ヴァランドルア激戦区――――1
魔法から気に能力を改正しました
とある街の傭兵はこういった。
――――これは馬鹿二人の痴話喧嘩だと。
とある国の騎士はこういった。
――――これは悪鬼羅刹の殺戮だと。
そして、吟遊詩人たちはこう謳う。
――――これは二人の恋の奇跡の物語だと。
●
そこは戦場だった。
血が飛沫を上げ、肉がひしゃげ、骨が砕け、命が潰える。魔法の輝きが曇り空を照らし、気の煌めきが地を染める。戦士たちの絶叫が大気を震わし、騎士たちの咆哮が世界を揺らす。鉄風雷火の三千世界。支配するのは力のみ。なにもかもが力に踏みにじられる地獄がそこだった。後の世に大戦争と呼ばれるこの戦争が開戦してからすでに十年が経過していた。所謂大戦争中期激戦期である。
そして、大戦争中、最終決戦を除けば最も熾烈にして過酷と言われたのが、ここ、ヴァランドルア激戦区である。
世界最大規模の帝国、クラナーダ帝国と同じく世界最大の宗教国家の神聖ゼラグナード宗教国家の二大国が隣接しているヴァランドルア地方は元々二国同士の緊張は絶えなかった。そして、帝国が他国への侵略を開始して、当然ながら激戦区となった。戦争開始よりすでに十年、かつてはいくらかの村があったが、全てが要塞や基地になっていてかつての面影はない。もはや、大国間での地図も地方ではなく、激戦区としか表わされていない。
そして、そのあまりの激戦振りにある弊害が生まれる。
人出不足だ。
ヴァランドルア激戦区自体はそれほど広い地方ではないが、それでも各国から投入された兵士の数は膨大だ。帝国の正規近衛騎士団や宗教国家の神聖騎士団を始めとした各国の精鋭たちが多く投入されたのだ。各国の精鋭が続々とぶつかり合い、殺し合う。始まって以来次第に熾烈化する以上は人死には避けられないし、当然といえよう。だからこそ最初の五年は大量の各国の精鋭たちが投入されたが、しかし、それも続かなくなる。いかに激戦区とはいえ、戦場はそこだけではないのだ。次第に投入できる戦力が減ってくる。だが、重要な地域には変わりない。だからこそ、その存在に重きを置かれ出したのが、
傭兵たちだった。
主に各国からあぶれたはみ出し者、どの国からも追い出されて、居場所を失った者たちだ。だからこそ、正規兵達の代わりにそういう傭兵たちが戦場の主役になりだしたのだ。
●
「おおおおおッッ!」
曇天の戦場に声が響いた。声の主は一人の少年だ。歳は恐らく二十かそこらだろう。目元を隠すような少し長めの黒髪と黒目に黄色の肌。帝国側の同盟国であるホージン皇国に多い人種の青年。身に纏うのは、各国の統一規格の剣凱ではなく彼自身所有の黒の簡素なジャケットだ。それはつまり彼が傭兵だという証だ。基本的に個人所有の武装をしているのが傭兵という存在なのだ。着ているのは勿論唯の布ではない。気を通すことによってある程度の衝撃なら完全に吸収できる。
「ゼァッ!」
振るうのは二振りの短剣だった。ホージン皇国製のかなりの硬度を誇る玉鋼で練成され、さらに気で強化された超硬度の双剣だ。逆手で握り、血で濡れた地面をしっかりと踏みしめ右剣を振りあげる。行き先は帝国の騎士だ。
「ぐっ……!」
帝国の騎士も長剣を振り下ろしてくる。どちらも気で強化された一閃だ。気というのは存外に扱いが難しい。本質的な構造は一介の騎士や傭兵達は知る由もないが、何が重要なのは誰もが知っている。
イメージだ。
イメージ次第気の強弱は決まる。実際には豊富な体力が必要ではあるが、それ以上にイメージが大切だと、彼らはそう認識している。無論、同じ強化を続けるのは常時同じイメージを続けることが必要であり、それは難しい。だがしかし、だ。
その程度できなくてはこの戦場では生きていけない。
「――――!」
青年の髪と同じ黒の光を纏った短剣が、騎士の青い光に包まれた長剣を砕き、逆の短剣を騎士の首筋に叩きこむ。斬撃というイメージの下に強化された一閃は容易く首と胴体を離れ離れにした。
青年はその結果に軽く一瞥だけして、すぐに別の相手に短剣を振るった。今度は獣の顔をして斧を持った戦士、いわゆる獣人だ。元の身体能力で人間である青年よりもかなりのアドバンテージがあるが、イメージの強化、すなわち身体強化をさらに強めることでアドバンテージを消した。いや、むしろ上回っただろう。その上で、獣顔の半分を短剣を叩きつけることで粉砕させた。その大きい図体を足場として跳躍する。高く跳びすぎると射撃魔法のいい的だから、あくまでも加速の為だ。再び地面に跳び下りるのと同時に槍を持った騎士と爪を振りかけている亜人の首を叩き斬った。
「とっとと」
勢いをつけ過ぎて前転する。当然ながら周囲には武器を持った連中が正規兵傭兵敵味方入り混じってるから非常に危ない。二回ほど回った所で、
「おいおい大丈夫か?」
止められる。止めたのは、ごついフルプレートアーマーを纏い、二メートルはあろうかという、二十代後半の大男だ。正規のそれではなく彼自身の所有物の鎧であり、彼もまた青年と同じ傭兵だった。
