1-02 集結 1
ぽかぽかした陽気が辺りを包む。
ここは、クージャリア王国のツァンギス伯爵領。
アルベルトは、陽気とハンモックの心地好さに負けて本を顔に乗せうたた寝を決め込んでいた。
本も第一世代が広めたものの一つである。識字率の上昇も手伝って、ここ十数年でやっと庶民の間にも浸透してきた。内容はまだ各地の伝承が主である。
「アル!おい、アル!」
アルベルトの頭をぼこぼこ叩きながら、同門のロイが話しかける。アルベルトは思わずハンモックから落ちそうになるのを辛うじて堪えた。
「ちょっ!何だよ!おいっ!」
「お前に朗報がある」
ロイがニヤリと笑う。アルベルトは体をハンモックに納め直しながら友の言葉の続きを待つ。
「ツァンギス伯爵の私兵がお前を捕まえにくる」
「はぁっ!?何で!?」
「ツァンギス伯爵の娘が、お前に散々弄ばれた挙げ句に棄てられたと訴えたんだと」
ロイは笑いを堪え切れず吹き出す。アルベルトは当然納得がいかない。
「ちょっと待て!俺はあの娘にいきなり『付き合え』と言われたから丁寧に断った!それ以外に会った事もないぞ!」
「お前はまだ自分の立場を判ってないだろ。お前は『ラドルド平原戦争』を大逆転勝利に導いた英雄だぞ。そんな人間が何処にも仕える事なく自分の領内でうたた寝してるんだ。欲しくならない訳がない」
「伯爵が裏で手を引いてると?」
「その上かもな」
アルベルトはガシガシ頭を掻いて溜息をつく。パヤパヤの薄茶色の髪がフワフワ揺れる。
「アル、お前も22だろ。もう師匠が決めた許婚の事はなかった事にしてもいいんじゃないか?その娘はもう10年以上行方不明なんだろ?」
アルベルトは思う。確かにそうかも知れない。
しかし俺はあの時あいつに『ずっと守る』と誓ったのだ。あいつが何処に居るか判らないうちは、どこかに仕える訳にはいかない。
「仕方がない。この国を出るか」
ロイは、やはりそうなるのかと諦める。
「で、何処へ行くんだ?」
「そうだな。取り敢えずフィスリニア王国の建国祭でも見に行ってみるか」
フィスリニア王国は、旧フォルデベルグ王国が分割されて出来た国だ。
フォルデベルグ王国は、王の崩御に際し遺言により、王都を含む北の5分の2をフォルデベルグ王国の名を残してランベルト王子に、中央の5分の2をフェルミール王国という名でルミエラ姫に、南の5分の1をフィスリニア王国という名でフィリア姫に与えられた。
3つに分割してやっと他国並の広さになった事を考えると、旧フォルデベルグ王国がいかに巨大であったかが判る。
三国分割の理由は公表されておらず、様々な憶測を呼び噂が飛び交っていた。
一番信憑性が高いとされた噂は、自らの死を予感した王が次の王を選ぶ際に、第一子を以って世継ぎとすべしとするルミエラ派と、男子を以って世継ぎとすべしとするランベルト派が互いに譲らず、その結果分割せざるをえなくなり、立場が弱いフィリア姫がそのあおりを食ったというものだ。
その証拠とされたのが、フィリア姫に与えられたのが小さな痩せた地域だった事、重臣達やマシーナを始めとする兵力は姉か兄のいずれかの国のものとなり、フィリア姫の下にはかつて近衛騎士団長だったレオン=バフマンが摂政として着任しただけで後は最低限の兵力しか与えられなかった事であった。
そのため、フィスリニア王国の建国祭は単なる祭りではなく、人的および物的な欠損を埋めるための人材およびフリーのマシーナと騎士の発掘と登用を検討する場でもあったのだ。
アルベルトは大急ぎで旅支度を調えた。
(フィスリニア王国は東へ国を2つ越えた先だな。建国祭には何とか間に合うだろう)
そして友に見送られて、アルベルトはフィスリニア王国に旅立ったのである。
フォルデベルグ王国は、北のローデモング帝国、北西のソゼルド連邦と国境を接していた。三国は戦力が拮抗しており、それゆえにお互い手が出せずに睨み合っている状態が続いていた。
ラーミザン基地はそんな北方2国を睨む形でフォルデベルグ王国の北部に設置された基地であり、最新鋭の航空機部隊と地上部隊を有していた。
ジョージ=フォールは基地の所長室からボンヤリと基地の様子を眺めていた。ジョージはこの基地の所長になって10年が経つがまだ大きな戦闘は発生していない。ジョージが緊張感に欠けるのは仕方のない話である。
「所長、ミリーです。入ってもよろしいですか?」
ノックと共に少女の声が入室の許可を求めてくる。
「ミーア=リーア殿、ご苦労様でしたな。どうぞお入り下さい」
所長に許可を得て入って来たのは、にこやかながら少し困った様な表情をした少女だった。錆色に近い赤毛で直毛の少女は前髪を上瞼の位置で無造作に切り揃え、降ろせば肩の下まである髪を両耳の後ろでこれもまた無造作に束ねていた。剛毛なのが束ねた髪は真横にはねている。16歳という年齢より幼く見える髪型だ。
「所長、その名で呼ばないでと何時も言ってるでしょう」
ミリーは文句を言いながら、ジョージのコレクションの蒸留酒が納められた壁の酒棚へと足を進める。
「いや、つい癖で申し訳ない」
