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フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
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1-05 建国祭 2

 この国の摂政閣下と姫君を捕まえて『面白スポット』とはまた不遜な表現であるが、アルベルトは特に気にしない。王族だろうが何だろうが良い意味でも悪い意味でも神聖化する理由は何もない、というのがアルベルトの持論である。それにこの二人となれば何が面白いのか察しはつく。摂政閣下が実権を掌握し国の簒奪も時間の問題という噂の事だろう。

「例の噂の事か?」

「まぁ、そうなんですが、丁度よい機会です。アル様の眼にはどう映りますか?」

 ミリーは含みがある言い方でアルベルトの様子を伺う。


 摂政閣下と姫君は城を出て闘技場へと向かっているようである。武闘会の開会式のためだろう。

 摂政閣下は軍の礼服を着用している。元は『レッドゴート』の騎士であったが生身での戦闘によって右目を負傷したため、現役騎士を引退し後進の育成に務めていたと聞く。姫君の方は華美さからはかけ離れた地味でシンプルな装いである。兄姉と違い大人しく頼りないと聞いた事があったがその通りかもと思わせる雰囲気だ。アルベルトは見た印象と持ち合わせていた知識からそのような判断をおこなった。


 そんな二人のもとには、移動中であっても色々な人々が入れ替わり立ち替わり訪れていた。外からの商人や貴族などこの国の利権に食い込みたい連中が必死に摂政閣下のご機嫌を取りに来た。職員や警備兵達は次々に姫君に指示を仰いでは去っていく。

「あれっ?」

 アルベルトは軽い違和感に襲われたが、理由は直ぐに解り溜息をついて言った。

「ミリーが言いたい事は解った。全くどういうつもりだ?この国は」

 さすがアル様とミリーはご満悦である。

 そんな事を考えながら姫君を観察していたためにアルベルトは気付くのが遅れてしまった。姫君がこちらをじっと見つめていたのだ。慌てて視線を変えたが、姫君の視線はこちらをしっかり捕らえて離れなかった。それは姫君が摂政閣下に促されて動き始めるまで続いたのである。

 アルベルトは姫への評価を白紙に戻す事に決めた。





 フィリア姫はウンザリしていた。原因は目の前にいる貴族のバカ息子二人のせいだ。


 今回マシーナ騎士としてエントリーしてきた者の3分の1が貴族の子息であり全て没落した家柄の者であった。王宮での地位や領地の大半を失い、残り僅かな領地からの雀の涙ほどの貢納により何とか食い繋いでいる没落貴族が再び表舞台に立つ手段の一つとして、マシーナ騎士になり王に仕えるというものがあった。

 そのため貴族の中には金を工面してマシーナを買い機会を待つ者も少なくはなかった。しかし買うことが出来るマシーナは大抵魅力のない『ディフューザ』であったし、召し抱えられるにはコネも必要であったため、簡単に思い通りになるものではなかった。


 そんな状況下での建国祭である。コネなど一切必要としない上、旧フォルデベルグ王国の貴族は三国どこに仕えてもよいという特例があるため、三国の中で一番見劣りがするフィスリニア王国ではあるがそれでも仕える先として飛び付く者もいたわけである。

 そうして集まった子息は大きく二つのパターンに分ける事が出来た。自分の現在の立場を理解し素直に向き合い真摯に振る舞う者達と、立場を理解せず実力を伴わず上流意識とプライドだけは高く上から目線の高飛車な連中である。

 目の前にいるテーベル男爵家の子息ザムザとレンデ男爵家の子息ジーンは正に後者の見本のような存在であった。


「これはこれは、摂政閣下。あ、それに姫様。ご機嫌麗しゅう。我ら二名が近衛騎士として仕えるべく相応しいマシーナを駆って馳せ参じましたのでもうご安心を。この2機のマシーナを玉座の左右に添えれば弱小なフィスリニア王国と言えども他の列強に並ぶ程の気品を得る事ができましょう」

 と、得意満面で失礼極まりない事を言い放つ二人が指し示した2機のマシーナ・・・

 フィリア姫は見たくもなかった。見たくもなかったが目に入ってしまった。

 ザムザの方のマシーナは、金ピカの趣味の悪い飾り付けが全身にゴテゴテと付いていた。ジーンの方はそれが銀ピカに変わっただけだ。きっと二人で合わせたのだろう。両機ともベースは『ドドー』と思われるが、こうなっては『ドドー』に同情するしかない。


