1-08 建国祭 5
アルベルトとミリーが固唾をのんで見守るなか、フィリア姫はゆっくりと再起動した。
握り潰して堅くなったポコンを口に放り込み、次のポコンを摘みにいく。見開いた目は元に戻り静かにミリーを見つめている。口元には僅かに笑みが浮かんでいるようにも見えた。
「面白い、本当に面白いわねあなた達。気に入った、気に入ったわ。あなた達に出逢えただけでも建国祭を開いた甲斐があったと言うものね」
本当に嬉しそうに微笑むフィリア姫を見て、アルベルトとミリーは取り敢えず緊張を解いた。
フィリア姫は微笑みながら言葉を続ける。
「ねぇ、その推理の答え合わせをしたいと思わない?私の所にいらっしゃい。そうすれば正解を確認出来るわよ。ううん、それだけじゃない、執政官の席はまだ空白のまま、だからね、正解を知った上でこの国の行く末を決めてみない?この国を作り上げてみない?私とあなた達の三人で手を取り合って」
フィリア姫はアルベルトとミリーを交互に見つめる。
アルベルトとミリーは何かを確認するかのように少し見つめ合い軽く頷き合った後でミリーが切り出した。
「もし、それでも嫌だと言ったら・・・私達をどうするおつもりですか?」
「どうって?」
「私達はこの国の機密事項を知ってしまったのですよ。そのような人間を放置する訳がないでしょう?」
この問いに対し、フィリア姫は飄々と答えた。
「私、あなたの推論に対して正解とも不正解とも答えてないわよ。だからあなた達が機密事項を知っている事にはならないわね。だったらあなた達を拘束出来る理由なんて何処にもないでしょ?」
「私はあなた達が欲しい。でもね、本人達の意志を無視して力ずくなんて馬鹿な真似はしないわ。私がやることは、あなた達が自分の意志でここにいたいと思えるように、この国をアピールする事だけよ」
フィリア姫の言葉にミリーは暫しキョトンとしていた。しかし、すぐにフィリア姫の言葉の真偽を確かめるかのようにじっと見つめ、そして笑顔でこう言ったのだ。
「分かりました。そう言う事でしたら、やっぱりお断りします」
「えぇ~~っ?!お給金たっぷり払うのに」
「いえいえ、私は旅が好きなもので」
「だったら・・・そうだ!バカンス休暇をたっぷりあげるわ!それで手を打ちましょ」
「いやいや、そう言う意味ではなく旅暮らしが性に合ってると」
「何?名産品を食べたいのかしら?だったらカニよカニ!ここのはメッチャ旨いわよ。毎月お給金の他にカニたっぷり付けるわよ」
「いやぁ、そんなカニだらけじゃ飽きて」
「えぇ~い、だったら、牛!牛付けましょ牛!食ってよし!乳搾ってよし!毎月1頭の牛!」
「いえ、牧場をやる気は毛頭・・・」
・・・もうグダグダである。さっきの緊迫した空気など欠片も残っていない。アルベルトも二人を見ながら笑うしかなかった。しかしアルベルトは気が付いていた。これがフィリア姫が取り得る最良の選択肢なのだ。
もし、フィリア姫が少しでも強くミリーを引き込もうとしたならば、ミリーは即座にこの国を発ちそれまでだろう。フィリア姫にもそれが判ったのだ。それで作戦を変えた。さきほどの緊迫した状況のせいで失われかけているもの、我々との間を結ぶ心の糸をより強いものにしておき、少しでも可能性を高めるつもりなのだ。このグダグダは実は高度な交渉の一環なのである。
アルベルトは、まるでじゃれあっているような二人を見ながら考える。この地こそが、この姫の元こそがミリーの安住の地、終の棲家となりえるのではないか。もう辛い旅を続ける必要はない、ここに残るんだミリー、とアルベルトは心の中で訴え続けた。
『シューティングスター』と『オースティレン』の試合は引き分けという形でとっくに終了していた。結局どちらも決定打を欠いたまま時間切れとなってしまったのだ。
今、戦っているのは、ゼートの『バリスタン』とザムザの金ピカである。
ザムザは随分と文句を言っていたようだが、係員から「決まりですから、一応、形だけでも」と言われて渋々現れた。
ゼートは「多少乱暴になっても構わない」と言われていた。流石に係員もギッタギタにとは言えなかったようだ。
「だったら、ちょいと派手にやらせてもらおうか」
と、ゼートはコックピットで呟き、ニヤリと嗤った。
グダグダの勧誘から方向はどんどんずれていき、今はフィスリニア王国の様々な内情の話になって来ていた。この地は様々な種類の鉱山に恵まれている事、それらの鉱山の存在が学院の所在をこの地とする決め手となった事、幾つかの鉱山が隣国との所有権争いの火種になっている事、複数の国家との共同プロジェクトである『天の街船』発掘の発掘品の鑑定は学院が一手に引き受けている事、など、普通では手に入りにくい情報も世間話のレベルで手に入るのだ。フィリア姫の懐の深さと我々への期待感をアルベルトは感じていた。
しかし一方で、ミリーの推論に対する解答を想起させる内容が一切ない事から、フィリア姫の頭の中では例の約束を守るためにどこまで情報開示出来るか考えながら喋っていると見受けられた。侮れない姫である。
グヮシャアァァァァッッッ!!!!!!
