第一話『幽霊のいる部屋』
アニメ版『ログ・ホライズン』が最終話を迎えたこと。
そして、第2シリーズの放送が決定したことを記念して。
少しだけ思い出したことがある。
僕の記憶が途切れてしまう前に、携帯ゲーム機で何かのソフトを遊んでいた。
それは、剣と魔法の世界をモチーフにした冒険ファンタジーRPGだった。
たしか、〈エルダー・テイル〉というタイトルで――〈終わりの後で〉というサブタイトルが付いていた。
……とまぁ、そこまで思い出した僕は、色々と言いたいこととか叫びたいことが出来たので、胸の中で叫ぶことにする。
(――そっちかよ!)
僕は、ゲームの世界に転移したらしい。
……原作とも言える〈エルダー・テイル〉ではなく、なぜその『スピンオフ作品の方なのか』と、誰でも良いから一言申したい僕であった。
〈エルダー・テイル〉は世界最大級の大規模オンラインゲームだ。剣と魔法の世界をモチーフにしているゲームで、20年以上にもなる長い歴史と、どれだけ頑張っても遊び切れないほどの奥深いゲーム性に定評がある。実に玄人好みのゲームと言えるわけだ。
そんなゲームだからこそ、様々なメディアミックスもあったわけだ。漫画や小説、アニメ。その他諸々。
〈終わりの後で〉というゲームも、そのメディアミックスによるスピンオフ作品にあたる。
〈終わりの後で〉は、今から六年ほど前――〈エルダー・テイル〉の8番目の拡張パック〈永遠のリンドレッド〉が出た直後に発売された家庭用ゲームだ。
ジャンルは、冒険ファンタジーRPG。
主人公を自由に作って、世界を冒険する、俗に言うJRPGと呼ばれる代物だった。通信機能が付いていて、他のプレイヤーと協力して遊べることと、元となった〈エルダー・テイル〉の世界観へのアプローチが特色だった。
なにせ、開発元である米アタルヴァ社と日本サーバー担当のF.O.Eから、「ゲームに直接関係ないのなら、自由にやっちゃっていい」と承諾を受けたゲーム会社が、本当に自由に作っちゃった代物なのだ。貰った資料、没になった設定や独自の解釈などをふんだんに盛り込み、なんやかんや、あーだこーだ。
……まぁ、その結果が、〈エルダー・テイル〉の一部ファンからの批判が大きな声で響いたということなんだけれども。ようするに、「こんな設定だなんて、俺は認めない!」とか「原作レイプだ!」ってヤツだ。
おまけに、購入特典に〈エルダー・テイル〉で使える限定アイテムがついてくるはずだったのが、大人の事情と言うヤツで中止。限定アイテム目当てで買ったプレイヤーの怒りを買った。
とまぁ、そんなこんなで、このゲームはあまり売れなかった。開発した会社が潰れない程度には売れたのだけれども、それでもやっぱり売れない方に当てはまる。致命的ではない赤字、と言えるかもしれない。多分だけど。
――そんな売れなかったゲームだけど、単発のゲームとしては完成されていた。
〈エルダー・テイル〉のゲームシステムを携帯ゲームでも遊べるように落とし込んだシステム。壮大かつ悲壮感漂うシナリオと、謎解きに重点を置いたステージ、そして、全ての伏線を回収した後に提示される皮肉的な結末が一定の評価を得た。
他にも、やり込み要素のある、多種多様なサブシナリオ。個性的なキャラクターたち。皮肉の利いたセリフ回し。……などなど。
一部では、「これも一種のIFだと割り切って遊べば、名作」と言われているくらいだ。
まぁ、いくら面白いとはいえ、結果的に公式から正史扱いはされなかったんだけどね。
そんなゲームの世界に、僕は転移させられたようで。
「……ここは、〈エルダー・テイル〉の方に転移させられる方がセオリーだろうが」
色々と落ち着いた僕は、そう文句を言ってたりする。ゲーム世界転移モノで、原作そっちのけで、スピンオフ作品に転移するという例があっただろうか。いや、ない。多分。
うん、まぁ、少しだけガッカリしている、というか何というか。よりにもよって、こっちなのかよ、というか。そんな感じに。
しかしまぁ、落ち着いた後に言うことがそれしかないのか、僕は。
……あれこれ言ったところでどうしようにもないんだけどさ。
「まーまー、元気出してくださいよ」
そんな僕の元に、彼女――シオンが声をかけてくる。「おーよしよし」と僕の頭を大げさに撫でながら、のんきそうな声で。
