ヴァランドルア激戦区――――4
ミコート自治州でクロウは一人の少女と出逢った。
何故、どうして、どこでとか、そういう理由は正直覚えていない。それでも、ある日その少女に出逢ったのだ。ミコート自治州に辿りついてからすぐのことだった。
少し奥の森の中にその少女はいた。
木々の間の中でまるでなにかと戯れるように彼女はいたのだ。
始めの印象はまるで人形のような少女だった。白い簡素な服と首に巻いた白のマフラー。白い髪と伏せられた目。作り物めいた、女の子だった。
最初は警戒されたけど、お互い歳も近い子供だったからすぐに仲良くなれた。あまりしゃべらない子だったけど、元々そういう娘だった。
聞けば少女は、アインゼルス王国の貴族だったらしい。なるほど動きの一つ一つにどことなく気品があった。ホージン皇国の華族によく似た雰囲気だったし。
亡命して、すぐだったから子供にやることはない。
だから、二人で毎日会って森の中で他愛ない話をした。
――そして一つ約束をしたのだ。
少女は元貴族で、戦争が始まったから逃げた。だから元々の王国としての地位は失ったらしい。でもできるなら元いた家に帰りたいと。このミコートの森もいいけれど、生まれ育った家に帰りたいと少女は言っていたのだ。確かに、周囲の大人は怖いお金持ちばっかで、権力とかわけのわからないものに執着していたけど、あんな風にはなりたくない。
――優しい貴族になりたい。
そう彼女は言っていたのだ。
普段は小さな声で喋る少女が何時になくはっきりと言った言葉で、だからこそ印象的だった。
ただ、戦争が怖くて逃げ伸びて、両親に言われるままだった自分が恥ずかしくなるくらいだった。
だから、クロウはこう応えたのだ。
――手伝うよ。優しい貴族になった君を僕は護れる騎士になる。
騎士。それはアインゼルスのサムライのようなものだったはずだ。おもいっきり下級身分だったクロウはサムライにはなれないけど、それでも、優しい夢を語る少女の力になりたかったのだ。その言葉に少女は驚いたように目を見開き、そして僅かに微笑み、護ってねと言ってくれた。
ドキンと、胸が高鳴った。
それは子供の夢物語だ。戦火が広がるなかで、亡命した少女が元の地位を取り戻すのは不可能だし、同じく亡命したクロウが王国に騎士やサムライとして行くのもまず不可能だ。
でも、二人は約束したのだ。
例えその森も街も焼き払われても、その約束は忘れなかったし、その後会えなくて死んだと思ったけど、もしかしたらと、生きていたら彼女も優しい貴族になる為に頑張っているのかもしれないという想いは確かにあった。
そう、約束したから――――
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ミコート自治州でセレス・アルト・ファルニシアは一人の少年と出逢った。
何故、どうして、どこでとか、そういう理由は正直覚えていない。それでも、ある日その少年に出逢ったのだ。ミコート自治州に辿りついてからすぐのことだった。
少し奥の森の中には少年は現れた。
森の中で特にやる事もなかったから精霊と戯れていたら、その少年は現れたのだ。
始めの印象は暗い少年だった。地味で装飾の全くない服装、黒い目と黒い髪。王国で多い金やブロンドのような派手な色ではなく、吸いこまれそうになる色だった。
最初は警戒したけど、お互い歳も近い子供だったからすぐに仲良くなれた。例によって感情を表したり、言葉を紡ぐのは苦手だったけどそれでも彼は聞いていくれた。
聞けば少年は、ホージン皇国の下級士族だったらしい。なるほど、王国の貴族のボンボンにはない生気というか活気があった。
亡命して、すぐだったから子供にやることはない。
だから、二人で毎日会って森の中で他愛ない話をした。
――そして一つ約束をしたのだ。
セレスは元貴族で、戦争が始まったから逃げた。だから元々の王国としての地位は失った。でもできるなら元いた家に帰りたい。このミコートの森もいいけれど、生まれ育った家に帰りたかった。確かに、周囲の大人は怖いお金持ちばっかで、権力とかわけのわからないものに執着していたけど、あんな風にはなりたくない。
だから優しい貴族になりたかった。
戦争なんかに明け暮れるのではなくて、ただ穏やかな日常を民や家族と共に謳歌できる貴族になりたかったのだ。
そう彼に言った。そして彼はこう言ってくれた。
――手伝うよ。優しい貴族になった君を僕は護れる騎士になる。
嬉しかった。こんな馬鹿なことにそんなことを言ってくれたなんて。彼は笑ってそう言ってくれた。だからだろう。笑うのが苦手な自分が吃驚するくらい自然に微笑むことができた。
とくんと、胸がなったような気がした。
それは子供の夢物語だ。戦火が広がるなかで、亡命したセレスが元の地位を取り戻すのは不可能だし、同じく亡命した他国の少年が王国に騎士として行くのもまず不可能だ。
でも、二人は約束したのだ。
例えその森も街も焼き払われても、その約束は忘れなかったし、その後会えなくて死んだと思ったけど、もしかしたらと、生きていたら彼女も優しい貴族になる為に頑張っているのかもしれないという想いは確かにあった。
そう、約束したから――――
