第二話『部屋の外へ』
色々とあって、だいぶ遅れました。久々の更新です。
〈ハンプティの屋敷〉は、〈エルダー・テイル〉の拡張パック1〈黎明の偵察者〉のコンテンツ、『ヘリオットの幽霊屋敷』をモチーフにしていると言われている。
実験からくり屋敷――と称されるようなトラップだらけのダンジョン――というよりは、『脱出を目的とした』トラップダンジョンと言える。
ゾーンに入った瞬間にイベントが発生し、あるゾーンへとワープされる。それから、『構造が変わってしまった屋敷』を冒険し、トラップやパズルなどを解き明かし、『屋敷の構造を元に戻しながら、ゴールを目指す』という変わったタイプのダンジョンだ。
そのダンジョンでは、プレイヤーのレベルに近いアンテッド系モンスターが湧く。どんなレベルでも、それに近いレベルのモンスターばかり湧くので、経験値を稼ぎレベルを上げることを怠ったプレイヤーの救済措置……とも言われている。
そのダンジョンでは、レベル上げと謎解きに集中させるためか、協力プレイが出来ない。協力プレイ前提のゲームでこれとは、ある意味不条理と言っても良いかもしれない。
だからなのか、本来プレイヤーよりレベルが5以下のモンスターからは経験値が手に入らないのだけど、このダンジョンではどんなモンスターでも経験値が入るようになっている。いわゆるご都合主義である。
まぁ、実際のところは、救済措置があるから、クエストやってみてね、謎解きに力を入れたからやってみてね……という制作会社の都合によるものだとか、そうじゃないとか。
その証拠に、制作会社が、〈終わりの後で〉の販売からしばらくして、脱出系ホラーゲームを作って、販売していた。
〈ハンプティの屋敷〉を製作したノウハウを充分に活用した結果がこれだよ!
ちなみに、製作スタッフが後に作った脱出系ホラーゲームの方はというと、〈ハンプティの屋敷〉とは比べ物にならないほど難易度が高い代物になった。難易度が高すぎて、僕の頭が逝ったかと思ったくらいだ。
……つまり、〈ハンプティの屋敷〉はその踏み台みたいなものだと考えた方が良いかもしれない。それでも、充分頭を悩ませる謎解きが多くて、良かったと言えば良かったんだけどさ。
ともかく、僕が今いる場所は、その〈ハンプティの屋敷〉だったってわけで……。
しかもどうやら、『クエストクリア後の〈ハンプティの屋敷〉らしい』。
それはともかくとして、僕らは仕切り直した。
何をどう仕切り直したかというと、とにかくもう色々とだ。
「というわけで、初めまして。私、シオン=ブロックです。シオンとか、シオンちゃんとか呼んでください」
「えーっと、麟太郎です。こちらこそ、どうも」
名乗り合いとか。……ちゃん付けは、ちょっと勘弁させてほしい。
「ここ、私の家で部屋なんです。あなたは、どこから来たんですか?」
「気が付けばここにいたんだけど……」
「な、なんだってー!」
……仕切り、直してるのかなぁ、これ。ノリが軽すぎてわからないや。実際、どうなんだろう。
「多分、こことは違う世界から来たんだと思う」
「把握しました」
「……したのか」
「私、幽霊ですから。不思議なことの一つや二つくらい驚きませんよ」
不思議なことで片付けて良いのかな、それって。
まぁ、それはともかく。
「これからどうしよう」
「どうしましょう」
……そんなこと言い続けてたって、どうしようにもないってのはわかってるんだけどさ。
ちなみに、先ほど、彼女から借りた鏡で、自分の姿を確認させてもらった。
案の定、耳と尻尾が生えていて、直前まで遊んでいたプレイヤーの姿そのものでしたとさ。
灰色の耳と尻尾、どこか嘘くさい感じのするファンタジーにありがちな茶色い皮鎧。〈終わりの後で〉のプレイヤーの外見そのものだ。
そして、現実世界に似ながらも、どこか美形に整えられた自分の顔――。
その顔を見て、改めて僕は異世界に来たんだと実感した。鏡に映った自分自身の顔が、妙に生々しくて。
自分のプレイヤーと、似たような外見なのに違っていて。
同化した、とでも言うべきか。
(らしい、と言えばらしいけども)
ゲーム時代に使っていたプレイキャラクターに憑依した……なんてのは、最近の異世界転移モノではよくある。
セオリー通りってヤツだ。
(でも、これは――)
僕という存在が、この世界にいた自分のプレイヤーを上書きしたようで。
(……どうだかな)
なんてことを考えて、それを胸の中で押し潰す。見ないフリ、思考停止。
今それを考えたってキリが無い。考えるとすれば――それは後の話だ。
どうやら、ここは〈終わりの後で〉がエンディングを迎えた後らしい。
