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刻みあう二人の物語  作者: 柳之助
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ヴァランドルア激戦区――――2





 対帝国連合軍傭兵のヴァランドルア激戦区の主戦区域から徒歩で半日分ほど離れた街、ガルドアだ。街といっても唯の街ではない。周囲を防壁で囲み、さらには防壁自体にも硬化魔法の術式が刻まれている要塞都市だ。人口は三千人程。正規兵が千五百人、傭兵が千人、その家族や商人たちで五百人ほどだ。ヴァランドルア激戦区、いや、地方はそれほど広くない。中央に盆地があり左右には山脈が存在し、前後は帝国と宗教国家があるのだ。盆地自体もそれほど広くなく、斬った張ったをするのは千人と少しが限界。それでも敵大国に隣接している地域ということで重要度はかなり高いのだが。

 ともあれ、戦争に動員できる人数はそれぞれの側でも六百人が限界だ。この地域では傭兵が多く動員されていても多くて半分の三百。


 

 だからこそ、正規兵はもちろん傭兵にも、この激戦区であれ休日というのは存在するのだ。















 



 傭兵クロウの家はガルドアの街の中心からそれなり離れた居住区だ。中心には軍関係の施設や商店があり、その周囲は正規兵の宿舎や訓練場。傭兵達が寝泊まりしているのは要塞化に従い作られた簡易住居などで、一部の者はかつて民間人が住んでいた家屋等も使っている。その一部の者にクロウも含まれていた。


「ふわぁ……」


 早朝、自分の部屋から髪を掻きながら出る。部屋といっても物は魔法石や投擲用のダガーの予備に数着の着替えの他にはベッドくらいしかない簡素な部屋だった。家そのものも簡素な平屋の家だ。台所付きの居間に個室が二部屋あるだけ。そしてそのもう一つの個室を使っているのが、


「おお、起きたかクロウ。少し待て、もう少しでできるからな」


 エプロン姿で片手にフライパンを手にしたロンガウだった。この浅黒い肌を持ち、強面の大男が料理というのはかなり違和感があることだろうが、その姿を最初に見てから既に三年近くが経っているのだ。そこらへんの感覚は麻痺している。実際この大男、料理とか家事の腕はかなりのレベルだ。クロウもできないわけではないが、サバイバル料理もどきしかできなから料理関係は彼に一任していた。少なくとも、ここ三年間は不満をもったことはない。

 居間には少し大きめの机と椅子、それに炎系の魔法石が仕込んである台所、それに土壁に張られた一帯の地図。それからちょっとした物置きに数冊の雑誌や新聞くらいだ。新聞を適当に広げ、特に目新しくもない記事に目をやる。


「ほら、できたぞ」


 目の前の朝飯が乗せられた皿が突きだされる。目玉焼きとハム、所謂ハムエッグ、それにパンだ。ホージン皇国以外ではポピュラーな食事であり、クロウには見憶えのないものだが、


「うまいんだよなぁ」


 美味しい。材料としては大したものも使っていないはずなのにやたら美味しい。いつも思うが、この大男はなにか魔法でも使っているのだろうか。


「クロウ、今日はお前どうするんだ?」


 向かいの椅子に座ったロウガンがパンにハムエッグを乗せたまま問いかけてくる。


「……ああ、そういやアレができたらしいから鍛冶屋に行くよ。あとは適当に魔石やダガーの補充とか、短剣の整備とかだな」


「ほう、アレか。そいつはよかったな、……ん? そういやお前、次の出動は」


「明日だ」


 ロウガンの口からパンが飛び出してきた。


「……ゴホッ、ゴホッ! ……おいおい正気か!? あんなモンぶっつけ本番でやる気か?」


「ああ、というか、アレだって使い捨てだ。いくら金は掛ってもな、練習なんてできない」


「……それもそうだが……というか、お前の出動は俺とほとんど被ってるわけだから、俺も明日出るわけか……」


 なんどかブツブツ呟き、それでも溜息を吐き、


「使うときは言えよな。巻き込まれたらかなわん」


「覚えてたら、な」


 苦笑しながら、クロウはパンを口に詰める。それを見たロウガンが水が注がれたコップを差し出してくれたので、流し込む。

 立ち上がり、


「じゃあ、行ってくる」


「気が早いなぁ、おい。そんなにお嬢との決戦が恋しいかよ」


「当り前だろ、いい加減そろそろ決める」


 背を向けたロウガンが発した単語、この男や周囲の傭兵仲間たちがお嬢と呼ぶ少女。

 そう、彼女が全てだ。彼女の為にクロウはここにいるのだ。銀槍を振い、雷精を纏う彼女。

 その姿を思い出し、あくまで当り前の様に、当然のことのように言う。

 彼女は、アイツは、


「セレス・アルト・ファルニシアは俺が殺すんだ」
















 帝国連合国拠点はガルドアと同じくらい離れた場所にあるヘイヴァンという街を拠点としていた。基本的な構造はガルドアと変わらない。中心には軍関係の施設や商店があり、その周囲は帝国正規兵の宿舎や訓練場だ。傭兵達が寝泊まりしているのは要塞化に従い作られた簡易住居などで、一部の者はかつて民間人が住んでいた家屋等も使っている。基本的なことはほとんど一緒なのだ。元々戦争用の要塞都市に作りかえられたのには変わらない。