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「なのにお前、こんな所で傭兵なんかやりやがって!」
「なのに貴方、こんな所で傭兵なんかやっていた!」
叫びと共に、颶風と雷光がぶつかり合う。もう、何度目か。どれだけ時間がたったのか。お互い時間の感覚は消え去りそれでも二人の激突はまだまだ苛烈さを増していく。
「ふざけんな、どういうことだよ!」
翡翠の結晶が宙を舞う。クロウの眼前のソレの数は十七であり、それを叩き割る。そして、叩き割った軌道上に生じた風の刃もまた十七だ。
「それは、こっちのセリフ!」
風の刃に対し、薙ぎ払うように槍を振う。薙ぎ払いの軌道上から雷撃が奔る。風刃と激突し互いに掻き消えるが、二人ともそんなことはまったく意に介さずに、
「――優しい貴族様になるんじゃなかったのかよ!」
「――護るって言ってくれたのに!」
黒風と白雷が凌ぎ合う。
その中で二人が思い起こすのは、この戦場で再開した時のこと。
戦場の中で、かつてと何一つ変わらぬ姿を見て、愕然とした。優しい貴族になるといった少女が、護ると言ってくれた少年が、こんな所で、こんな地獄にいたのだから。なんで、なんでと思った。どういうことか聞きたくて、でもここは戦場で、突っ立ていれば死ぬのだ。邪魔してくる他の連中を薙ぎ払いながら、どういうことかを互いに詰問しあった。
「おおおおおお!!」
「ああああああ!!」
双剣と槍の動きが音速を超える。気による超強化を基本にし、クロウは魔石と体術、セレスは精霊術。互いに持てる力を全てを出し切ろうとする。出し切っても、それでも僅かに相手に上回られたら、限界を超えて、相手を超えていく。
知りたかった。確かめたかった。あのかつての子供同士の夢物語を覚えていたのか。あの約束を抱き続けて来てくれたのか。
だから確かめるために、刃を交えた。覚えているのなら証明してほしい。忘れているなら無理矢理にでも思い出させてやる。
――例え殺してでも。
「なあ、おい。どうなんだよ。なぁ」
「そっちこそ。聞いてるのは、私」
血が飛び散る、骨が砕ける、肉が裂ける。無事な所は一つもなく、痛みがない所なんて欠片もない。だが、そんなことはどうでもいいのだ。くだらない、痛みなんてどうでもいい、自分の身体なんて知ったことか。目の前のこの馬鹿を殺してでも止めないと気が済まない。
「こんな地獄で傭兵なんかやってるお前は。俺が殺してやる」
「こんな地獄で傭兵なんかやっている貴方は。私が殺す」
だって、もっと他にやる事があったはずだから。もっとやってほしいことがあったから。
互いに距離を取る。十数メートルは距離が開いたが、それは一瞬の停滞でも休息でもない。
決殺の為の溜めだ。
クロウは腰から抜いたのは短剣の鞘だ。ソレを巻いていた包帯をはぎ取り、曝されたのは翡翠の色。
それは鞘の形をした魔法石。超高純度の風の魔法石を鞘の形に加工した物だ。無論言葉にするほど簡単な物ではない。実際、一流の細工師に政策を依頼したのは一年前のことだが、完成したのは昨日のことだ。それに掛った金も膨大な金額になっているがだからこそ、決殺になりうるのだ。
セレスは口元に巻いたマフラーを取り、右腕に巻きつけた。マフラーには、元々の生地と同色で目立たない刺繍があった。それはセレス自身が縫い付けたものだ。
イメージロックという技術がある。気の使い手であるセレスは門外漢ではあるが簡単に言えば本来イメージ頼りで効果が一度切りの魔法の効果を術式という形で安定化させたものだ。それをヒントにして生みだしのがこの刺繍だ。
一年前からセレスが丹精に、自ら縫い、描いた刺繍。魔法的な要素はまったくないが、セレスの想いが込められたソレは精霊にとっては極上の奉納物だ。それを媒体に精霊魔法が使えるのは一度きりだが、だからこそそれは決殺になりうる。
「――――」
視線が交叉するが言葉はもうでてこない。もう何度同じ問答を繰り返したのだろうか。もうここまでくれば意地なのだ。男の意地と女の意地。
クロウは魔石の鞘の双剣を収め頭上で刃を重ねながら十字に振りかぶる。
セレスは右腕を思いきり振りかぶる。
クロウの身から過剰に強化された余波で風が吹き荒れる。
セレスの身からは彼女から奉納される無言の感情に精霊が応え、雷が音を立てて弾ける。
そして、
「――――狂乱怒涛ォォ!!」
『――我が槍は我が意思なり! 我が意思こそは遍く尽くを穿ち貫く槍なり!』
斬撃の瞬間に鞘は砕かれて尋常ではない規模の暴風が荒れ狂い、投げられた槍が手を離れた瞬間に埒外の量の稲妻が迸る。
戦場を黒の暴風と白の稲妻が染め上げる。
●
戦場を染め上げた黒と白の結果を、誰もが見た。武器を振りながらも、しかし意識は全員が向けていた。
光が晴れる。だが、未だ土煙りが多くあり、二人の決着はわからない。
この一年間、この戦場で何度も繰り返された二人の死闘、いいや、周囲から見れば痴話喧嘩だ。下手に横やりを入れると即排除されるから誰も手をださないが、それ以上に痴話喧嘩に介入する気もなかったのだ。
だからこそ、この馬鹿二人の痴話喧嘩の結果を誰もが求めた。
そして、それは戦場の外から見れば、どうしようもない隙であり、
――数百にも及ぶ閃光が戦場へと降り注いだ。