 フィリア姫は固まりかけた状態から自力で何とか戻ってきたが、レオンはと見ると・・・完全に固まっていた。

 外から来た連中の相手は極力レオンの分担だがレオンを引き戻すためにも、ここはフィリア姫が一言切り出すしかなかった。

「な、何とも立派なマシーナですこと。武闘会での勇姿が楽しみですわ」

 するとザムザは、これだから物を知らない姫君は困るとでも言いたげな身振りを交えてこう言い放った。

「何を戯けた事をおっしゃいますか。近衛騎士とは言わば王家の象徴、それが傷つく事などあってはなりません。野蛮な戦闘など下々の輩にやらせでおけばよいのです」

 もう何も話す事などあるものか!フィリア姫は意識が戻ったレオンの背中を突っつき早く話しを終わらせろと催促する。ウンザリだウンザリだウン・・・?!・・・その時だった。


 フィリア姫は視線に気付いた。いや、普通の視線なら建国祭で山のように浴びている、姫の現状を憐れむもの、不甲斐ない姫を蔑むもの、単純に憧れるもの、殺意を帯びたもの、などなど・・・

 しかし、今感じている視線はどれとも違うものだった。感情を殆ど感じない、こちらを見透かす為の視線。

 実は、フィリア姫はこの数日似たような視線を何度か感じていた。ただしその時の視線は今のと違い、感情を全く感じさせない無味乾燥の透明感溢れる視線だった。フィリア姫は何度も視線の主を探したが一度も見つける事は出来なかった。

 (誰だ?何処にいる?)フィリア姫は必死に辺りを見回した。そしてやっと見つけたのである。


 視線の主は城と村を結ぶT字路のそばにいた。薄茶色のパヤパヤの髪の青年と錆色に近い赤毛を両耳の後ろで束ねた少女。青年が視線の主だろう、視線を外すタイミングが遅れたようだ。さらにフィリア姫は見逃さなかった。一瞬ではあったが少女から例の透明感溢れる視線が注がれたのを。

(何者だ?あいつら)

 フィリア姫は思考する際、様々な事物を歯車に例えて考える癖がある。どの歯車が噛み合うのか、噛み合ってスムーズに回るのか、数多くの歯車を同時に組み合わせて判断を下すのだ、

 フィリア姫は頭の中で二人を様々な歯車、国や組織や人脈などに合わせてみたがどれもしっくりこない。

 二人を見つめ続けながら思考を巡らしていると、レオンが「お待たせしました」と疲れた表情で声をかけてきた。

 フィリア姫は、二人の事をしっかりと記憶した上でやっと視線を外し、思考を切り替えて闘技場へ向かうのであった。






 闘技場の周囲は斜面で囲まれており、その斜面が闘技場を見下ろす観覧席になっていた。斜面の最上部と平行に作られた道のあいだは上下二本の棒を渡しただけの簡単な柵で区切られていた。

 アルベルトとミリーは、斜面の一番上で柵を背もたれ代わりにして座り武闘会が始まるのをのんびり待つ事にした。


「お前たち、技術者(テクノマイヤー)か?」

 後ろを通りかかった一団から突然声が掛かる。アルベルトとミリーが振り返ると、がっしりした体格で五分刈りの男が7~8人の男女を引き連れて立っていた。人懐っこそうな目でにこやかに笑う様子に邪気はなさそうなので、二人は取り敢えず警戒を解く。

「いや、突然声を掛けてすまんかった。俺の名は『ボルト』という。リーガン=シュトレイ卿に教えを受けた第二世代(セカンド)だ。こいつらは俺が教えてる連中さ」

「俺は『アル』、こっちは『ミリー』です。二人とも第四世代(フォース)です」

 向こうは誠実に自己紹介してくれるが、こちらも真っ正直に答えねばならぬ義務はない。称号もミリーが宿の女将にこう言ったらしいので合わせる事にした。


「お弟子さんですか。では他の皆さんは第三世代(サード)なのですね」

 ミリーの問い掛けにボルトは首を振る。

「こいつらはまだまだ勉強が足りねぇから、まだ第三世代(サード)の称号は与えてねぇんだ。世の中にはロクに教えもせず簡単にホイホイ称号を与える輩が大勢いるが、そんな事をしたら困るのはこいつらだ。だから俺はそうはしない、キチンと力量を図った上で与える。それが与える側の責任だ・・・と、俺の師匠の受け売りだがな」

