第7話 死に損ないの女神
「……回れ。回れッ!」
血と泥に汚れた指で、空中にある召喚ボタンを叩きつける。 実績報酬で得た魔法石1000個。三連ガチャ、一回分。ここでまともな戦力が出なければ、俺たちの命は次のデイリークエストで尽きる。
一回目、ハズレ。ただの鉄屑。 二回目、ハズレ。またもや消費アイテムの木の実。
「……やっぱり、こんなもんかよ」
膝の震えが止まらない。たった三回の試行回数に全てを賭けるなんて、廃課金兵だった頃の俺が見れば鼻で笑うだろう。だが、今の俺にはこれが全財産で、全人生だ。 最後の一回。ボタンを押そうとしたその時、脳の奥を直接かき回すような強烈な「不快なノイズ」が響いた。
キィィィィィィィン!
鼓膜を突き抜けるような高音。視界に走る光は、虹色ですらない。 どす黒い漆黒の中に、黄金のひび割れが走るような、見たこともない禍々しい「確定演出」だった。
「な……なんだ、これ? 昇格演出か……?」
光の中から、一人の女性が「落ちて」きた。純白のドレスはボロボロに裂け、全身に機械のパーツが露出したヒューマノイド。無機質な瞳が俺を捉え、システムメッセージが視界を埋め尽くす。
【 レアリティ:UR 】 【 個体名:マリアンヌ 】 【 状態:再起動不能 / 廃棄シークエンス実行中 】
「マリアンヌ……? 嘘だろ、こいつを引いたのか!?」
俺は息を呑んだ。彼女を知っている。 サービス開始直後、チュートリアルの最後で自爆して退場するだけのイベント用ユニット。プレイヤーが操作することも、生存させることも不可能な、ただの「死ぬためのデータ」だったはずだ。
「マリアンヌ! しっかりしろ!」
抱き起こした彼女の体は、驚くほど冷たく、重い。胸の装甲が剥がれ、そこにはカウントダウンのような赤い数字が点滅していた。
『自爆まで……180秒』
「指揮官、その人は……? 身体が機械でできてるなんて……」
ルミナが怯える中、俺の脳内にある廃ゲーマー知識が、猛スピードで回転を始めた。 マリアンヌが死ぬことで物語は始まる。だが、ここは現実だ。もし爆発すれば、この路地裏ごと俺たちは消滅する。
(……思い出した。昔の検証スレだ。マリアンヌの自爆を「キャンセル」する方法が、コードの隅っこに眠っていたという書き込みがあったはず……!)
「ルミナ、俺のインベントリにある『古びた鉄の包丁』をマリアンヌの首の付け根、第三頸椎の接合部に突き刺せ!」
「えっ!? そんなことしたら、この人が死んじゃうよ!」
「いいからやれ! 彼女は人間じゃない、システムなんだ! 神経接続を強制終了させないと、全員死ぬぞ!」
俺はマリアンヌの背中にあるハッチを、素手で無理やり剥ぎ取った。爪が剥がれ、指先から血が流れるが、痛みに構っている暇はない。
「刺せ! 今だ!」
ルミナが震える手で包丁を突き立てる。ガチリ、と硬い手応え。同時に、マリアンヌの肢体が狂ったように跳ね、口から紫色の火花が漏れた。
【 エラー発生:ストーリー整合性が崩壊しています 】 【 警告:聖女セレスティアの降臨フラグが消失しました 】
「……うるせぇよ、運営。整合性なんて、俺がドブ板に顔を突っ込んだ瞬間にログアウトしてんだよ。綺麗な聖女様より、目の前の壊れたURだ。俺のガチャ結果は、俺が決める。」
俺はハッチの奥にあるメイン回路へ、さっき拾ったばかりの『木の実』を力任せに押し込んだ。 食い物じゃねぇ。これは今、絶縁体として回路をショートさせるための『物理ハック』だ。
バチリ、と激しい衝撃が俺の腕を焼いた。マリアンヌの瞳から光が消え、胸のカウントダウンが『003』で静止する。
「……止まった……のか?」
沈黙が路地裏を包む。 【 獲得完了:ユニット『マリアンヌ』を登録しました 】 【 注意:当該ユニットは深刻な破損状態です。修復には多額の素材が必要です 】
俺は泥の上に座り込み、真っ黒に焦げた自分の手を見つめて笑った。 運営が用意した「悲劇」という名の仕様を、俺は「ハズレアイテム」でへし折ってやったんだ。
「指揮官……本当に、この人を助けちゃったの?」
「助けたんじゃない。……俺たちが生き残るために、最強の『バグ』を手に入れたんだ」
まだ動くことすらできない、壊れた女神。だが、彼女がいれば、この理不尽な世界をハックする鍵になる。
「さあ、ルミナ。マリアンヌを担ぐぞ。……次は、こいつを直すための『素材』を、誰から奪い取るか考えなきゃな」
俺の瞳には、かつて「全サーバー1位」に君臨した頃の、冷酷で狡猾な熱が戻っていた。




