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刻みあう二人の物語  作者: 柳之助
3/5

ヴァランドルア激戦区――――3


 クロウは元々戦争難民だ。

 十年前に勃発し、世界中を巻き込み、未だ終わる気配を見せない大戦争。当り前のことだが、世界中の誰もが戦争に没頭しているわけではなかった。

 むしろ、開戦する数年前後は主要大国の混乱は激しく、それにより民間にもかなりの影響が出た。物価の急激な変動や民間人への徴兵、さらには戦争を反対するデモなど、小さなことから上げれば数えきれないほどだった。その中でももっとも影響が大きいと言えるのが戦争難民だ。基本的には誰だって戦争なんかしたくない。力至上主義であり現皇帝の圧倒的なカリスマに支配される帝国や宗教により統一された宗教国家はともかくその他の国から生まれた難民は膨大な数に上った。

 

 皇国、公国、王国、共和国のから生じた難民のほとんどは中立である自由都市国家や自治州、他種族連合へと亡命した。

 その中で、皇国から亡命した中に当時十歳程度のクロウとその両親たちもいたのだ。クロウの家族が向かったのはミコート自治州だった。規模としては大きい国でもないが、商業的には成長を続け、自由都市や多種族連合への強い繋がりもあった。帝国のように力至上主義でもないし、宗教国家のように宗教で精神的に縛っているわけでもなかったから、難民たちも他の主要国よりも行きやすかったのだ。実際クロウの他にも多数の難民がその三つの地域に逃げ込んでいた。


 クロウがミコート自治州で落ちついたのは森の多い街だった。自然が豊富で、空気が美味しくて、とにかく綺麗なことを覚えている。詳しい場所や地理は幼かった故に曖昧としているが、それでもいい場所だったのは覚えている。

 その頃からある程度は武術や気の遣い方を覚えていた。それでも子供レベルではそこそこできるというだけだった。だからいつか戦乱に巻き込まれても自衛ができるように、鍛錬を積んでいこうと、考えていたのだ。



 なのに、たった数カ月もなく、その街は燃やされた。


 

 跡形もなく消え去ったのだ。原因は進軍を進めた帝国の仕業だった。クラナーダ帝国第三皇子シュバルツヒルト・フォン・ゲオルギア率いる帝国軍に跡形もなく燃やされた。なにもかも、跡形もなく。 

 生き残ったのはクロウを含めたほんのわずかの人間のみだった。両親は死んだ。仲良くしてくていた人も死んだ。関係ある人も関係ない人も皆死んでしまった。僅かに生き残ってる中で知り合いなんてほんのわずかだ。今でも覚えがあるのは、クロウよりもいくつか年上の少年。五つは上だった彼は確か共和国の軍の学校に行ったらしいが、その後の足取りは不明だ。

 

 だから残ったものはない。自分の身体だけ。

 それでも、死んだ人たちに申し訳なくて、死にたく無くて、這いつくばるように、生き汚く、生きた。

 てっとり速いのが傭兵だから傭兵になった。だが所詮は子供であり、何度も死にかけ、それでも、生き延びた。

 ただ、生きた。

 なにも誇れることはなく、むしろ恥じるようなことばかりの人生だった。そしてそれでもある程度の実力を付け、ヴァランドルア激戦区でも生き残り続け----彼女と出逢ったのだ。












 セレス・アルト・ファルニシアは元々アインゼルス王国の貴族だった。

 格別身分が高いというわけはないが、低くもなく、そこそこの地位の貴族のお嬢様だったのだ。だが、それも戦争が始まるまでの話しだ。正確に言えば帝国が各国への侵略を始める直前の話だ。クラナーダ帝国を始めとした帝国連合は突如として、他の国に宣戦布告したが、それでもまったく余兆がなかったわけでもない。もし、戦争が近いうちに起こったらどうするべきか、貴族や王族同士でも頻繁に話し合われた。

 セレスの父は所謂日和見主義だった。もし仮に戦争が起きたら多くの死者がでる。だから早い内に降服するべきだと主張したのだ。そしてそれは通らなかった。当然だ王国にも大国としてのプライドがある。降服を促され、はいそうですかと受け入れられるわけがなかったのだ。実際、戦争が始まっても降服などはせずに二十年も続いたのだ。

