ていたからだったのか……。
男たちがいるのはその館の玄関門である。細身の鉄で作られた格子状の扉である。隙間が多いがせいぜい子どもが隙間から入れるかどうか程度だ。
灯りは一切点いておらず、周囲の暗さに混ざり、見落とすかもしれない。今回は一応使い物にならない地図もあり、携帯端末で位置の確認もしていたので、見つけることができた。
リーダーがライトを門に向けて安全を確認する。他のメンバーもリーダーにならい、確認する。
長い間誰もいなかったのだろうか? とくに怪しい部分などなく。どちらかというとそのボロさが目立つほどである。
「問題はないな。よし、向かうぞ!」
リーダーが扉に手をかける。雪に引っかかりながらもメンバー総出でようやく開けきった。
「別にもとに戻す必要はないだろう。というよりも、この雪ではまともに動かん」
彼らは門を開け放ったまま、先へと進んでいった。
中は非常に広い庭になっており、館の玄関までさらに歩かねばならないようだ。正直辟易してきた……。
文句の一つでも言いたいのだが、皆諦めたのか黙々と雪を踏みしめる。
ざっくざっくと雪を踏む音だけがする。
彼らの目的はこの館にある、とあるデータを手に入れることである。どうやら稀代の天才がその生涯を懸けて作り出したものであるらしく、手に入れることができれば一昔前の核兵器並の武力となるらしい。
多くの国や組織がそのデータの入手を目指しこの館へ入って行ったのだが、ことごとく消息を絶っているらしい。誰もが諦めていた中、どこぞの大企業が大金をはたいてでもということで依頼が来たというわけだ。
彼らは所謂考古学者という名のトレジャーハンターである。またの名を墓荒らしとでも言う。
世界中の迷宮やら秘境やらへ向かい、依頼のものや調査を行うことを生業としている連中なのだ。
「ようやく着いたか……」
「おぉ……」
誰か分からないが思わず感嘆の声をあげた。皆が首を上げる。実際に近づくと、相当な大きさである。なんというか、言葉通りの大豪邸である。今は無人らしいが、元々の家主はそうとうの資産家だと思われる。それほどの想像は簡単にできてしまうほどの大きさであった。
「そういえば、鍵はどうするんですか?」
メンバーの一人が尋ねた。リーダーは彼の方を向かずに手をドアノブにかけ、その重々しい玄関扉を押し開けた。
ギギギと重厚な音を立てて扉は開いた。中は真っ暗である。
「最初から鍵などかかっていなかったらしいぞ。まあ、こんな山奥だ、侵入者なんざいないのだろう」
なるほど、言われるとそうかもしれない。五人は寒風から逃れるように中へと入っていった。
さすがに室内にまで風は吹いておらず、心なしか温かい気がする。風が吹いていないだけでこれほど違うものか。
彼らが入ったのはホールらしく非常に開けた場所である。両端には二階へ向かう階段が存在している。一階にはいくつかの扉が存在している。
しかし、やけに綺麗だ。
事前の情報ではそのデータとやらが作られたのが三十年ほど前だと言われている。そこから色々と調査隊が入ってきたのならば、荒らされているはずだ。
なのに、この屋敷はそんなことは全くなかったのかというほど綺麗になっている。まるで、つい先程まで誰かが住んでいたかのようである。いや、現在進行形で住んでいるようだにも思われる……。
男たちはホール中央に荷物をまとめ、それらを囲むように座る。
「さて、ようやく到着してあれなのだが、さっさとデータを見つけ出して帰ることにしようか」
リーダーの提案に一同が頷く。そして、のそのそと立ち上がると全員がバラバラに部屋へ向かっていく。
誰がデータを発見しても分前は同じなため、それならば手分けしたほうが早いだろうという判断のもとである。
データを見つけたら手元の無線機で連絡をし、再びここに集まろうということで動き出した。
極寒の地である。
嵐のように雪が吹き荒れ、道など分からないほどに積もり巨大な雪山となっている。
そこの奥地にある大きな館。
玄関から門までの広大な庭にも雪が深く積もっており、歩くのも困難極まりない。その上を滑るように動く影が一つ。よく見ると人間のように見える。
二本の足、二本の腕、一つの頭。普通のどこにでもいる人型だ。
ただ違うとすれば、一糸纏わぬ姿をしており、さらに薄い青のような皮膚をしている。つり目の瞳はギラギラと輝いており、開け放たれた門を見てニヤリと笑う。
ククク……と笑い右手を館の方へ向け軽く振るう。
瞬間、巨大な館が氷漬けとなってしまった。
右手を数回開閉させると、ふむと真顔になる。
「ふん……悪くない」
そして、腕を広げ、誰もいない誰も聞いていないそんな雪山で叫びだした。
「ついに! ここから! この私が! この私が! この私が!」
高笑いは吹雪の風の中でもしっかり聞こえるほどのものだ。
「さて……猛者よ集え!」
後日、調査隊の帰還が遅いため心配になった別働隊が見たのは、氷漬けの館だった。
中へ入ろうと氷を破壊しようかと思い、いかなる手段をとっても破壊することはできなかった。
こちらすでに完成済みなので、一日少しずつ投稿していきますね。