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春に紅葉

作者: 龍之介
掲載日:2026/03/13

過去を思い出していた過去を思い出す機会。

当時の価値観とはまた違った、

とはいえどこか自分の色

しばらく煙を上げた末に短くなったタバコを一吸いし、灰皿に押し付ける。

肺が乾き切ると同時に、嗚咽混じりの咳をした。

煙草とは不思議なものだ。

ため息を吐いたところで安堵など出来やしないが、深く溜めた煙を吐くと、不思議と落ち着いていられる。


心が快方に向かうため息、または深呼吸と言ったところか。


そして机の左下には、いつでも縊死出来るよう、

常に結んだ綱を置いていた。


近くの山の丈夫な木でも使おうか。

しかし、それは迷惑になる。


親の別宅を使おうか。

だが、それも事故物件となってしまっては、

両親が困るか。


電信柱なんてどうだ?

それはあまりにも見苦しいところを他人に見せてしまうか。

いや、それ以前に棒が多すぎる。


そんな事ばかりを考えていた。

いつでもこの世を去れる。

次はしばし美しい世界に生まれたい。

そんな事を思う時だけは、落ち着いていられた。

こんな事を言っている私だが、何も先天的な死にたがりではない。

芥川龍之介の死に憧れた太宰治のように

私は自殺に憧れた事も、失敗したことも一度もない。

そんなことを考え始めたのは、もう去年のことになる。


六月だった。

私は大学生になりたてで、新居にも少しずつ慣れ始め、初めてのアルバイトの面接を受けていた。


だが、その時もう何年も話していない友人からメールが来た。

そこまで仲が良かったわけでもない。


なんだと思い開くと、

「すぐに電話を掛けてほしい」

とだけ書かれていた。

用件も、理由もない。


少し不思議に思いながら電話をかけると

彼は言った。


あいつが自殺した、と。


あいつとは、兄弟のいない私にとって、

兄のような存在だった。

一つ歳上の友人である。


そんな彼が、四十万円の借金を抱え、

薬物の乱用を重ね、

ついには頭が蝕まれ、

自ら首を吊っていたのだ。


その日は、地球温暖化が進んだ今の六月にしては珍しく、涼しくて過ごしやすかった。

新しいことが身の回りに増え、心が少し浮き立っていたからだろうか。

私は、どこか春の陽気を感じていた。


そんな晴れた日に、友人が稲妻を落としたのだ。

心情的な青天の霹靂、と言ったところか。


生まれて十九年、

親族どころか、知る顔を一人も失ったことのない私にとって、

それはすぐに理解できる話ではなかった。


正しく言えば、理解はできた。


ただ、追いつかないのだ。


何とは言えないが、

何かが追いつかない。


その後すぐに、私は長く付き合っている彼女に電話をかけた。


彼女の声を聞いた瞬間、

追いつけなかったものが一気に押し寄せてきた。


防波堤が突然消えたかのように、

押し留めていたものが、すべて溢れ出た。


彼女は私を庇うでもなく、

ただ静かに頷きながら話を聞いてくれていた。


親友のこと。

借金のこと。

薬のこと。


そして、そんな彼に

一年近く連絡をよこさなかった

私自身の懺悔を。


だが数日後、

そんな彼女の道ならぬ恋を知った。

思い返せば、最近は金の無心ばかりだった。


つまり、そういうことだ。


私も一介の大学生だ。

懐が暖かいわけでもない。

貸してやれる額など、そう多くはない。


そして忽ち、彼女は自身の体を金に変えた。


元彼女、と言うべきだろうか。


親友は金で死んだ。

愛した人は自身の体を金に変えた。


私は単細胞な考えで、

自身のひもじさを恨んだ。


それと同時に、「世の中金だ」という言葉を嫌悪した。


もちろん、金に飢える人間も例外ではない。


金にまつわるものすべてが、

私の美学にはそぐわなかった。

世の中金ではない、と言ってやりたい。

そうすることだけが、

「過去は変えられない」という言葉に

アンチテーゼを叩きつけ、

過去の自分を肯定してやれると思った。


とはいえ、

世の中が何で出来ているのかなど、

すべてを手にしてみなければ分からない


幸い、父や祖父からは幼い頃より、

金の稼ぎ方や、どこかビジネスじみた話だけは、

年齢に似合わぬほど叩き込まれてきた。


だから私は、常に金を稼ぐことばかりを模索していた。


それとは裏腹に、

「世の中金じゃない。」

という言葉も、隙あらば口にしてきた。


だが、どうだ。


蓋を開けてみれば、

誰よりも金を求めているのは、私ではないか。


皮肉なことに、

私は嫌悪する人間の筆頭にいる。



そんなことを思い出しながら、

私は煙草を手に取り、火をつけた。


相変わらず、

季節の旬などといった、

良い部分だけを掬い取った言葉を耳にすると、

世の言う「出会いの季節」に別れを迎えた私は、

あの頃を思い出す。


もう二月か。

暖かい日も増えてきた。


こんな私の過去を、

少しでも格好つけて呼ぶことが許されるのなら、


それはきっと、


春に紅葉。

初めまして、お邪魔します。

そしてようこそ私の文へ。

龍之介と申します。

普段は他のところで書いていたり、

または小さなコミュニティでだけ共有していたり

そんな事をしています。


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