「他の者に名前を知られると困るんです。この基地には継承者もいますし」
ミリーはフリーの技術者であり年に一度この基地の装備の点検を依頼されていた。ジョージはミリーが来る度に悪戯で本名(因みにミーアもリーアも名であり姓は別にある)を呼んだが、一応他の者に聞かれないように注意はした。しかし、何故こんなに嫌がるのか、彼女の師にも同じ注意を受けていた。
「しかし分かりませんな。名を明かせば皆から尊敬を受けるでしょうに」
「まぁ、いろいろあるのですよ」
ミリーは、きらびやかな瓶の群れの中から、1本の素焼きの貧相な壺を取り出し、ニッと笑った。
「全く、敵いませんなぁ」
ジョージは肩を落としショットグラスを2つ取り出す。今回も最高の1本を当てられたのだった。
「ところで、今回の点検の結果はいかがでしたかな?」
ジョージの問いに対し、酒の香りと味に満足しながらミリーが答える。
「ここの整備兵達はよく頑張っていますよ。概ね状態は良好です。ただ、爆撃機『アルバトロン』の一部の部品の耐久限界が近いですね。来年の点検で交換します」
と、ミリーはここで言葉を切りジョージの出方を見た。
「来年ですか・・・、実は三国分割の後いろいろと制約がきつくなってましてな。外部の者を基地業務に関わらせてはいけないと御達示がありまして・・・点検の契約も今年限りとせざるを・・・」
言いよどむジョージの言葉を遮り、ミリーが軽く笑顔を浮かべて切り返す。
「えぇ、判ってますよ。その話はとっくに耳に入っておりましたので、今回は整備兵達にノウハウを叩き込んでおきました。これからはここの整備兵達だけで出来ますよ」
「かたじけない。全く、こんな辺境の基地くらい好きにさせて欲しいものですな」
ジョージの言葉に、(辺境?ここが?)とミリーは内心苦笑いする。ジョージが辺境に飛ばされたと考えているのは明白であり、その彼の覇気のなさが基地全体に伝染して緊張感に欠ける温い基地になっているとミリーは診断しているがそれを指摘するつもりはない。ミリーにとって所詮他人事なのだ。
その後はしばらく二人で酒を呑みながら世間話をしていたが、ふと気がつくといつの間にか外が騒がしくなっていた。
ミリーが席を立ち窓から外を見ると、行商の大型トラックが2台、基地の職員の家族と思われる人々相手に商売を始めていたのが見えた。
「彼らは『サンダール商会』の連中ですよ。ここは家族連れで駐屯している者が多いにも関わらず生活に必要な物資が不足しておりましてな」
この基地の人員構成は既に町と呼んでいい状態だ。にも関わらず町として機能するための施設が全く整っていないのだ。買い物ひとつするにも車で片道一日かかるので話にならないらしい。
「『サンダール商会』は、フォルデベルグ王国、ローデモング帝国、ソゼルド連邦の3国をまたにかけて商売をしておりましてな。定期的に生活物資を大量に持って来てくれるのです。こんな辺境に来てくれるとはありがたいことです。もうここには欠かせない存在ですよ」
ジョージはにこやかに自慢げに説明する。が、窓のそばに立つミリーの後ろから話かけているためミリーの表情が見えなかったのは彼にとって幸いだったろう。見えていれば不安に襲われたはずだ。
(あいつらは確か・・・)
ミリーは、睨みつける様に『サンダール商会』の商人を注視していた。
(首を突っ込むのは主義ではないが、今まで世話になったし、少し忠告しておくか)
「所長」
ミリーは穏やかな表情でジョージに向き直る。
「所長はここを辺境辺境と言いますがね。ここは最前線なのですよ。ここはどの国にとっても戦略の要衝なのです。最前線を辺境と見誤らないで下さい」
「ははは、気を使わせて申し訳ない。大丈夫、どんな所でも職責は全うしますよ」
ジョージは頭を掻きながら寂しそうに笑う。
勘違いも甚だしいが、ミリーはこれ以上は口を出さずに静かに微笑むだけだ。
「ではそろそろ失礼しますよ」
ショットグラスをテーブルに置く。
「これからどちらへ?」
「特に予定はないのでブラブラと、ですね」
「ならば、フィスリニア王国へ行かれてみては?もうすぐ建国祭ですし。フィリア姫は可哀相な方です。世継ぎ争いのあおりを食い、その上摂政にも悪い噂があります」
ミリーもその噂は聞いていた。フィリア姫が幼く大人しい事をいい事に王国の実権を掌握、王国を簒奪されるのも時間の問題という話だ。
「ミリー殿が姫に力を貸してくださればきっと・・・」
「私は旅を続けるだけです」
ミリーはジョージの言葉を遮り静かにそう言うと部屋を出て行った。
「でも、フィスリニア王国の建国祭か。それもありだな」
ミリーは基地を出て歩きながら考える。
フィスリニア王国に関する情報を何も持っていないのが現状であり、情報は喉から手が出るほど欲しい。建国祭は確かに情報を得るには持ってこいだ。それに誰も重要視していないがフィスリニア王国には世界屈指の『学院』が存在する。建国祭では『学院』も解放されるという話だ。
ミリーは自然とフィスリニア王国を目指して南へと歩みを進めていた。




