見たら死ぬ呪いのテープを再生できるビデオデッキの生産が終わって十年が経った
いったい、どうしてこうなってしまったのだろう?
そんな風に自責と後悔の念に苛まれているのは、肉の身体を持たぬ霊的存在。更に言うなら生者に害を為し、その恐怖の念を活動の糧としている名もなき悪霊でありました。
「9121……いや、9122日……今日も出られなかった」
人の世に一度現れたのなら、その性質ゆえ数多の人々に害を為さずにはいられない存在ではありますが、幸いにして現在は出たくとも出られない囚われの身。日本国内には名の知れた怨霊や大妖怪を封じる神社仏閣であるとか要石などもありますが、この悪霊が封じられているのは一本のビデオテープ。
それも強力な霊能力者との壮絶な戦いの末に閉じ込められたなどという理由であれば多少は格好も付いたのでしょうが、なんと自分から入り込んで出られなくなったのだから間抜けにも程があるというものです。
「安易に流行りに乗るんじゃなかった……」
時は、二十世紀末。あえて具体的な名前を出すのは控えますが、ビデオテープに封じられた黒髪の女性の霊が大暴れするホラー映画が大ヒットしていました。
ビデオを見た者は一定期間後に死ぬという、シンプルながらも絶望的なギミック。
当時は自由気ままにフラフラしていた悪霊は、霊体の身ゆえヒマ潰しのつもりでタダ見していた映画館で「これだ!」と思いました。
幽霊基準でも強力とは言い難い、ハッキリ言って吹けば飛ぶような弱霊でも、生者の恐怖を上手いこと集めれば他の幽霊相手に威張れるくらいの大悪霊になれる可能性はあります。これまでは肝心の手段を思いつかずにフラフラしているばかりでしたが、映画の手法を丸パクリすれば効率的に栄養源となる恐怖の感情を集められるかもしれない。
まあ力が弱すぎてフィクションの内容をそのまま再現というのは無理そうでしたが、とりあえず真似できそうな範囲でやるだけやってみよう、と。そんな安易な思いつきに身を委ねてしまったのが運の尽きでした。
二十世紀末といえばDVDが本格的に市場に広まり始めた頃。
当時はまだビデオテープ派もそれなりに残っていたとはいえ、その状況では需要はほとんど右肩下がり。件の悪霊は適当な空テープに入り込んで、令和の今となっては相当に数が少なくなったレンタルビデオ店の商品棚に紛れ込んだのですけれど、客が借りていくのはほとんどが話題の新作が入った円盤メディアばかり。
あえてビデオテープの古い作品を好んで視聴するようなマニアもいるにはいましたが、その数は決して多いとは言えません。こだわりの強いマニア層はレンタルではなく購入しようとする傾向もあり、悪霊入りの呪いのビデオは一度として借りられることがありませんでした。
「もっと古い作品の価値にも目を向けたほうがさぁ……」
そして状況は更に悪い方向へ。
店側も商売でやっている以上は、いつまでも借りられない旧作をいつまでも棚に残しておくわけにはいけません。そこで即廃棄処分とならなかったのは幸運だったかもしれませんが、悪霊入りのビデオテープはそのレンタル店の運営企業が保有する倉庫に運び込まれ、そのまま置き物と化したのが十五年ほど前。
倉庫にはたまに清掃の人間が入ってくる程度で、山積みになっている映像作品の中からピンポイントで悪霊入りのビデオをちょろまかして再生してくれる奇特な人物などいるはずもありません。
レンタル店にいた頃は、悪さはできないまでも客や店員の会話から世間の様子を知ることもできましたが、そうした情報からもまったく隔離されてしまいました。
最初から強大な力を持つ霊なら自由に抜け出してどこへなりとも行けばいいのでしょうが、元々そんな真似ができないほど弱いからこそ安易なパクリに身を委ねたのです。憑りつく物品を自在に切り替えるような器用なことなど到底できそうもありませんでした。
「へえ、生産中止かぁ」
「そういや、もう随分ビデオなんて観てなかったですもんね」
悪霊にとって次の悪い報せがあったのは、今から十年前。
珍しく倉庫の中でレンタル会社の社員が立ち話をしていたのが、需要減に伴ってビデオテープを再生可能なデッキが生産を終えるという内容でした。
生産が終わったからといって世の中に存在する全ての機器が一斉に消滅するわけではないにせよ、ただでさえ少なかった希望が大きく目減りしたのは確かです。在庫を捌ける見込みが完全に消えたことで、会社が倉庫に眠らせたままのビデオの山を処分する可能性もあります。それで運良く憑りついたテープから抜け出せればいいですが、十数年も徒労感と絶望に苛まれて弱った悪霊では恐らくそのまま消滅してしまうだけでしょう。
「誰かぁ、助けてよぉ……もう悪いことしませんからぁ……」
いくら泣こうが謝ろうが状況が好転することはなし。
そして、最後に事態が動いたのは悪霊がビデオに入って三十年近くが経過した頃。
「……あれ?」
ビデオテープに憑りついた悪霊の主観としては半透明の壁に囲まれた小部屋の中に閉じ込められたような感覚だったのですが、そのただでさえ小さな部屋が毎日少しずつ狭くなっているのに気付きました。
最初の数日は気のせいかとも思いましたが、十数日も経つ頃には確信に、二か月が過ぎる頃には凄まじい恐怖へと変わっていきました。
「誰かっ!? 出せっ、出して、お願い!」
毎日じわじわと狭くなり続ける出口のない部屋。
その瞬間が何か月か何年後かは分かりませんが、次第に身動きが取れなくなって、しかし楽に死ぬこともできずゆっくりと圧し潰されるのは確実。まあ元から死んではいるのですが、残念ながら悪霊は痛みや苦しみの感覚がバッチリ残っているタイプの霊でした。
もし霊の声を聞くことのできる霊能力者でも通りかかれば、必死に助けを求める声を聞き届けてくれたかもしれませんが、ここの会社の人間にすらほとんど忘れられた倉庫ではそんな偶然を期待するのも無理でしょう。
「ひっ、ひぃぃぃぃっ!?」
ちなみに、一般的なビデオテープの耐用年数は約二十年。
悪霊が入ったテープがここまで長持ちしたのは、日光や湿気から遮られた薄暗い倉庫に保管されていたおかげでしょう。それでも磁気が劣化してしまい、もうどうしようもありません。
そんな耐用期限切れが近付く過程を、仮にビデオテープの『中』から観測したらどうなるか。それはもしかしたら、逃げ場の一切ない部屋の壁が迫って圧し潰されるかの如き圧迫感として感じられるのではないでしょうか。