 そして昼少し前、傭兵セレス・アルト・ファルニシアは中心部を歩いていた。口元を白いマフラーで隠しながら、両手で抱えるのは大きめの紙袋だ。中にはパンや干し肉に瓶入りの牛乳などの食糧品だった。彼女の住む家は街のほとんど外壁に近い。

 元々、自分が対人関係とか表情を露わすのが苦手だという事は理解している。だから、なるべく人気の少ない所で寝泊まりしているのだ。

 それでも、


「よう、お嬢。これ持っていかないか?」


「おーう! お嬢、これ余ったんだやるよ!」


 屈強な傭兵達は彼女のことをお嬢と呼び、慕ってくれる。正直自分でも困惑するが、慕ってくれたりするのは純粋に嬉しい。

 傭兵というのは意外に情が深い。というよりも、傭兵のほとんどは居場所を追いやられた者たちの末路だ。戦争が始まり、どうしようもなくなった者たちがなるような職業なのだ。だからこそ、傭兵達は一度身内と認識すると驚くほど暖かい。確かに、雇い主が変われば、昨日まで仲良く話していた者たちと殺し合うこともあるだろう。それでも笑って殺し合うのが今、今この世界の傭兵たちだった。

 セレスが昔見た、権力やお金の亡者たちに比べるとずっと素晴らしいと思う。


「セーレース!」


「ひゃっ」


 考えことをしていたら、後ろから誰かに抱きつかれた。いや、誰かは感触でわかった。顔を動かし、目線を上げれば、


「……メイリン」


「おーう、メイリンちゃんだよー」


 メイリン女性の獣人の女性だ。いや、正確には半獣人。基本的な見た目は人間のソレだが、動物の耳や尻尾が半分流れている獣人の血の証だった。赤毛の彼女は猫の半獣人だった。身長が低めのセレスよりも頭一つ分高く、後ろから抱きしめられたら、諸に自分の平坦な胸とは違う、彼女の豊満な胸に当たる。その忌々しい感触を感じながら短く問う。


「なに」


「んー、セレスの槍の仕上げ終わったから報告に来たんだよぉ!」


「そう」


「えー、反応悪い……まぁそれがセレスの可愛い所なんだけどぉ」


「……」


 今度はなにも返さない。必要のないことは喋らない主義だ。とにかく頭の上に顎を乗せるのはやめてほしい。気もなにも通していない


と普通に痛い。だから、なにも言わずに振り払って抜けだす。


「ああん、いけずぅ」


「……」


 何故か涙目になっているメイリンを放っておいて、足を進める。向かう先はセレスの家の近くにあるメイリンの工房だ。

 メイリンは鍛冶屋だ。それもかなり腕はいい鍛冶屋だ。ヘイヴァンのほとんどの傭兵は一度は自分の武器を彼女に手入れしてもらっているし、正規兵も何人かも情連になっている。

 セレスも持つ槍もこの街に来てから彼女に作ってもらった槍だ。気による槍術だけでなく、精霊術も使うセレスの為に、頑丈でありながら、精霊の効果を受けやすいというなんだかよくわからない金属で精製してあるらしい。実際使えばかなり便利だからいいのだけど。


