第4話 単発ガチャの悪夢
夜明けの光は、希望ではなく、全身のひどい痛みと共にやってきた。 硬い地面の上で数時間、浅い眠りを貪っただけ。首は回らず、節々がミシミシと悲鳴を上げている。
「指揮官、おはよう……ううん、あんまりおはようじゃないね」
ルミナが力なく笑う。彼女の美しい顔は土埃で汚れ、髪には麻袋の繊維がこびりついている。 ゲームなら朝になればHPは全回復しているはずだが、現実の疲労は蓄積する一方だ。コンティニュー不可のハードモード。この世界の「仕様」が、じわじわと俺の命を削りに来ている。
俺たちは昨日売った「異世界のゴミ」の端金と、泣きなしの銅貨を握りしめ、屋台で一番安い、石のように硬いパンを一つだけ買った。それを二人で分け合い、唾液でふやかして飲み込む。
「……貯まった。やっと、貯まったぞ」
俺は、視界の端で震える【召喚】のアイコンを見つめた。 昨日から泥水をすする思いでこなした、下水道のドブさらいと、街路の馬糞拾い。その「報酬」と、ルミナが大切に持っていた銀の髪飾り――俺がかつて数万円分の石を捧げて手に入れた『親密度100報酬』を質に入れた金を合わせ、システム上で『魔法石 300個』を錬成したのだ。
単発ガチャ、一回分。
「一回……たった一回だけど、ここでSR以上の武器か、まともなアタッカーさえ引ければ……!」
震える指でアイコンをタップする。画面越しではない、空間そのものが歪むような独特の浮遊感。 脳裏に焼き付いたあの虹色の輝きを期待して、俺は全神経を集中させた。
演出が始まる。だが、視界に走った光は、濁った黄色……最低保証の「R」の色だった。
「……は?」
乾いた音がして、俺の目の前の石畳に「それ」が突き刺さった。
【 R:古びた鉄の包丁 】 【 説明:家庭用の調理道具。戦闘には向かないが、魚をさばくのには便利。 】
「包丁……? 嘘だろ、石300個だぞ? ドブを浚って、嫁の形見を売って……これ一丁かよ! 確率操作を疑うレベルだぞ運営ッ!!」
俺は膝から崩れ落ちた。ゲームの確率は、この残酷な異世界でも健在だった。いや、むしろ「ハズレ」が実体を持って現れる分、画面越しよりずっとタチが悪い。
「指揮官、これ……。……ううん、でも、何もないよりはマシだよ。ほら、これで何か切れるし!」
ルミナの健気なフォローが、逆に俺の心を抉る。彼女に大切な装備まで出させた結果が、錆びかけの調理器具だ。
「ギギッ、ギギャッ!」
運命は、追い打ちをかけるのがお好きらしい。 路地裏のゴミ溜めから、一回り大きな「ゴブリンリーダー」が這い出してきた。
「ルミナ、下がれ!」
俺は反射的に「包丁」を構えた。だが、その短すぎる刃を見た瞬間、絶望が全身を駆け抜ける。 「射程」の差。「攻撃力」の差。そして、昨日から続く空腹と疲労による「デバフ」。勝てる要素が、一ミリも計算できない。
リーダーが棍棒を振り上げる。俺はルミナを庇うように前に出るが、足がもつれて泥の中に顔から突っ込んだ。
「あぐっ……!」
鼻の奥に、鉄錆と肥溜めの臭いが混じった泥が入り込む。顔を上げようとした俺の背中を、リーダーの大きな足が踏みつけた。
「がはっ……!」
肺の空気が全部押し出される。知っている。かつての俺が、弱小ユニットを『経験値素材』として処分していた時の目と同じだ。今、俺は、この世界の『素材』にすらなれず、ただデリートされようとしている。
「指揮官を……放してぇっ!」
ルミナがなまくらの剣で斬りかかるが、リーダーはそれを片手で受け流し、彼女の腹を蹴り飛ばした。小さな体が石壁に叩きつけられ、ルミナが動かなくなる。
「ル、ミ……ナ……」
俺は泥を噛みながら、必死に手を伸ばした。指先が、さっきの包丁に触れる。 だが、それを握る力すら、今の俺には残っていなかった。
「……クソ……、……なんだよ、これ……」
かつては数タップで世界を滅ぼせたのに。今はたった一匹の雑魚に、愛する女を傷つけられ、自分は泥を舐めることしかできない。
泥の中で、俺のゲーマー魂が、冷酷に囁いた。 ――次は、期待値で戦うのはやめだ。このクソッタレな『乱数』ごと、俺がハックしてやる。