突然、フィリア姫達の左前方から大音響が響き渡った。
フェンスの一枚に金ピカが背中から倒れかかっていた。金ピカは、背中の装飾が金網に削り取られ、惨めな姿をさらしている。
「ざまぁ!」
とフィリア姫は大笑いしたが、はしたない、と、ミリーにたしなめられ、慌てて手で口を隠していた。
『バリスタン』は相当な力で金ピカをぶつけたらしくフェンスは大きく変形し、右側のフェンスとの接合部分は外れ、フェンスの間に隙間が開いていた。
「よし。壊したのは金バカだから奴に損害賠償請求してやる」
と、フィリア姫は嬉しそうだが、係員や衛兵は、怪我人がいないか確認したり、破損したフェンス下にいた人々を別の場所に誘導したりと忙しく働いていた。試合はそのまま続行するようだ。
事故を境にミリーは口数が急に少なくなり、試合中の二機の動きを注視し始め、その表情は険しさを増していった。
金ピカが壊れたフェンスの隙間の所に追い立てられた時に、ミリーは小声でアルベルトに警告を発する。
「アル様」
ミリーのただ事ではない様子に、アルベルトも同じ方向に神経を尖らす。
ミリーはゆっくりとポコンのバケツを自分の前に移動し始める。
フィリア姫はバケツを追いかけて身を乗り出す。
『バリスタン』が移動し、ミリー達の位置からは金ピカの陰に隠れて見えなくなった。
アルベルトは中腰になり、ミリーはさらにバケツを引き寄せ、フィリア姫は「意地悪するでない」と文句を言いながら、さらに身を乗り出した。
金ピカが何かから逃げるように右へ移動した、と同時にミリーはバケツを前方に投げ飛ばした。フィリア姫は思わずバケツに釣られてミリーの前にダイビングしてしてしまう。ミリーは目の前に飛んで来たフィリア姫を抱きかかえ、アルベルトがさらに二人を守るように抱きかかえる。
金ピカがいなくなったフェンスの隙間の向こうには、『バリスタン』の銃口が狙いを定めて光っていた。
ドゴォォォォン!!!
突然、観覧席が地響きと破砕音に襲われた。レオンは反射的に振り返り、目の前の光景に愕然とした。たった今までフィリア姫がいた場所は模擬弾の着弾を示す赤い噴煙に覆い隠されていた。
「ひっ、姫ぇぇぇっ!」
顔色をなくしたレオンが叫びながら駆け寄る。レオンと一緒にいたボルト達も口々に、「姫!」「アル君!」「ミリー君!」とそこにいたはずの者達の名前を呼びながら駆け寄った。噴煙を払いのけながら辿り着いた場所は、地面が大きく削られ柵は吹き飛んでいる。が、人の姿が見えない。レオン達が絶望感を漂わせながら辺りを探し始めた時、遠くから「おーーい」と呼ぶ声が聞こえたのである。
声が聞こえた観覧席の斜面の一番下には、重なり合って横たわる三人の姿があった。声の主はミリーとアルベルトに護られるように挟まれたフィリア姫である。
「お怪我はありませんか?痛い所はありませんか?」
問いかけるミリーに
「大丈夫、何ともないわ。あなた達のお陰よ。ありがとう」
アルベルトとミリーはフィリア姫を挟んで、下に向かって飛び降りるように転がり落ちる事で銃撃を逃れたのだった。
「全く、舐めた真似をしてくれるわね」
立ち上がりながらフィリア姫がぼやく。
「姫様!よくぞご無事で!」
レオンが駆け寄り姫の無事に胸をなで下ろす。ボルト達もやって来て三人の無事を喜んでくれた。
レオンは神妙な態度でフィリア姫に話しかける。
「これはもしや・・・」
「事故よ!」
フィリア姫はレオンの言葉を遮り断言する。
「しかし・・・」
「事故だと言ってるでしょ!」
フィリア姫は納得しないレオンを無理矢理黙らせた。
「とにかく、武闘会は一旦中断してフェンスの修理。明日には再開出来るように急がせて」
係員が伝達に走る。
レオンがアルベルトとミリーに向き直り、深々と頭を下げる。
「お二人には、姫を助けていただき感謝の念がたえません」
「いえ、ご無事で何よりでした」