 アルベルトもミリーも良い方針だと思う。


 世代を重ねるに連れて確かに技術は多少欠損するというのが定説になっているが、キチンと教育がされていれば欠損分を補える程度の新しい技術の発生が期待出来るはずだ。なのに欠損ばかりが目立つ理由、それは称号を与える側にあるのだ。継承者(サクセサー)以外の称号は師匠が弟子に勝手に与える事ができる。そのため、ロクに教育せずに称号を与える事を金儲けの手段とする事が世の中に定着してしまったのだ。このようにして称号を与えられた者は今度は自分が同じ事を行うのだ。実は自然欠損以前に称号システムに問題があるのである。

 正しく教育された事はボルトにとってもその弟子にとっても幸運なのだ。


(ちょっと待てよ、もしかして学院設立の目的は・・・)

 アルベルトは何かを思い付きかけたが、ボルトの問い掛けに思考は中断される。

「ところでお二人さん、一つ提案があるのだが。もし更に知識を深める意欲があるのなら俺の下で修行しないか?それなりの結果が出れば第三世代(サード)の称号を得るのも夢じゃないぞ。もちろん、今まで受けた恩義を仇で返す真似はしたくないというのも立派な事だと思うぞ」

「申し訳ありませんが、やはり今の師匠を裏切る事は出来ません」

 アルベルトは申し訳無さそうに断りをいれてみる。

 ボルトは以外にも嬉しそうに、うんうんと頷きながら、

「そうか、そうか。いや、別に謝ることじゃねぇぞ。師匠は大事だからな。俺も昔そんな事があったんだ」

 と古い写真を取り出してしみじみ語り始めた。弟子の女性は、また始まっちゃったと苦笑いしている。


「俺の師匠はタンダ公国のお抱え技術者(テクノマイヤー)でな。俺もそこで修行していたんだか、今から十数年前に二人の著名な第一世代(ファースト)の女性が短期の仕事でやってきたんだ」

 アルベルトとミリーが何故かビクッと反応したが誰も気付かなかった。

「お二人の名は、『エリザベート=イーゼルバーグ』様と『フランソワ=シュタインロード』様といってな、名前覚えておいた方がいいぞ、お二人は第一世代(ファースト)の中でも当時最高クラスだったんだが、何処の国にも属することをせずに、望まれれば世界中のどこへでも技術を伝えに行く事を信条とされておられたんだ。格好いいじゃないか」


 アルベルトとミリーは渡された写真をジッと見つめ、ボルトは当時を思い出すかのように目をつむり話しを続ける。

「お二人に比べたら俺の師匠なんて技術力も及ばなかったし、世界中を廻る方が一つの国に収まっているより格好良く思えてな。お二人のどちらかに鞍替えしようかと真剣に悩んだんだ」

 ミリーは写真を返しながら、静かに続きを聴く。

「だが俺は結局そうしなかった。お二人と比べたら確かに技術力は劣るかも知れねぇが一般的に見れば優秀な技術者(テクノマイヤー)であることには違いないし、馬鹿な俺でも第二世代(セカンド)になれたのは師匠が我慢強く色々教えてくれたおかげだしな。今は胸を張って師匠の弟子って言えるのさ」


 笑って話すボルトに弟子の一人が茶々を入れる。

「で、ボルト師匠はどこの国にも収まらない所だけは、憧れのお二人に倣ってらっしゃる・・・と」

「馬鹿もん!超一流だけだそんな事が出来るのは。俺だって収まれる所があれば収まるさ。だが譲れねぇ条件が一つだけある。それはお前たちもまとめて収めてくれるってことだな」

 聞いている方が恥ずかしくなるような熱い連中だがいい雰囲気だとアルベルトは思う。この連中なら劣化どころか進歩が期待出来るだろう。


 少し先の観覧席からボルトを呼ぶ声が聞こえた。数人が料理やら酒やらを用意している様子から、ボルト一派で武闘会を肴にドンチャン騒ぎを決め込むつもりらしい。

 アルベルトとミリーも誘われたが丁寧にお断りした。

 ボルトは何時でも気軽に声を掛けてくれと別れの言葉を言って仲間達の所へ移動した。


「あの写真、コピー欲しいな」

 とミリーがポツリと独り言を言ったのはボルトが行ってしまった後だった。

 取り敢えずアルベルトとミリーにとってはいい話しも聞けたしうまいこと時間潰しが出来たようだ。


 丁度マシーナの入場が始まったのである。

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