「ああ、そうだ。セレス、次の出動って明日なんだっけ?」


 小さな動作で頷く。普通ならわかりにくい動作だが、メイリンとの付き合いはもう一年になる。だから気にした様子もなくて、


「あーそっか。じゃあ、これから?」


「……とりあえず、ご飯食べてから」


「じゃあ、それくらいは一緒にしようねぇー」


 言葉には頷きつつも、またもや抱きつかれそうになったから避ける。

 昼食を食べたら向かう先は街の外、少し離れた小高い丘に行くつもりだ。そこで少しやる事があるから。


「まぁ、その後は私にはできることないからあれだけど、頑張ってね。やっぱり明日も?」


「……」


 根拠があるわけではない、勘でしかない推測だが、それでも自信はある。これまで、一年間もそうだったのだから。


「そっか、じゃあ、セレスも女の子なんだから、彼に馬鹿にされないようにね」


「……そんなん、じゃない」 


 メイリンだってわかっているだろうに、それなのに彼女はニヤニヤ笑っている。

 そう、そんなんじゃない。メイリンが彼と呼ぶ少年とはそういう単純なことじゃないのだ。

 ただ彼が全てなのだ。彼の為にセレスはここにいるのだ。双剣を振い、風石を遣う彼。

 その姿を思い出し、あくまで当り前の様に、当然のことのように言う。

 彼は、あの人は、


「クロウは私が殺すだけ」




















 風を纏う短剣と雷を宿す槍が激突する。

 風はa高純度の魔石によって生み出されたものであり、雷は周囲の雷精に力を借りたものだ。そしてその二つは気により超強化されたクロウとセレスの身体能力で振われる。

 初速で上回るのは両手で握って刺突を放ったセレスの槍だ。雷精を宿したことにより突貫力や貫通力が上がった槍を疾走しながらぶち込む。狙いは真っ直ぐ、クロウの腹部だ。

 瞬きする間もなく放たれた雷槍、だがそれをクロウがただ受けるだけではない。

 確かに初速は劣った。ならば、その後の行動で彼女を上回ればいい。魔石により風を纏わせたことで単純な斬撃の速度は上がっている。気による武器強化のように斬撃そのものの威力や武器自体の耐久力は上げることはできないが、気で強化された肉体と加速された斬撃ならば、セレスの刺突を超えることはできなくても、追いつくことは出来る。


 双閃を叩き込む。


「オラァッ!」


「ッ……!」


 閃光を暴風が弾き、逸らす。まず一撃目はかち上げるような斬撃、二撃目は僅かに浮いた槍をさらに横からぶち込んだ。刺突の軌道が変えられる。クロウの腹部へと放たれた雷槍は狙いを外し、肩を僅かに切り裂いたが、それだけだ。

 そして、無理矢理機動を変えられたセレスに僅かな隙を生む。

 当然クロウは見逃さない。

 

旋風(つむじ)


 両腕が共に上がり、ガラ空きになった腹部へ右膝を叩き込む。気で強化された一撃だ。ホージン皇国に残る古流武術の一種をクロウがアレンジした技だ。魔石は使用していないから、特殊な効果はないが純粋な体術の技量が冴えわたる一撃だ。

 その一撃に、


「――――」


 逸らされた槍から手を離し、膝へと手を掲げる。本来ならば到底間に合わないが、雷精を身に宿すと身体機動速度がどういうわけか跳ね上がる。だから間に合った。

 掲げた手にクロウの膝が激突し、その衝撃が浸透する前に、


「……お願い」


 セレスが呟いた言葉に答えたのは精霊だった。それは奉納された祝詞でも演武でもない唯の言葉でしかなかった。だから、答えた精霊は少なく、それに伴い効果も小さく、僅かな、しかし確かな雷を手の平に生み、


「ッチ……!」

 

 クロウの一撃を阻害する。攻撃途中に雷撃を喰らい、動きが止まった。だが、すぐに気を全身に通すことで動作を取り戻し、再び膝をぶち込むが、


「と」


 遅かった。攻撃としての威力を取り戻す前に、セレスが膝を受け止めた手とスカされた槍と肩の接している部分を支点としてクロウを飛び越える。膝の一撃が空振りした頃にはすでに二人の距離は数メートル開いていた。


「――――」


 僅かの間、視線が交叉し停止する。それは刹那にも満たない一瞬の停滞。


 その上で今度はクロウが先に動いた。今の攻防で傷を受けたのはクロウだけだ。だからこそ、負けるかと言わんばかりに疾走する。

 すでに魔石によう斬撃強化の効果は切れている。魔石の効果は基本的に一度切りの使い捨てだ。数に限りがあり、そう頻繁には使えない。


 だから今度は自前の気による肉体強化での疾走だった。その疾走による加速を乗せてぶち込まれるのは基本的には双剣を使った斬撃であり、それに織り交ぜるように蹴りや肘、膝も放たれる。

 それに対抗するように雷槍は振われる。ニメートル弱もあるセレスの槍は当然ながら間合いは広い。だからといって簡単に距離を取れるほどクロウの猛攻は甘くないし、セレスもそんなことをする気はない。

 長大な槍を使った超近接戦闘。円運動を基本とし遠心力を用いる戦い方だ。槍の中心を持つから間合いは半分に限定されるし、一度回転を始めると止めにくい。だが遠心力が乗った槍の一撃は凄まじい。クロウの攻撃を逸らしながらも、その勢いでさらに回転を加速させて、反撃する。


 当然ながら超近距離、ほぼ零距離で交わされる攻防をどちらも完全に防御は受け流すことはできない。一秒毎に細かい傷が増え、血が多く流れる。


 それでも、


「――――は」


 僅かに、二人の口元が釣り上がる。




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