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僕と駒鳥と、呪いの屋敷。  作者: 栗しんや
1/3

プロローグ

 というわけで、こっそりと。

 生暖かく見守っていただければ幸いです。

 薄暗い部屋の中で目が覚めた。

 思わず瞬きを数回しながら、背中にふわっとしたものが当っていると感じた。どういうことなんだろうか、と思っている内に、視界がだんだんとハッキリしてくる。そこでようやく、自分が仰向けに倒れていることに気が付いた。

 上半身を起こして、頭を軽く横に振る。瞬時に湧き上がってきた密度の悪い思考を振り払い、深く息を吸って気分を整える。考えるのはその後でも構わない。

 一度、二度、三度。深呼吸を繰り返すたびに、乱れていた心臓のリズムが落ち着いていくような気がしてくる。

(――ここは、どこだろう)

 漠然とした問いかけ。それには誰も答えてはくれなかった。ただ自分の呼吸が聞こえてくるだけだ。

(僕は、僕は――)

 誰も答えてくれないから、今度は自分自身へと問いかけてみる。その答えは頭の隅から容易に出てきた。

 僕の名前は、灰坂卓也。17歳。普通の男子高校生をしている。趣味は読書とゲーム。一軒家に父と母と三人暮らしで、さっきまで僕は自分の部屋の中にいたはずだ。

 ――と思い出して、ホッとした。

 どうやら、自分の記憶はそれなりに無事らしい。致命的なほどの記憶の欠落はなさそうだ。どうしてここにいるのか、それまでの過程がわからないけども。

(ここは、どこなんだろう)

 薄暗い部屋の中を見渡しながら、空気にシットリとした何かが混じっているように感じる。

 まず、最初に目に映ったのは、天蓋付きのベッドだった。透き通ったベールのようなもので光を遮り、眠っている誰かを守っているような感じがする。

 次に目に映ったのは、床に敷かれた赤いカーペットだった。ふんわりとした感触はこれだったのかと、カーペットに触れてみようとする。なにやら、変な気持ち悪い感触がある。よく見てみると、埃が溜まっていた。長年掃除されていないような感じがする。

 ふと、僕の視界に明るい何かが差し込んだ。顔を上げる。部屋にある窓から、光が差し込むのが見えた。思わず立ち上がって、窓へと近付いて、外の様子を窺う。

 そこには、青い空と太陽があった。何一つ変わった様子のない、そこにあり続ける存在。風が強いのか、いくつかの雲がそれなりの速さで流れていく。

 流れる雲が、太陽の姿を一時的に隠す。光が遮られ、少しだけ世界が暗くなった気がする。この部屋を薄暗いと感じたのは、雲が気まぐれを起こしたからなのかもしれない。

 やがて、飽きてしまったのか、雲が太陽を隠すのを止め、どこか遠くへと消え去っていった。

 ふと、僕は部屋の中へと視線を戻す。太陽の光が差し込んで、部屋中の色を浮き彫りにさせる。

 ――それは、墓場のような場所だった。

 古びて朽ち果てた家具があった。カーペットの上に埃が積もりに積もって、僕の足跡を残していた。部屋の隅に、蜘蛛の巣が張っていた。どこか、カビ臭かった。

 かつて、ここに誰かが住んでいたような、そんな部屋だった。

 ――そして、これと同じような部屋を、僕はどこかで見たような気がした。

(なんだったっけ、ここ、は)

 わからないことが多すぎた。

 ここはどこなのか。僕はどうしてここにいるのか。

(なんなんだよ、どうして僕はここに――)

 ふと、違和感があった。両手を上げる。どちらの手にも穴開きグローブを嵌めてある。

「……あれ?」

 ――穴開きグローブなんて、着けてたっけ?

「あれれ?」

 そうだ。僕は、手に何も着けていなかったはずなのだ。

 じゃあ、これはどういうことなんだろうか。持ってもいないはずで、嵌めた記憶もない穴開きグローブがこの手にあるのはどういうことなんだろうか。

 それに、

(それに、なんだよ……この頭の違和感は)

 耳がぴょんと頭の上に立っているような違和感は何なんだ?