 だから、セレスの一族、セレスと両親、数人の使用人と共に戦争が始まる直前に王国から抜け出した。向かった先はミコート自治州だった。規模としては大きい国でもないが、商業的には成長を続け、自由都市や多種族連合への強い繋がりもあった。帝国のように力至上主義でもないし、宗教国家のように宗教で精神的に縛っているわけでもなかったから、難民たちも他の主要国よりも行きやすかったのだ。実際クロウの他にも多数の難民がその三つの地域に逃げ込んでいた。同じような難民の数は多かったが、それでも貴族として権力の名残を使う事で比較的簡単に亡命できた。


 セレスがミコート自治州で落ちついたのは森の多い街だった。自然が豊富で、空気が美味しくて、とにかく綺麗なことを覚えている。詳しい場所や地理は幼かった故に曖昧としているが、それでもいい場所だったのは覚えている。なによりも精霊をより身近に感じられた。当時から精霊術の高い適正を垣間見せていたセレスにとって森の精霊は友達のようなものだったのだ。

 その頃はたしなみとして槍術を習っていた。それでも子供レベルではそこそこできるというだけだった。だからいつか戦乱に巻き込まれても自衛ができるように、鍛錬を積んでいこうと、考えていたのだ。



 なのに、たった数カ月もなく、その街は燃やされた。


 

 跡形もなく消え去ったのだ。原因は進軍を進めた帝国の仕業だった。クラナーダ帝国第三皇子シュバルツヒルト・フォン・ゲオルギア率いる帝国軍に跡形もなく燃やされた。なにもかも、跡形もなく。 

 生き残ったのはセレスを含めたほんのわずかの人間のみだった。両親は死んだ。仲良くしてくていた人も死んだ。関係ある人も関係ない人も皆死んでしまった。僅かに生き残ってる中で知り合いなんてほんのわずかだ。今でも覚えがあるのは、セレスよりもいくつか年上の少年。五つは上だった彼は確か共和国の軍の学校に行ったらしいが、その後の足取りは不明だ。


 だから残ったものはない。自分の身体だけ。

 それでも、死んだ人たちに申し訳なくて、死にたく無くて、這いつくばるように、生き汚く、生きた。

 てっとり速いのが傭兵だから傭兵になった。だが所詮は子供であり、何度も死にかけ、それでも、生き延びた。

 ただ、生きた。

 なにも誇れることはなく、むしろ恥じるようなことばかりの人生だった。そしてそれでもある程度の実力を付け、ヴァランドルア激戦区に至り----彼と出逢ったのだ。
























「隼落――」


 気で強化された右肘が落ちてくる。隙が小さく、コンパクトな動きだ。超至近距離からクロウが放ったそれをセレスは槍を当てる事で凌ぎ、


「――鷹捲」


 右肘を打ち出し半身になった姿勢からさらに螺旋運動を追加した左の掌底が叩きこまれる。巨大な岩にすら風穴を開けるそれを、


「その動きは知っている」


 先読みしたように、肘を受け止めた槍を回すことで受け止める。

 だから、クロウは動きを止めなかった。


「狂奔――」


 回し蹴りだ。元々半身になっていた体をさらに回す。完全にセレスに背中を向け、踵を頭部へと放つ。また槍の動きで止められた。顔の真横に迫り来る蹴撃に顔色一つ、表情一つ動かさずに防御したのだ。だが防がれたことに欠片も動揺していないのはクロウも同じだ。全く揺らがない黒と赤の瞳は交叉し、


「――」


 動く。左の足を蹴りに使ったから、今は右の足一本で立っている。それは不安定で、隙も多い。だから、その右の足も攻撃に使う。両足を完全に地面から離す。体を捻りながら、両手を地面に置き、体を支え、


「――穿風」


 浮かせた右足を真っ直ぐに叩きこむ。逆立ち気味の直蹴りだ。ぶち込む直前に僅かに肘を曲げ、インパクトの瞬間に思い切り伸ばす。地面を利用して威力を上げるのだ。気で超強化され、地面との反作用を用いられたその一撃は、


『――はやく はやく はやく 私は貴方の下へと至りたい』


 大気をぶち抜きながらも空振りした。













「!」


 バチッ、と雷光が弾ける音が背後から聞こえた。視線を上げる。そこには槍を振りかぶり、全身に白雷を宿したセレスがいて、


「……遅い」

 

 背骨目がけて雷槍が振り抜かれる。


「ガァァァ!?」


『――貴方は遠く まだ誰も辿りつけない 彼方にいる貴方に手を伸ばすことしかできない』


 ギリギリで気の強化は間に合った。防御力や耐久力を極限まで上げたが回避は間に合わなかった。体がぶっ飛ぶ。地面を数度バンウドし、周囲の乱戦にぶち込む前に、


『――だから走ろう 駆けよう 未だ遥か遠い貴方に手が届くまで』


 既に白光を纏いながら先回りしたセレスがさらに一撃を叩き込んだ。いや、それは一撃に見えただけの連撃だった。一瞬に放たれたの突きも払いも薙ぎ、槍で出来る全ての動きを一瞬の内に叩きこんだのだ。