「……シオンさんよ。本当は色々とムシャクシャしてて、暴れまわりたい気分なんだ。それなのに、元気出せると思う? 空元気出すのも、無理っぽいのに」
「それでも、ここでウジウジしているよりはマシじゃないですか」
ごもっとも。
正直に言えば、元いた場所に帰りたい。僕がいなくなって、父さんや母さん、友達が心配しているかもしれない。好きな作家の新刊だって待ち侘びていたし、〈エルダー・テイル〉もまだまだ遊び足りないんだ。帰りたいに決まってる。
でも、だからといって、帰りたいと嘆いて、俯きながら生きていくのは嫌だ。
「きっと、どうにかなりますよ。私だって、どうにかなったからここにいるんですから。……無責任な言い方だけど」
シオンは、そんな風に僕を慰めてくれる。いや、これは慰めているのに入るのかな。ともかく、まぁ、そうだね。『君の場合は、そうだったね』。
「どうにかなると思いたいね」
「どうにかなりますよ、きっと」
「それ、君だからどうにかなった部分もあると思うけどね」
「……えぇ、まぁ、はい」
しかしまぁ、大丈夫かもしれない。父さんと母さんだって、僕が独り立ちしたんだと思ってくれれば、きっとそう割り切ってくれるさ。……割り切れずに、変な宗教にハマっちゃうかもしれないけど。
そういえば、友達のシンイチと輝夫は元気かな。僕がいなくなっても大丈夫だろうか。結構タフな奴らだけど、色々と精神的に脆いところがあるからなぁ。
……あっ、駄目だ。色々と心配になってきた。
「元気出してください! 生きていれば、どうにかなりますよ!」
「……君に言われても、説得力ないや」
生きていたって、ままならないことはあるんだから、そうそう簡単にどうにかなるわけじゃない。色々と困ったもんだよ、本当に。
「しかしまぁ……」
「どうしたんです? 溜め息つきそうな顔をして」
「いや、ね」
そこまで、切羽詰まってないのが、せめてもの救いというか、これで良いのかというか。
――というか、
「僕たち、出会ってから一時間しか経ってないはずなんだけど、どうしてこうもフレンドリーに話し合っているのかな」
もっと、互いに混乱しててもおかしくないだろうに。僕は突然のワープに混乱して、彼女は突然の不法侵入者や泥棒らしき人物に混乱する。
不可抗力とはいえ、彼女の視点から見たら、僕は不法侵入者や泥棒にしか見えないだろうに。
けれども、彼女は嬉しそうに笑う。決まっているでしょ、と言いたげに。
「私たち、友達じゃないですか」
なんて、当たり前のことであるように言ったのだ。
「…………初対面から、一時間で友達も何もないと思うんだけどね」
どうして、僕らは友達ということになったんだろうか。まるで意味がわからんぞというか、訳がわからないよというか。
……本当に、どうしてこうなったんだろうね。
ほんの少しだけ時間は巻戻る。というよりは思い出す。さっきのは夢じゃなかったんだよなとか、不思議なもんだなとか、噛み締めるような気分に浸るように。
僕と彼女が出会った時のことを、少しだけ。
「――麟、太郎?」
ベッドの上で目をパチパチと瞬きしながら、彼女――シオン=ブロックが問いかける。再確認するようなオウム返し。どこか眠たそうな瞳をそのままに、視線は僕の方を向いている。
麟太郎。これは、僕の名前だ。ゲームに使っていた自分の名前。もう一つの名前。〈エルダー・テイル〉で使っていた僕のプレイヤー名だ。
「……うん」
僕は、首肯しながら考える。
どうして僕はこの名前を使ったんだろう。本名の卓也じゃなくて、なぜそっちの方なのかを。
……いや、単純な話だ。スピンオフとはいえ、〈エルダー・テイル〉の世界に来たんだから、〈エルダー・テイル〉でのプレイヤー名を名乗るべきだと思ったからだ。
この身体も、『麟太郎』のものみたいだし。
しかしまぁ、テンパってるくせに、そんなどうでもいいことに関しては頭が働くみたいだ。困ったもんだね。
「麟太郎……麟太郎……」
彼女は、少しだけ俯いて僕の名前を繰り返す。リフレイン。しっかりと覚えようとするように。
それを何度か繰り返している内に、彼女の唇が笑みの形を浮かべていくのが見えた。その笑みが、どことなく嬉しそうというか、朝起きたらクリスマスプレゼントがあったとでもいうような感じなのは、どういうことなのやら。