「ロンガウか、悪いな」
呟きながら立ち上がり、振り返りながら短剣を振った。転がっていた青年に斧を振りおろそうとしていた男が喉をかっ斬られて呻き声を上げて倒れる。
「いいってことよ」
気前よく返事しながら、ロンガウは身の丈ほどもある大剣を振う。馬鹿げた力でまとめて数人が真っ二つになった。浅黒い肌に青い目。彼自身はグラナーダ帝国出身であり青年もその連合国であるホージン皇国出身だが、青年もロンガウも含めて、対帝国連合軍に雇われている。そこらへんは傭兵だからあまり気にしていない。
「何人やった?」
「あー三十からは数えてないな」
「お前なぁ、いつも言ってるだろ? あとで自慢したり戦果報告するために覚えとけってよ」
「別に、俺はそういうの気にしてない。そこそこ金は貰ってるしな」
「やれやれ」
言いあいながらも、青年とロンガウを互いを庇いあいながら双剣と大剣を振う。口は気軽といえども視線は鋭いしイメージは途切れさせない。二人ともこのヴァランドルア激戦区で数年生き残っているのは伊達ではない。幾らかの浅い傷は受けつつも、相手側の傭兵や正規騎士を確実に殺していく。
「まったく、そんな若いんだからもっと欲深くてもいいだろうに」
「わかってるだろう、俺が欲しいのは一つだけだ」
そう、言った瞬間に、それは来た。
●
背中を合わせる二人の中央にそれは来た。
雷の槍だ。
精霊魔法で作られた雷槍。強固なイメージと雷精が多く存在してる雲が多い今この瞬間だからこそできる強力な魔法だ。それが二人をまとめるように飛来してきた。それに対し、
「お、お嬢の登場か」
「……」
ロンガウは苦笑し、青年はなにかを堪えるように口を紡ぐ。同時に二人とも防御のイメージを強める。ロンガウは幅もかなり広いその大剣を盾のように掲げ、濃い赤の気の光を纏わせ、受け流す。青年はズボンの太ももに取り付けたホルスターから翡翠色に十センチ程度の石を取り出し、握りつぶす。瞬間、周囲に暴風が吹き荒れ雷を逸らす。
「……」
雷撃は十数秒は続いた。防御しきれなかった周囲の正規兵や傭兵達が焼け死ぬ。無論、ロンガウや青年も無傷ではなく、ある程度は雷で焼けるが、それでも健在だ。そして、二人が見た先は、
「――――」
一人の少女だった。
まず何よりも目立つのは血生臭い戦場のなかで自ら輝くような銀色の髪だ。肩のかかるくらいのショートカット。そして鮮やかな琥珀色の瞳。煤や血で汚れているとはいえそれでも新雪のような白い肌。身長はそれほど高くなく、青年よりも頭一つ分は小さいだろう。口元を隠す長めの白のマフラーに同じく白を基調とした軽装だ。当然、彼女も傭兵だろう。先ほど雷槍を放ったのは彼女なのだろう、彼女の周囲の大気が軽く帯電していた。
まるで人形のような少女だった。端正な顔立ちだが、欠片も表情はない。
その間は三十メートル程離れていても、その視線は、青年のみを射ぬいていた。
「――――」
言葉はない。雷精を用いた雷の槍はかなりの大魔法だ。事実三十メートル間にいたほとんどの正規兵と傭兵は蒸発し、生き残った者も重傷を負っていた。だが、そのことにはなんの感慨も持たずに、その手に二メートル弱の槍を手にしていた。
一瞬だが、周囲を静寂が支配し、すぐに元の戦乱が始まる。その中で、
「あー、じゃあ俺は外すわ。……あと俺、今日はお前に賭けてるから、そこらへんよろしくな」
「……ああ」
低く、青年は言葉を返す。ロンガウは苦笑しながら雄たけびを上げ、周囲へと大剣を振って行く。
「…………」
「…………」
戦場にぽっかりと、空白が開いた。激戦区という場所ではありえない空白だったが、しかしその空白を犯す者は誰もいない。帝国連合軍も対帝国連合軍も、そのどちらもの正規兵や傭兵たちもだ。誰も、二人の対峙に干渉しなかった。不自然だろう。本来ならばあるはずのない現象だろう。だが、しかし、その場にいる誰もが、その空白を是としていた。
「……この前は俺が勝ったな」
「…………今日は、私が勝つ」
「させねぇよ。これで勝敗は……」
「四十一対四十」
「なら、今日こそ俺が勝ち越しさせてもらうぜ」
「……させない」
言い合い、あるいは口論のようなものを続けながら一歩ずつ二人は近づいていく。会話だけはのん気なものだ。しかし、両者の身体を包み込むようにそれぞれ薄く、黒と銀の光を纏っている。強力なイメージによる身体強化が、過剰な光を纏わせているのだ。
そして、
「今日こそ、俺がお前を殺す、セレス」
「……それは私のセリフ、クロウ」
少年――――クロウは翡翠の魔法石を砕き、双剣に風を纏う。
少女――――セレスは大気中から雷精から力を借り受け、槍に雷を纏う。
双剣と槍を互いに構え、
「――――!」
少年と少女は大戦争中期激戦期、そのもっとも苛烈で過酷な戦場において。
――――ただ己の願いのためだけに殺し合いをするのだ。