色々と話を聞いてみると、僕が来る前にお客さん――強引に引きずり込まれた――が来て、シオンの手を借りながら屋敷を抜け出したようだ。
その時のトラップだとか罠だとか、色々なものをどうにかして、屋敷の形を元通りにして去って行ったという。
「で、君はそんな屋敷にい続けてると」
「いやー、なかなか成仏できないんですよ」
「それで良いのか幽霊」
「未練がましくってつい……」
未練さえあれば何でも許されると思うなよ。
……は、ともかくとして、どこぞの霊能力者漫画とかだと、未練をこじらせた幽霊は悪霊になるのがセオリーなんだけど、シオンの場合はどうなるんだろうか。
今考えたって、答えなんて出てこないんだけどさ。
「ところで、なんで扉から顔を出してキョロキョロと廊下を見ているんですか? 普通に出て確かめたらいいのに」
「入り口の前で待ち伏せされてたりとかあったら嫌じゃないか」
「そういうものなんですか?」
「そういうものなの」
傍から見ると、不審者っぽい行動だけど。
ゲーム時代の頃からも、この廊下にモンスターが待ち伏せなんてことは無かったし、メニューのゾーン説明では非戦闘エリアとも書いてある。
それでも、一応は念のために。
シオンの部屋に繋がる廊下には、今のところ誰の気配もない。ゲーム時代と同じように、この屋敷の廊下には、NPCもいないし、モンスターもいないようになっている。
……とはいえ、かなりイレギュラーな状況になっている今、絶対にモンスターが廊下に出ないとは言えない。油断大敵なのだ。
「それは、またどうしてですか?」
「最悪の場合死ぬから」
「私は大丈夫ですよ!」
「僕が大丈夫じゃないっての! まだ死にたくない」
……油断大敵なんだけどなぁ。
イマイチ、緊張感のない僕らであった。
〈終わりの後で〉でのシオン=ブロックは、JRPGにおけるセーブポイント――というよりは、お助けキャラにあたるNPCだ。『ある呪い』によって殺され、幽霊と化した……という設定の少女だった。
その性格は――まぁ、さっきまでの会話の通り、かなりマイペースな性格だ。能天気で、のほほんとしていて。
そんな彼女の、一人漫才のようなテキストには定評があった。……全編にわたって、シナリオというかキャラの会話が濃く、シオンも例外じゃなかった、ってだけなんだけども。
シオンと話をしていて、一つだけ思うことがある。会話のノリ、言葉のリズム感、感情の使い方。
それらを総合して、僕は彼女をシオン=ブロックだと認識している。知っている情報をかき集めて、『シオンは、こうだ』と思っている。
でも――本当は違うんじゃないか?
本当のシオンは――ここにいるシオンは……ゲームの世界とは違って、違う側面を持っているんじゃないか?
だから、つまり、その――。
(――上手く言えないけど、シオンは僕と同じような……)
人間のような。
(……今更な話なんだけどさ)
本当に、もう。
どれもこれも今更な話だよ。
そう、僕は考えてしまう。扉の前で、周囲を見渡しながら、頭の片隅で。敵の姿はまだ見えない。いや、本当に敵なんているんだろうか。見てない――認識していないから、わからないままだ。
そもそも、この世界は、本当にゲームの世界なのか?
僕がいた世界から見たこの世界は、ただのゲームでしかなかった。それも、記憶がある直前まで遊んでいたゲームだったはずだ。
そのモニターに映っていたのは、シオンの姿と彼女がいる部屋だった(ということも思い出した)。
そうだ。ほんの少し前まで、彼女は架空の人物でしかなかったはずだ。モニターの向こうにいた、その人を。
ゲームの登場人物、作り物、単なるNPC。そういう風にしか思えなかった存在を。
そして、いざそのNPCであるはずのシオンと対峙して――。
(……そこに存在している人を、NPCだなんて思うかよ)
誰かがそういう風に見せている、中身のない、空っぽな存在だと思うかよ。
(なんて、哲学的ゾンビ……ってヤツか)
哲学的ゾンビというのは、大ざっぱに言って、感情を表現している他人が、本当は意識を持っていなくて、機械的にそう見せかけ振る舞っている……というものだったはず。多分。
元々彼女がNPCだったから、本当に哲学的ゾンビだったりするんじゃないかって。
(――そんなこと、考えたところでどうしようにもないってのに)
まぁ、幽霊なんて、オカルト的なものに自我がどうのと面倒なこと言うつもりはないんだけどさ。
じゃあ、彼女をどんな存在だと思えば良いんだろう。
生きていないけど、そこにいるはずの彼女を。
この世界では、〈エルダー・テイル〉の方も、〈終わりの後で〉だった時も、NPCは〈大地人〉と呼ばれ、決定的な違いがある。
……〈大地人〉は、人間なんだろうか? NPCじゃなくて?
