第一章 目覚め、そして再び眠りへ
少年は夢から目を覚ました。
疲れ切った目で見上げた天井は、鉄の壁で組まれたみたいに冷たく硬い。
皮膚の上では、虫が這い回るようなざわざわした痒みが走り、抑えきれない嫌悪が込み上げる。
ベッドの下には死んだ蟻が山ほど積もっていた。なぜそんなものがあるのか、少年にもわからない。
少年はもう一度目を閉じ、昨夜の夢を思い出そうとした。
けれど、寝具に染みついた埃と、部屋にこびりついた汚れがどうしても意識を引き戻す。
掃除をしなかったわけじゃない。何度も片づけた。
それでも、年老いたこの家は、どれだけ拭いても「きれい」になってくれなかった。
少年は起き上がり、静かであるくせに耐え難い汚れた寝床から離れた。
真っ暗な二階の廊下を歩く。
木の床は長い年月で傷み、沈む場所がある。少年は暗闇の中でもそれを覚えていて、慣れた足取りで避けていく。
それでも時おり、「ギシ、ギシ」と音が漏れた。
少年は、暗い石造りの階段へ向かった。
段には埃が積もっているが、足は止まらない。汚れなど、最初からあるものみたいに。
一段ずつ降りていくと、誰もいない居間が見えた。
不思議だとは思わない。少年はそのまま台所へ向かう。
台所のテーブルの上には、失望が並んでいるようだった。
食べ物はある。けれど新しいものではない。昨日の夕飯。あるいは、もっと前の残り物。
少年はゆっくり口を開いた。
「……ないのか。」
段ボール箱が積まれた隅へ行き、何かを探して手を突っ込む。
しかし結局、何も出てこない。箱の隅には食べ終えたカップ麺の容器だけが溜まっていた。
少年は居間へ戻り、本来なら柔らかいはずのソファに沈んだ。
そしてまた目を閉じる。思考がどこへ流れていくのか、自分でもわからない。
脳裏にひとりの女が浮かぶ。
彼女は少年の手を引き、暗い道を歩いていく。
二人で小さな店へ入り、ちょっとしたお菓子を買った。
それは、少年がいちばん幸せだった頃の姿だったのかもしれない。
思わず、喉が震れる。
「……ふふ。」
しばらくして、遠くからバイクの音が近づいてきた。
時計を見ると、もう昼だった。起きたときは十一時を少し過ぎたあたりだったらしい。
少年は慌てて二階へ上がり、自分の部屋へ戻る。
バイクの音が家の前で止まるまで。
外から、低い男の声と、耳に刺さる女の声が二階まで届いた。
低い声の男が言う。
「少威! まだ寝てんのか! 何時だと思ってる!」
その声は見えない手のひらみたいに、少年の心臓をぎゅっと掴んだ。
少威は胸が締まり、はっと我に返って返事をする。
「起きてる!」
少威の返答を聞くと、男はすぐに続けた。
「俺ら出かけるから。飯は自分でなんとかしろよ。」
少威は返さない。言っても何も変わらないことを知っている。
外で車のエンジンがかかり、音が遠ざかるのを待ってから、ようやく階下へ降りた。
少威はまたソファへ戻った。
不思議なことに、さっきまで疲れていないはずの身体に、深い眠気がじわじわと満ちてくる。
意識が抜け落ちるみたいに、彼は夢の回廊へ沈んでいった。
そこは、彼がいちばん好きな場所であり、いちばん怖い場所でもある。




