第二章 母
少威が再び目を開けたとき、目の前はテレビの砂嵐みたいに乱れていた。
画面は勝手に拡大したり縮小したりを繰り返し、そこに「物」として掴めるものが何ひとつない。自分の手足すら見えない。
それはかつて、彼がいちばん恐れていた夢の光景だった。
幼い頃の少威は、姉の腕の中で泣きながら父と母を探したことがある。
けれど、彼の視界にあったのは果てのない砂嵐だけで、父と母の呼ぶ声だけが、近づいたり遠のいたりしていた。
今起きていることを、少威の思考は理解できなかった。
この混乱を「そういうものだ」と納得させる形に、どうしても組み立てられない。
頭の中に残ったのは、恐怖と無力感、それから押し潰されそうな圧迫だけ。
ふと、視界の先にひとりの少年が見えた。
頭を抱え、身を縮めて丸くなっている。
少威は、その少年が誰なのか疑わなかった。いまの自分が遠くから「自分」を見下ろしている。理解できるのは、それだけだった。
その身体は、壊れものみたいにきつく縮こまっている。
両手は頭皮の一枚一枚を引きちぎる勢いで掴み、そうすれば少しは楽になるとでもいうように。
涙は止まらず、全身の隅々を濡らし、滴り落ちた水が床の上でゆっくりと溜まっていく。
やがてそれは、墨を流し込んだみたいに真っ黒な、異様な影の形になった。
遠くからそれを見ている少威には、何もできない。
ただ、見ていることしかできない。
少威は、黒い怪物が大きく口を開けるのを、瞬きもできずに見ていた。
怪物はその身体をひと口で呑み込み、何事もなかったみたいに消えた。
次の瞬間、少威は深淵に引きずり込まれるように、砂嵐の床の内側へ落ちていった。
落下の途中、まるで水の中に沈められたみたいな窒息感が、頭の中いっぱいに押し寄せる。
必死にもがいても、抜け出せない。
息をするという当たり前が、遠ざかっていく。
窒息する、と思ったそのとき。
少威は水面から勢いよく起き上がるみたいに、その圧迫から逃れた。
荒い息を何度も吸い込み、さっきまでの窒息感を思い出して、背筋が冷える。
周囲を見回した瞬間、わかった。
彼は「あの日」に来てしまっている。
家族が居間に集まり、頭を垂れ、草蓆の上で最後の息を引き取ろうとしている母を見下ろしている日。
少威の身体は、何かに操られるように母のそばへ引き寄せられていった。
少威は口を閉ざしたかった。
あのとき言うべきではなかった冗談を、今度こそ引っ込めたかった。
けれど身体は自分のものじゃないみたいに、彼の意思を聞かなかった。
「xxx xxx xxx」
感情さえも、どこか遠い。
胸が裂けるほど悲しいはずなのに、涙は出ない。
記憶の中でも、あの日の彼は確かに泣かなかった。
母が息を引き取る、その瞬間。
視界は唐突に黒へ塗りつぶされ、少威は再び目を開けることになる。