そうして、ようやく彼女が顔を上げて、僕の顔を見つめる。パァ、と輝くような笑顔。どうして彼女は僕にそうやって笑いかけるんだろう。色々と混乱しててわからないことだらけだよ。
彼女と目と目が合う。彼女は微笑んだままで、僕はどうすれば良いのか分からないままで。そうして、彼女が何かを言おうとして。
「あれ、でも――」
彼女の顔が、小さな疑問に埋め尽くされた。ポカンとしたような、呆けたような困惑。僕には彼女の心境も、現状についても何も知らない。何もわかっていない。ただ、ほんの一瞬だけ、彼女の両目が化石に見えた。
「――卓吉、じゃなくて、麟太郎?」
だから、彼女がどうしてそう問いかけてきたのかもわからなかった。わからなくて、頭の中に一つの疑問が湧く。その疑問に対する答えは、すぐに浮かんだ。比較的あっさりと。
(卓吉って、たしか、)
答えに関する記憶を探ろうとして、眉間に皺を寄せる。
その途端、ブワッ、と何かが展開した。
「――ッ!?」
視界を何かが埋め尽くした。それは情報のようで、僕の頭の中を混乱させる。足元がふらついて、よろけそうになるも踏み止まる。
僕は、その場で何度も深呼吸する。深く息を吸って、吐く。それを繰り返している内に少しだけ冷静さを取り戻した。
比較的落ち着いた気分のまま、視界の中の『それ』を認識する。
僕の目の前には、『ゲームのメニュー表示が浮かんでいた』。
どこかで見たことがあるメニュー表示。ゲームに出てくるようなものと同じような感じだ。
卓吉。Lv80、盗剣士。Lv80、調教師。所持金348。
メニュー画面には、僕についての情報が載っている。〈エルダー・テイル〉のものに近くなるようにデザインされた〈終わりの後で〉のメニュー画面。〈終わりの後で〉にも、こんな風にプレイキャラクターについての情報が載っていた。
僕は、〈終わりの後で〉を『卓吉』と言う名前で遊んでいた。名前の元ネタは、古典ミステリの登場人物からだ。だからだろうか、このメニュー表示に書かれている名前がそれなのは。
ふと、メニュー画面に手を伸ばして触れてみる。突き抜けることもなく、指先がメニューに触れた。ホログラムでも幻覚でもないらしい。指先で操作してみる。
「……あのー、えーっと」
彼女が何か言いたげにしているけれども、僕は目の前のメニューを操作しながら考えている。思考は落ち着いてきて、今どうなっているのかというのを把握しようとしている。
メニュー表示の原理云々はともかくとして、装備品や所持品を確認。今の自分の恰好をチェック。肩から掛けた鞄のようなものがある。メニュー画面で確認してみるけど、鞄については何の表記もされていない。
〈エルダー・テイル〉ではおなじみの〈ダザネッグの魔法の鞄〉――文字通り、魔法の鞄としか言いようのないほど収納可能な鞄――じゃなくて、〈終わりの後で〉のゲーム進行上のためのご都合主義的な鞄らしい。
「……ああ、なるほど、そっちなのね」
諦めたように呟くけど、事実は変わらない。
それはともかく、鞄の中には鏡はないだろうか――いや、後回しで良いや。自分の姿がどうだろうが、すでに変わってしまったことだ。
それに、麟太郎と卓吉の基本的な外見にほとんど違いは無いんだ。今更ガタガタ文句を言ったって仕方がない。
でも、プレイヤーの外見に変わってしまった僕は、なんなのか。なんという存在なのか。灰坂卓也は、何者になったのか。
それをハッキリさせるために――僕は彼女に言う。
「違う」
僕は、卓吉じゃない。灰坂卓也で、卓吉だけど、そういう名前を使わない。本当の名前を付けた家族には悪いかもしれない。
でも、僕はこう名乗ろうと思ったんだ。
「――麟太郎」
そっちの名前の方を。いくつかの思い出のために。ここが〈終わりの後で〉の世界なのに。
「麟太郎と、呼んでくれないかな」
――何かを諦めてしまいそうで嫌だ、ってなんとなく思ってしまったから。
というわけで回想終了。
話は、先ほどの時間に戻る。
「それにしても、少しビックリしましたよ! 眠りから覚めれば、目の前には久々のお客さん。ここに、お客さんが来るのなんて久しぶりで、思わず眠気が吹き飛んじゃいましたよ! どばーんとか、すぱぱーんって感じで!」