今のところ、僕が知っている〈大地人〉は、この屋敷にいる幽霊たちだけだ。少なくとも生きてはいない。死んでない〈大地人〉は、ここにはいない。
けれども、シオンは、確かに意思のある存在であるようで。
それが、ますます自分の価値観の何かを揺らす。頭の片隅でカタカタと何かが振動している――ような気がする程度の、些細な違和感。幻聴にも似たそれは、思考に苛立ちを与えてくる。
ようするに、これはあれだ。答えが出ずにますます深みにハマっていくタイプの、考えたらダメな問題ってヤツだ。生命の誕生、終末が訪れる可能性、について答えが出るまで悩み続けるのに似ている。それで答えらしい答えが出た覚えは一つもない。
(……どうするか、が先だよなぁ)
思考は未だに混乱中。ゲームの世界に飛ばされ、目の前には幽霊さん。二次元三次元の境目が云々、この世界から現実世界に帰れるだろうか、どうのこうの。
本音を言えば、元いた場所に帰りたい。父さんと母さんを安心させたい。シンイチと輝夫とも遊びたい。
でも、出来ない。わからないことが多すぎて。
独りぼっちになった気分だ。
何かで読んだMMORPGの世界に転移した主人公を描いた小説と、今の自分は同じかもしれない。大抵、主人公の彼は一人だった。一人だけ異世界に転移した。……僕の場合は、どうなんだろう?
確認しようにも術は無い。僕以外の転移者を確認できる状況じゃないんだ。
世界中を探し回る? その前に、屋敷を出るのが先なのに。未だに僕は足踏みしている。どうなるかわかったもんじゃないから、慎重になっている。外が、少しだけ怖いんだ。
これが、原作の〈エルダー・テイル〉だったら、念話機能が使えたはずだ。それだったら、僕以外に誰かが転移してるかどうかもすぐにわかる。
でも、ここは〈終わりの後で〉の世界で、メニュー画面には念話機能がない。携帯ゲーム機で、面と合わせて協力プレイをすることに特化したゲームだから、念話機能がないのも仕方がないことなんだ。そんなのわかってる。
「我ながら、諦めが悪いなぁ……」
思わず、声に出して呟いてしまう。
「……麟太郎さん?」
「なんでもない」
シオンの心配するような声に、反射的にそう答える。僕の諦めが悪いってだけの話だ。未練と後悔混じりとか、そんな感じ。
足踏みして、自分の殻に閉じこもるように。
何をすればいいのか、今の僕には曖昧すぎてよくわからない。どうしよう。どうすればいいんだろう。答えが見えない、わからない。
何もかもを諦めているわけじゃない。でも、その場で足踏みしたまま、一歩踏み出す気持ちが湧いてこない。思考を止めれば、楽になれると言わんばかりに。
「あのー、麟太郎さん」
そんな僕の背中に、彼女が声をかけてくる。すぐ近くからだ。
僕は、その声の主へと、反射的に振り向いて確かめようとして――。
「うわっ」
悪霊よろしく、僕の背後に立っているのに気が付いて、思わず後ずさって、そのまま尻餅をついた。痛い。肉体が強化されていて、痛みが緩和されているとはいえ、尻餅をついたって実感がする程度には痛みが来る。
「な、なんだよ、いきなり……」
気が付けば、廊下を出てしまっていた。汚れたカーペットの上に尻餅をついている。周囲にモンスターの気配はない。悩み損だった。
そんな僕を、シオンは見下ろしながら問いかける。
「あの、どうするんですか?」
その言葉に、少しだけ頭の中が凍った。冷却。硬直。身体中の血液が凍り付く。思考が、それを溶かそうとして回りだす。心臓のようにバクバクと。
少しは動けよ、麟太郎。
ほぼ孤立無援。情報は皆無。自分自身だけの情報じゃ、たかが知れてる。それなら動けよ。
そう自分に言い聞かせながら、立ち上がる。
――そして、
「まずは、この屋敷を見回って、場合によっては出ようかなって」
大ざっぱな目標が、その時になってようやく決まったのである。
……いや、まぁ、こんな何もわからない状況なんだから、すぐに動ける方がおかしいと思うけどね。
ちなみに、という話になるのだけれども。
「ところで、さっきから気になってたんだけど。初対面で、どうして私のこと知ってたの? 麟太郎のこと、さっき会ったのが初めてだったんだけど」
「……後悔するかもしれないけど、聞く?」
「…………遠慮します」
「懸命だ」
僕らの間で、そんな会話があったとかなかったとか。メタ的な理由があるんだから、仕方ないね。
原作の『ログ・ホライズン』を読み進めながら、ストーリーを組み立てたり、考えたりしているのですが、最近はなかなか上手くいってません。
しばらくこっちの話はお休みします。
『僕と駒鳥と、呪いの屋敷。』の話をする前に、主人公の麟太郎が言ってた『彼』の話を先に出した方が、わかりやすいと判断したので(『僕と駒鳥と、呪いの屋敷。』は、外伝のようなものなのです)。
しばらくは、そちらの物語を読んでいただければ幸いです(まだ投稿してないけど)。
では、また。