1-04 建国祭 1
フィスリニア城と学院を擁するランドール村は、これまでにない賑わいに包まれていた。
今日は建国祭の初日である。村人達も城や学院の者達も数日前から建国祭の準備で大忙しだった。客人達に供する食材の調達やら様々な屋台の準備やら宿泊所の確保やら武闘会に出場するマシーナの受け入れやら学院の解放準備やらあれやらこれやら・・・休む間もない状態であったが、皆、生き生きと笑顔を浮かべていた。
この建国祭は、諸外国の貴賓の招待は一切行われていないという点で異質であった。あくまでも国民に対する新しい国家体制の御披露目が目的であるようだ。国の内外身分の上下を問わず誰もを客人として迎えるとし、また技術者やマシーナ騎士に対し、力あるものはこれもまた出自を問わず召し抱えるとしたのだ。
これにより、20機余りのマシーナが武闘会に参加する運びとなり、数多くの技術者が集い、各地の住民が見物に訪れる、正に庶民のためのお祭りとなったのである。
(ここの人々はとてもいい顔をしてるな。いい傾向だ)
客人を迎える立場となった村人達の誰もが自分の意志で建国祭を成功させよう盛り上げようという気持ちでいることが伝わってくる、というのがアルベルトがこの国この村に入って最初に受けた印象である。受け入れる人々のこうした雰囲気は来訪者にも伝染するものであり、あちこちから心地よい笑い声が湧き上がっていた。
しかし、アルベルトは今笑えない状態にあった。到着したばかりのアルベルトを迎えてくれたのは宿屋が全て満杯という状況だったのだ。あちこちの宿屋を廻った末、最後の望みを託した『ハリウサギ亭』でも、
「残念だけど、うちも二日前に満杯になっちまってねぇ。学院寮か城の宿泊所を使うしかないと思うよ。あんたは技術者なんだろ?だったら他の技術者と交流も出来るしその方がいいかもしれないよ」
アルベルトは(それがイヤなんだがなぁ、出来るだけ目立たないようにするしかないかなぁ)などと女将を前にして物思いに耽っていたせいで、二階から降りて来た少女に気が付かなかった。
両耳の後ろで髪を無造作に束ねた少女は軽快に階段を降りてアルベルトの隣りに立ち、女将に鍵を手渡しながら話しかける。
「女将さん。出掛けてくるね」
「はいよ、楽しんでらっしゃい。夕飯はどうするね?」
「そうねぇ、取り敢えずお城に何かあるか見て、それ・・・か・・・ら・・・・・・」
少女の言葉が止まった。その眼は隣りに立つアルベルトに釘付けになっていた。アルベルトは強烈な視線に思わず少女を見つめ返す。少女の眼が段々と見開かれ顔に驚きの表情が浮かび上がり、か細く切なげな声で呟いた。
「ア・・・ル・・・さ・・・ま・・・」
アルベルトは自分の名を呼ばれた事に軽く戸惑ったが、思い当たった理由のせいでアルベルト自身も目を見張り驚きの表情を浮かべて呟いた。
「まさか・・・ミ・・・リー・・・なのか?」
ミリーはアルベルトの名を思わず呼んでしまった事を後悔するかのように口を手で覆いながら外へ飛び出して行った。
「ミリー!」
アルベルトもミリーを追いかけて外へ飛び出す。カウンターに一人残された女将は思わぬ事態に暫し呆然としていた。
「待てってば!ミリー!」
路上で追いついたアルベルトがミリーの腕を掴むと、ミリーは抵抗する事なく俯いたままその場に立ち尽くす。
「なぜ逃げる?!ミリー!」
「アル様は今もそっちの名で呼んで下さるのですね」
アルベルトはミリーの本当の名を知っている。しかし、敢えてアルベルトがかつてこの少女に与えた名で呼んだ。この名を少女がとても気に入ってくれたからだ。
「慣れてるからな。それより逃げる理由を答えてないぞ」
ミリーはアルベルトに背を向けたまま俯いて消え入るような声で答える。
「私の悪い噂はお聞きになっているでしょう。私に関わったらアル様まで嫌われてしまいます」
アルベルトは微笑みながら答える。
「構うもんか。お前の事は俺が一番知っているんだ。それに俺はあの時『これからずっと守り続ける』と誓ったじゃないか」
その言葉にミリーは驚いて振り向いた。
「そんな!もうとっくに忘れられていると思って私は・・・」
ミリーの眼に涙が浮かぶ。
「忘れるもんか。俺たちは師の公認の仲だぞ。そして俺はまだ結婚もしていないし、誰かに仕えてもいない。お前が行きたい所へ一緒に行けるようにな。俺じゃ嫌なら諦めるが」
ミリーは涙でクシャクシャになった顔を何度も左右に振る。
「本当に・・・いいですか?・・・あたし・・・なんか・・・で・・・」
「お前がいいんだ」
ミリーはアルベルトにしがみつき胸に顔を埋めて泣いた。
「あたし・・・本当は・・・会いたくて・・・会いたくて・・・でも・・・でも・・・」
アルベルトはミリーの頭を優しく撫でながら、(まるであの時のようだな)と思った。周りの視線が痛いがここはミリーの好きにさせておくか、と思った所へ宿の女将がフライパンを振りかざしながら飛び込んでくる、が、思わぬ光景に次にどうすべきか迷っているようだ。
「えっと、あの・・・ミリーちゃん、大丈夫?」
ミリーは泣き顔に笑顔を作って答える。
「びっくりさせてごめんなさい。この人、ずっと離れ離れになってた私の許婚なんです」
「ミリー、本当に良かったのか?相部屋にしてもらって」