 

『――ああ なのに 届かない 遠い 遠い 私の心は届かない』


「ぐ、あ、あーーー!」


 超高速の連撃はかろうじて、凌ぐ。致命傷は避けるが、それでも全ては捌き切れずにまたもや飛ばされ、


『――私は弱く 小さく 儚いから どうかお願い いつか何時の日か 私の叫びに気付いてほしい』


 白が奔る。

 雷が疾走する。

 雷撃転飛と駆けまわる。

 死山血河の戦場を照らし輝く。

 戦場の空白を数十の白の軌跡が埋め尽くす。

 中心はクロウであり、雷光を纏うセレスの翻弄されている。


『――白の唄・奔れ神鳴りの稲光』


 精霊魔法、その上位発動。

 それがセレスの超高速機動の正体だ。基本的に精霊魔法とは世界に満ちる精霊から力を借りて、精霊の力の一部を発動するというものだ。気や魔法とは全く別系統の力だ。精霊と対話し、目的を願い、それを精霊が聞き届けてくれれば発動する魔法。が、当然ながら誰もが使えるわけではない。精霊とて生きている。生きているからこそ、力を貸す相手にも好き嫌いが生じるのだ。精霊に愛されるという才能がなければ、精霊魔法は使えない。


 そしてセレス・アルト・ファルニシアは精霊に愛されている。


 それもかなりの強烈に。寵愛されていると言っていいだろう。とりわけ相性がよかったのは雷の精霊だった。雷系の精霊は基本的に戦闘以外には応用しにくい。だからこそ、幼少の頃より貴族らしからぬレベルの槍術を学んで来たのだ。

 その上で先ほどから謳っていたのは精霊への奉納の歌だ。

 基本的に精霊は歌や舞いを好む。だから、何の意味も持たない唯の言葉の羅列は精霊の寵愛されたセレスが紡ぐことにより、精霊は活性化し、彼女にその力を与える。

 

 今の彼女にはかなり高位の雷精が宿っていた。唯力を借りるのではなく己の物とする上位発動。だからこその超高速機動。実際の雷に速度は届かないとはいえ音の速さはすでに超えていた。彼女の奥の手の一つ。セレスが精霊の愛し児、雷精の姫とまで呼ばれ、『白銀の戦乙女』の二つ名を冠する所以だ。


 そして、戦場を照らす戦乙女の舞に飲み込まれたクロウは―― 


「……は、は、は……そうこなくちゃなぁ……」


 笑って、いた。

 全身に雷撃を受け、流れる血すら蒸発するなかで、口角を釣り上げ、嗤う。

 ダラリと、双剣を握る腕が動く。腰に付けた小さなポーチから取り出したのはかたくさんの小さな翡翠の結晶。それをクロウは纏めて握り、


「――」


 軽い動きで、周囲に放り投げられた。

 それらを双剣で叩き斬った。

 刹那、


「――抉れ、荒び颶風」


 翡翠は黒に染められ、戦場を照らす白雷が黒風に断ち斬られる。


「――ッ!」


 戦乙女の舞踏が強制的に止められた。そしてそれだけではなく、


「ハハッ」


「ッ!?」


 血にまみれたクロウ黒風を纏いながら眼前に来ていた。荒ぶる颶風を纏う凶鳥が(双刃)を広げる。

 

「ッハハハハハハハ!」


 二つの斬撃が、暴風のようにセレスを切り刻む。雷撃舞踏はもろに受けた。気で可能な限りダメージを軽減したが、それでも受けた被害は甚大だ。


 だが、それがどうした。


「まだ、まだぁッーー!」


 叩きこまれる双刃よる疾風の刃の速度はそれまでよりも遥かに速い。昂る感情が、気による強化を際限なく高めているのだ。

 雷速舞踏には押された、劣勢に陥ったのは確かだ。だからこそ、クロウは己を鼓舞する。

 負けるか、と。今度は俺が、と。

 勝利を渇望し、セレスへの殺意を高め、足元に翡翠の拳大の結晶を落とし、踏みつぶす。足元から暴風が吹き荒れ、それを使い身を跳ばす。


「――疾風怒涛……!」


 超音速の二刀の颶風。セレスの槍をすり抜け、叩きこむ。

 凶鳥が戦乙女を蹂躙する。


「……!」


 





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