第18話 スクラップ・ハート
地下水道のヘドロにまみれながら、俺は彼女を抱き起こした。 かつて白磁のように美しかった彼女の装甲は、過負荷で焼け焦げ、内部の魔力導管がズタズタに引き裂かれて、青白い火花が断続的に散っている。
「……マスター。……視覚ユニット、破損。……消滅シークエンス、……回避、不能……」
【 警告:個体名『マリアンヌ』のデータ整合性が1%以下です 】 【 消滅まで……残り300秒 】
「300秒……!? たった5分かよ!」
俺は、震える手でインベントリを漁った。だが、石もアイテムもない。セレスティアの祈りも、ファウストの錬金術も、彼女の「存在そのものが消える」という運営の呪い(消滅タイマー)を止めることはできない。
「指揮官、ひどいよ……。腕が、マリアンヌさんの腕が……」
ルミナが息を呑む。マリアンヌの右腕は、接合部から焼け落ち、ヘドロの中に沈んでいた。
「……マスター……。……もう、いいのです。……私は、ここで……役目を……終える……『仕様』……」
「仕様なんて知るかッ! お前は俺が引いたんだ! 俺の所有物だ! 勝手に消えるなんて、規約違反だろ!」
俺は地下水道の汚水の中に膝をつき、必死に頭を回転させた。アイテムがない? なら、俺自身の『パラメーター』を代償にするしかねぇ。
「……ファウスト! お前の『等価交換』だ! 俺の『何か』を対価にして、こいつのタイマーを書き換えろ!」
「……正気ですか? 運命を書き換えるほどの代償。……あなたの命そのものを差し出しても、足りないかもしれませんよ?」
「いいからやれ! 俺の右腕でも、寿命でも、記憶でも何でも持っていけ! こいつの『消滅』を『一時停止』させるだけでいい!」
「……ふふ、最高の取引だ。では、あなたの『痛覚』の全てと、今後得られる『全経験値の90%』……。いえ、いっそ『全経験値の譲渡権』をいただきましょうか。あなたが稼ぐ経験値はすべて私の錬金術の触媒(燃料)となり、あなたのレベルが上がることは二度とない。……それでも?」
「いいからやれ! 俺のレベルなんて1のままでいい! こいつの『消滅』が止まるなら、安いもんだ!」
【 特殊処理:消滅シークエンスのフリーズ(一時停止) 】 【 代償:指揮官のレベルアップ権を永続的に放棄します 】
「……あ、ぐ、ああああああッ!!!」
俺の全身を、魂を削られるような脱力感が襲う。だが、マリアンヌの体から漏れていた光の粒子が、ぴたりと止まった。
「……マスター……? なぜ、……そこまで……」
「……うるせぇ。……お前はまだ、水着にもなってねぇんだぞ。死なせる、わけ……ないだろ……」
俺はそのまま、マリアンヌを抱いたまま倒れ込んだ。 タイマーは止まった。だが、彼女は右腕を失い、動くこともままならないスクラップ寸前の状態だ。……その時だ。
「……ん? 待て、あそこ……光ってないか?」
ルミナが指差した先。地下水道の淀んだ水の底。 王都のゴミが最後に流れ着く「最果ての掃き溜め」に、場違いな高純度の魔力が沈んでいた。
「……嘘だろ。あれは……『神の心臓』の試作型データか!?」
かつて運営が「強力すぎて没にした」と言われる幻の初期パーツ。 それは、王都の研究所から不法投棄されたものか、あるいは。
「……はは、……。見つけた。……運営が捨てた『心臓』、俺が拾ってやるよ」
俺は泥水を吐き出し、物言わぬマリアンヌを強く抱きしめた。 コア奪還のチャンスは、地獄の底に転がっていた。