アルベルトはソワソワと辺りを伺いながらミリーに尋ねる。
「いいんですよぉ、気にしないで下さい。女将さんだって大喜びでアル様の荷物、部屋に運んで行ったじゃないですかぁ」
ミリーはアルベルトの左腕を抱き締めるようにしがみつき甘えた声を出している。フィスリニア城を目指して村から歩いて来たのだが、ミリーが最初からこの調子のため、行き交う人々の視線が痛かった。
「なぁ、ミリー、そのなんだ、出来たら普通に並んで歩かないか?」
アルベルトは周りの人々のクスクス笑いに耐えかねてミリーに懇願する。
「えぇ~~っ、や~~っと会えたんですよぉ~~、それにぃ~~っ」
ミリーは、脳天気な笑顔から突然、鋭い目つきの含み笑いに変貌してアルベルトに囁く。
「それに、この数日色々と調べ回ったせいで少々目立ってしまいましてね」
アルベルトは理解した。
「なるほど、彼氏待ちで暇を持て余したバカップルの片割れ、と思わせたいと」
その通り!とミリーは元の笑顔でさらにしがみついてくるのであった。
村を出て緩い坂道を登ると左側にフィスリニア城が建っていた。三階建てで飾り気のない古びた石造りの城である。
建国祭の前から城や学院の周辺はある程度自由に出来たということで、先に見て回っていたミリーに案内を任せる。
「ミリーどうだ?調べてみて何か面白い事はあったか?」
アルベルトの問いかけに対し、ミリーは城に近付きながら答える。
「いやぁ、面白い事てんこ盛りですよ。例えばこの外壁、ちょっと触ってみて下さい」
アルベルトはミリーに勧められるまま、城の古びた石造りの外壁に触れる。
「???これは???」
普通の石壁とは違和感がある触感にアルベルトは驚く。
「ナノ・カーボンですよ。ナノ・カーボンを壁全体に染み込ませているんです。マシーナにタックルされたってそうそう壊れるもんじゃありません。他にも色々あるんですが、この城は先端技術の塊と言っていいでしょうね」
「こんな技術を一体・・・あ、まさか!学院!」
「そうです。学院はこれ以外にも、今まで我々ではまだ作成不可能とされていたもの作る技術と、それを実現する工房を色々持っていると思われるんですよ。ねっ、面白いでしょ?」
ミリーは悪戯が成功した子供のように笑う。
『学院』。それは旧フォルデベルグ王国の前王が学問に力を入れている事を誇示するためだけに創られた単なる象徴で中身はサッパリと言うのが世間の評判だったしアルベルトもそう思っていた。学院はそんな世間の嘲笑を尻目に他者の追随を許さない程の力を持っていることになるのだ。
待てよ・・・と、いうことは・・・
「ミリー、お前は学院の真実を知っていたのか?だからこの国へ?」
「予想していただけですよ。この国に来たのはその確認も含めて、ですがね」
「しかし、学院はこれだけの技術を秘匿独占し何をしようというんだ?学院に入学する方法も不明だし」
首を傾げるアルベルトに対し、ミリーが訂正を加える。
「アル様、文法的に間違っていますよ」
「えっ?」
「今は全て『過去形』にしないといけません」
「全てが一般に公開されたのです。世界中に、敵対国家に対してもです」
したり顔で話すミリーにアルベルトは当然の如く疑問をぶつける。
「その180度の方針転換は何なんだ?三国分割でトップが変わったせいなのか?それじゃあ学院の現場は混乱するだろ。この国は一体何をしようとしているんだ」
アルベルトはそう言って行き場のない不満を発散する。が、ふとミリーを観ると、ミリーは涼しい顔をしている。
「ミリー、何か知ってるな?」
アルベルトの問い掛けにミリーはとぼけ顔で答える。
「何も知りませんが推測は出来上がっています。まぁ、おいおいお話ししますよ」
直ぐにでも話を聞きたかったアルベルトだが、先手を取られてしまったため、物事には順序があるのだろうと取り敢えず我慢する事にしたのだった。
城を左手に見ながら進むと直ぐにT字路にぶつかった。右に行くと飛行場と格納庫があるとミリーは説明した。今はマシーナを載せてきた輸送機が停まっているとのことだ。
二人は、城を回り込む形になる左の道を進んだ。このあたりが敷地の中心になるのか、多くの人で賑わっていた。多くの屋台が建ち並び、あちこちで大道芸に歓声を上げる様子も見て取れた。
そのまま真っ直ぐ行った先には病院があるそうだ。少し先の分かれ道を右に進むと道の左が闘技場、右が広場、真っ直ぐ行けば学院に着くらしい。取り敢えず広場はマシーナの置き場と仮設宿泊所になっていた。
辺りを見回し、さてどこに行こうかと考えていると、ミリーが突然走り出した。アルベルトは何事かと身構えたが、ミリーは一軒の屋台に入ると、お菓子が山ほど入った片手で抱える位のバケツを抱えてにこやかに帰って来た。皮の厚い穀物を爆ぜさせたお菓子で『ポコン』と言うのだそうだ。
「屋台ごとに味が違うんですよ!ここの屋台はですねぇ・・・」
と嬉しそうに蘊蓄を語り出すミリーをにこやかに見つめながら、(この子もこんな笑顔が出来るようになったんだな)とアルベルトはしみじみ思いを巡らせていた。
「おっ、最高の面白スポットがあんな処に!」
ポコンを頬張りながら、ミリーはある一角を指差す。
ミリーが指差した先にあったのは、いや、居たのは・・・
摂政レオン=バフマンと、フィリア姫であった。