とアルベルトも頭を下げた。ミリーは「どうせ逃げるついででしたから」と言葉を繋げたかったが相手がフィリア姫と違って冗談が通じる相手ではなさそうなので言わずに別の言葉を繋ぐ事にした。
「アル様、そろそろ宿屋へ行きますか?」
ミリーの言葉にフィリア姫が驚いて涙目になった。
「えっ?!もうこの国を出て行っちゃうの?」
「違いますよ。服が汚れたので一旦着替えに戻るだけですよ」
ミリーの苦笑いしながらの返答に、フィリア姫は安堵の息をもらした。そんなフィリア姫の様子を見てレオンが気を利かせてこんな提案をしてくる。
「姫様の大恩人のお二人に何の報恩もしないとあってはわが国の沽券に関わります。ここは是非、宿を城に移していただき、姫様と寝食を共にしていただくのは如何かと」
ボルト達は羨ましそうな声をあげるが、ミリーは困ったような表情をしてどう断るか考えている時に、フィリア姫が助け舟を出して来た。
「レオン、お止めなさい。この二人はそういうのを嫌がるの。それよりも、公開していない所も見ていただけるようにするというのはどうかしら?その時は私の案内で気楽にね」
アルベルトもミリーも、その方がありがたいと賛同しこの場はお開きとなった。ただミリーにとっては、
「村の『まるくじら亭』の食堂で売ってるポコンが絶品よ。あそこの婆さん、外で売らないから、あそこでしか買えないの」
と、別れ際にフィリア姫が耳元で囁いた情報が最高の謝礼だったようである。
村へ戻る途中、アルベルトはミリーに話しかける。
「しかし、ヒヤヒヤものだったな。一時は拘束されるかと思ったぞ」
「アル様は私の二つ名をご存知でしょう?この国の衛兵如きに遅れはとりませんよ」
と言いながら、ミリーはニタァっと背筋も凍るような不気味な笑みを浮かべる。
アルベルトは、そんな顔を人前でするんじゃないと、ミリーの頭を叩き、ミリーは頭をさすりながら、ゴメンナサイとうなだれるのであった。
「レオン、あの二人の素性を調べて。大至急」
フィリア姫は城へ戻る道すがらレオンに指示を飛ばす。
「調べるとはいっても雲を掴むような話ですが」
「ファウンディールの名簿から探すのよ。サモンもマイケルもまだ帰ってなければ学院の継承者に協力させて」
ファウンディール・・・それは第一世代と継承者のみで構成された相互支援組織である。ファウンディールは元々、この地に放り出された第一世代達がお互いの安全の確保や生きるための情報、生存確認を目的として設立された組織である。
当時は、第一世代達を魔界から侵略しに来た魔物であると信じる者達に惨殺されるという事件も起こっていたのだ。
その後、第一世代の地位と安全が確実なものとなっていくに従い、組織の目的は情報の共有や技術支援、人材の紹介など、第一世代や継承者の支援の場に変化してきており、地位の維持のために情報の統制も行われているとの噂である。
ファウンディールに参加する資格があるのは第一世代と継承者だけであり第二世代以降にはその資格はなくファウンディールの情報を得るには第一世代または継承者を介する必要がある。
同じ第一世代から教えを受けても継承者になるか第二世代になるかで雲泥の差があるのだ。ただし、継承者になるのは簡単な事ではなく、師の第一世代が、第三者の第一世代または継承者に依頼を出し審査の上、複数の承認を得られて初めて継承者となれるのだ。しかも一人の第一世代が継承者に出来るのは一人だけという狭き門なのである。また、ごく少数だが、一人で複数の第一世代の継承者を兼任する場合もある。
このように第一世代と継承者は特権階級であるため管理が厳密に行われ、その履歴情報が名簿として存在するのだ。
フィリア姫が言った名簿とはこの事である。
「しかし、あの二人は第四世代だと」
「他人から与えられた情報なんて鵜呑みにしちゃ駄目!あの二人は間違いなく継承者よ。青年はアル、少女はミリー、恐らく愛称ね本名じゃない。少女はスニーキー隊と何か繋がりがあるはず。急いで!」