互いに少しだけ落ち着いてからの会話で、シオンはやや興奮気味に身振り手振りで当時の気持ちを表現した。どうやら、僕の登場は彼女にとって喜ばしいことだったようだ。
「……普通は、まず泥棒か不法侵入を疑うべきだと思うんだけど」
そんな彼女に、安心半分、呆れ半分でそうツッコんでおく。目が覚めたら、目の前に男の姿。僕だったら、悲鳴を上げるところだってのに。
「良いじゃないですか、泥棒さんでも。お客さんであることに変わりはないです!」
うん、まぁ、君の場合はそうかもしれないけどさ。
「で、その泥棒から、お客さん。お客さんから友達に、と。段階飛ばしすぎてるような」
「そういうものじゃないですか、友達って」
「違うと思うよ、それ」
まったくだ。
「……そんなんで良いの? 本当に泥棒かも知れないよ」
僕は泥棒じゃないけど、そこまで問題にされないってのは、お兄ちゃん心配だよ。……誰がお兄ちゃんだ。
「良いんです!」
自信満々に言われてもなぁ。どう良いのかお兄ちゃんに教えてくれよ。
「……それに」
とか思っていると、今度は彼女の声が少しだけ萎んだ。なんだか調子狂うなぁ。
「それに?」
言いたいように言わせるよう、相槌を打っておく。
すると、彼女は調子を取り戻したような声を上げた。
「盗られて困るものなんて、何もありませんから!」
彼女が、胸を張ってそう答える。泥棒だろうが、不審者だとか、そういうのがやってきたとしても、困ることは無いから大丈夫と。
いや、それでいいのか、良くないだろうに。
「……敵意ある存在だったらどうするの?」
思わず、僕はそんなことを聞く。
わかっている。彼女がどんなこと返事をするのかまでわかっている。なんとなく、感覚的に。
けれども、僕は聞きたかった。聞いて確認したかった。目に見えるものだけが、真実ではないと思いたかった。
見えている。わかっている。察している。なんとなく理解している。事実を受け入れてもいる。
シオンが、シオン=ブロックであるとわかった時から。
「大丈夫ですよ」
彼女は、笑う。そっと寂しげに微笑んでみせる。どこか自虐的に、けれども明るさも秘めているように。
「私――もう、『死んでます』から」
きっと、幽霊もそんな風にも笑えるのだ。
シオン=ブロック。〈終わりの後で〉のサブクエスト――〈ハンプティの屋敷の呪い〉の舞台、〈ハンプティの屋敷〉に住んでいる幽霊の女の子。ブロック一族という貴族の娘で、先祖のハンプティ一族の血を濃く受け継いでいる存在。
享年17。僕と同じ年齢だった頃に、『呪い』によって殺され、成仏できずに屋敷の中にいる――という設定の、幽霊少女だ。
〈終わりの後で〉では、プレイヤーのHPやMPを全回復してくれたり、攻略のヒントを教えてくれたりと、〈ハンプティの屋敷〉のお助けNPCだ。
……ゲーム時代、かなりお世話になったものだ。
そんな彼女が、僕の目の前にいる。というか、お互いに部屋のベッドに腰を下ろし、横顔を窺い合っているような感じだ。ちょっと気まずい。どうしてこうなった。
(……少しだけ情報を整理してみよう)
沈黙に耐えられず、かと言って最善のことも言えそうにないので、僕の現状について色々と整理してみることにする。
まず、ここは〈エルダー・テイル〉のスピンオフ〈終わりの後で〉に出てくる〈ハンプティの屋敷〉だ。その屋敷には、10以上の部屋があり、その中の一つに僕とシオンがいる。
今僕らがいるここは、〈ハンプティの屋敷〉の一部屋――ゲーム時代にファンの間で〈シオン教会〉だとか〈シオン病院〉だとか〈シオンの中にいる〉だとか言われていたゾーン、〈シオンの部屋〉だ。そう呼ばれたのは、先ほど言ったシオンの役割から察してほしい。
サブクエスト〈ハンプティの屋敷の呪い〉は、事前承諾後、強制的に閉じ込められるタイプのクエストだ。「そのクエストをクリアするまで、このステージから出られませんが、それでも良いですか」という注意書きにYESしてから挑む――と言った方がわかりやすいかもしれない。
〈終わりの後で〉のメーカーのお遊びみたいな感覚で作られたステージで、〈エルダー・テイル〉には無いような、プレイヤーに強制するクエストだった。