 何気ない気持ちで、僕の手を耳のあるべき場所へと近付けてみる。けれども、そこには何もなかった。

「…………え?」

 ぺたぺた。髪の感触はあるけど、耳が無い。あれ、え、どういうこと。どこだどこだ耳はどこなのだ。

 そうして、頭の上へと手を持っていった時に――それに触れた。

「――――――はぁ!?」

 思わず尻餅をつく。少しだけお尻が痛いところだけど、それどころじゃない。それどころじゃないんだよ。

「えっ? あっ? えぇっ!?」

 僕は、自分自身の恰好をサッと見回した。茶色い皮鎧のようなものに、紺色のズボン、 肩から斜めにかけている鞄。どれもこれも身につけた覚えはない代物だった。

 ――そして、

「…………えぇぇぇ」

 色々とショックで言葉にもならない声を出すことしかできなかった。

 両手は各自別のものに触れている。右手は、頭の上を。左手は、僕の尻の部分を。

 どちらも、もふもふしていた。

「…………」

 あまり認めたくはないことだけど、ケモノな尻尾が生えているみたいだ。この場に鏡が無いので、直接確認するのは難しいけど、この手の感触が何よりの証拠だった。もふもふ、ふさふさ。どちらも、ギュッと強く握ってみる。痛い。

「……なんでやねん」

 虚空へとツッコミを入れてみようとするけど、誰も答えてはくれないし、突っ込んだところでどうにかなるものじゃないので、無意味だった。ツッコむ余裕は出来たけど。

 まぁ、それはともかくとして。

「いや、本当になんでだ?」

 鏡で見たわけじゃないけど、自分がファンタジーな格好をしていることはわかった。

 なんで? どうして?

(まったく何一つわからないってわけじゃないんだけどなぁ、これはなぁ……)

 と、そんな風にため息を吐くことしかできなかった。

「――――――ぁ」

 ふと、誰かの声が聞こえた気がした。声のした方へと振り向く。天蓋付きのベッドの上を、窓からの光が照らしていた。

 そこには、彼女がいた。

 彼女は、少女だった。瞼を閉じて、心地よさそうに眠っている。穏やかな寝息。けれども、外見は、どこか気品があるような、少し触れただけで散ってしまいそうな白い花を連想させる。

 肩まで伸びた、艶のある白の髪。半開きの瞼から見えるのは、琥珀の玉を思わせるような色の目。それを包み込むようで、どこか場違いな黒のドレス。それはさながら、どこかの人形のよう。

 そんな眠り姫が、目を覚ました。

 知っている。

 僕は、彼女を知っている。

「――あなた、誰?」

 半分ほど眼を開けた彼女が僕に向かって問いかける。どこかおぼろげな視線を向けられ、曖昧な空気となって僕を呑み込もうとしているようだ。

 僕は、一瞬で思考を巡らし、思わず反射的に答える。

「――『麟太郎』」

 思わず、その名前を口にした。それは僕がゲーム用に使っていた名前だったから。もふもふ、とした耳と尻尾。そんな姿をしている時の自分は、麟太郎という名前だったから。

 けれども、その後に続く言葉がどうして出てきたのかは、一瞬だけ分からなかった。

「――シオン……シオン=ブロック」

 わからないまま、漠然と知っている彼女の名前を呟いた。知っている。僕は『麟太郎』のことも、彼女のことも知っている。

(だって、麟太郎ってのは。君がシオンと知っているのは――)

 そこで、僕はようやく現状を大まかにだけど理解する。というよりは思い出した。キッカケと原因らしきもの。それでもわからないことはわからないとしか言えないんだけども。

(――そう考えてみると、やっぱり色々とシックリくる。夢だと思いたいけどさ)

 内心で一つため息。どうやら、夢ではないみたいだ。

 一つだけ言えることがあるとすれば、どうやら僕は遊んでいたゲームの世界に来たらしい。

 麟太郎という名前のプレイヤーと、シオン=ブロックという名のNPCがいる、この世界に。

 MMORPG〈エルダー・テイル〉を原作とした、〈終わりの後で〉というゲームの世界に。

 近々、次の話を投稿します。

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