第8話 鉄の亡骸と、泥の対価
「……重い。重すぎるだろ、これ」
マリアンヌを背負った俺の肩に、鉄の塊のような重量が食い込む。ヒューマノイドである彼女の体は、成人男性二人分近い重さがあった。泥だらけの路地裏を、一歩進むごとに足が地面に沈み、肺が引きちぎれそうになる。
「指揮官、代わろうか? 私なら、まだ少しは……」
「いい。ルミナは周囲を警戒してくれ。……俺たちが『得体の知れない女』を運んでるのを見られたら、昨日の二の舞だ」
王都の住民にとって、機械の人間など不気味な禁忌でしかない。案の定、大通りへ出ようとすると、通行人たちが鼻をつまみながら避けていく。
「見ろよ、あの浮浪者。死体でも担いでるのか?」 「衛兵を呼んだほうがいいんじゃないか?」
刺さるような視線。リヒターのような強者なら一蹴できるだろうが、今の俺には反論する体力すら残っていない。俺たちは異臭の漂う廃棄物置き場へと逃げ込んだ。
「……はぁ、はぁ、……クソッ」
マリアンヌを古びた藁の上に横たえる。胸の装甲からは時折火花が散り、そのたびに指先がビクンと不自然に跳ねる。システムウィンドウが、容赦なく「絶望」を突きつけてきた。
【 警告:内部魔力回路が深刻な飢餓状態です 】 【 残り稼働時間:12時間 】 【 12時間以内に『高純度魔力液』を補給しない場合、メモリが完全に消去されます 】
「高純度魔力液……。ショップでいくらだ?」
俺は震える指でメニューを開く。
【 高純度魔力液:50,000 G 】
「……ふざけんなよ。インフレが過ぎるだろクソ運営……ッ!」
ドブさらいでもらえるのは数十G。5万Gなんて、今の俺たちには国家予算にも等しい。運営はどこまでも、俺に「対価」を要求してくる。
「……ルミナ。悪いけど、一人でギルドに行って、一番『汚くて危ない』仕事を探してきてくれないか」
「指揮官? でも、二人で行かないと危ないよ!」
「俺はここに残って、マリアンヌの回路を繋ぎ止める。……これを使うしかない」
俺が取り出したのは、あの『鉄の包丁』だった。だが、今度はそれを自分の腕に向けた。
「し、指揮官!? 何を……!」
「……このゲームの隠し仕様だ。魔力液がない時の緊急措置……『生体エネルギーの強制譲渡』。プレイヤーのHPを、ユニットのMP(燃料)に変換できるんだよ」
ゲーム画面ではボタン一つ。だが、現実のそれは、自分の血管を冷たい鉄の吸い殻に直結させるという、冒涜的な献身だった。
「痛っ……あ、ぐ……ッ!」
腕を切り、マリアンヌの露出した基盤に押し当てる。 じりじりと、俺の熱が、彼女の冷徹な回路へと吸い込まれていく。血を吸い上げるたびに、彼女の内部でファンが「ヒュン……」と鳴き、満足げに駆動音を上げた。
【 HP減少中:20%... 15%... 】 【 警告:プレイヤーの生命活動が危険水域です 】
「……はは、……。笑えるな。最強の指揮官が、今じゃただの『使い捨てのバッテリー』だ」
視界が急激に白んでいく。だが、不思議と気分は悪くない。自分の命を削って、この最強の『バグ』を飼い慣らしている。その倒倒錯した支配欲が、脳内のエンドルフィンを強制的に分泌させていた。
「行ってくれ、ルミナ。金だ。……死体から剥ぎ取ろうが、泥水を啜ろうが構わない。金を持ってこい。こいつを動かすための、ガソリンを……ッ!」
ルミナは一瞬、恐怖に顔を強張らせた。だが、血を流しながら笑う俺の瞳を見て、彼女もまた、何かが壊れたような顔で頷いた。
「……わかった。私、なんでもしてくる。だから、死なないで、指揮官」
光の消えた瞳でルミナが路地裏を飛び出していく。俺は薄れゆく意識の中で、マリアンヌの無機質な指先を握りしめた。彼女の瞳が、俺の血に呼応するように、一瞬だけ青く明滅した。