YESかNOを選ぶ時に、YESを選んだ瞬間にステージの中へ。強制イベント発生。その時不思議なことが起こった。なんやかんやで、シオンの部屋へ……というところから始まる強引な導入のクエストである。
以後、クリアするまでの間、〈シオンの部屋〉のお世話になるのだけど……どうしてお世話になるのかとか、クエストの詳細については今は忘れることにしよう。忘れたことにしておきたい。考えるのは後からにしておきたいのだ。
「そう言えば、」
何気なく沈黙を破りながら、僕は彼女の方を向いて話を持ちかける。彼女の方はと、「なになに、どしたの?」と呑気に疑問を浮かべたような顔をして、僕の言葉を待っているようだった。
「お客さんは、久しぶりって言ってたね」
「うん、言った」
「どれくらい久しぶりなの」
「……えーと……ごめんなさい、忘れました」
「あっ、はい」
忘れてしまうほどの年月が経ったのか、それとも色々とボケてしまって忘れてしまっただけなのか。……彼女には失礼かもしれないけど、後者だということにしておきたい。前者なら、色々と思考が追いつかなくなりそうだし、なにより彼女がもっと可哀想に思えてしまうから。
「…………」
可哀想に思った。僕から見て彼女は可哀想な存在だったようで。そういう風に見てしまったみたいで。
どうすれば、彼女は可哀想じゃなくなるんだろうか。
そんなことを、思った。
――どうして、僕はそう思ってしまったんだろう。
「……ねぇ」
「はい? どうしました?」
「君は――」
君は、と僕は続けるように言う。
そして、出会ったばかりの彼女のために、僕は何を決意してしまったんだろうか。
麟太郎と呼んでほしい。
僕がそう言った時に、返ってきた彼女の言葉を思い出す。
「シオン」
それは、彼女の名前だった。彼女自身が呟いた、自分を表す記号だった。
「シオン、と呼んでください。麟太郎さん」
そして、僕らは出会った。自己紹介をして、互いの呼び方を知った。初対面から、ほんのちょっとだけ関係が変わった。
それだけだ。僕らの関係は、結局ただ知り合っただけの関係だ。あと、少しだけ会話をしただけの関係でもある。
でも、僕は彼女を知っている。僕はシオン=ブロックという存在を一方的にだけど知っている。少しくらいは彼女のことを理解している。
だからだろうか。
僕のエゴが、彼女をどうにかしようと思ってしまったのは。
僕が、彼女を可哀想だと思う原因を、取り除いてしまいたいだなんて、そんなことを考えてしまったのは。
ゲームの世界に来て、色々と混乱しているのが原因なのかもしれないけど。
でも、多分、僕はきっと。
――この世界で初めて出会った彼女に、救われたような気がしたから。
シオンがいたから、僕は現状を受け入れたんだ。この世界は、〈終わりの後で〉の舞台で、僕はそこに転移してしまったんだって。
転移してしまったものは仕方がない。だから、前に進む、進むしかない。なんとかなる、どうにかなる。
だから、まず最初にやることは――。
「わかったよ、シオン」
彼女の名を呼んで、色々と話をしてみるところからだ。
僕らが本当の意味で落ち着いて話をするまで、あと一時間。
この一時間は僕と彼女が出会って、混乱と暴走混じりの自己紹介。
ファーストコンタクト。
ボーイミーツガール。
落ち着きが足りないだとか、あの時はおかしかったからもう一度やり直しだなんて、そんな風に思えてくるくらいに、よくわからない出会い方。
……まぁ、初対面でこれだけ話せるだけマシだってことにしておこう。これが僕らにとっては最善だったのだ。必死だったなりに最善だったのだ。そういうことにしてほしい。
「――少しだけ変なことを言うけどさ、シオン。色々と落ち着こうか。お互いに」
可哀想だとかそういう感情は後回し。まずは色々と落ち着こう。
テンパったファーストコンタクトはお約束だけどさ。でも、少しくらいは落ち着いておこう。でないと、何もかもうまくいかないような気がする。
そして、落ち着いた後は――何を話せばいいんだろうか。
そのことについて、今のうちに、僕は少しだけ考えてみることにする。
合間を見ては、チマチマと執筆しています。
……が、次話の投稿は遅れそうです。




