断絶
ヒスイはレックの案内で一番怪しそうな倉庫へと辿り着いた。
その倉庫が見える物陰で、レックはヒスイを手で制した。
「見張りがいるな…よし、オレが惹きつけてやるから、お前はその間に中に入って確かめてこい」
レックはやる気に満ちた表情で笑う。
「一つ聞いてもいいか…?」
「なんかまだ聞きたいことでもあるなら、今のうちに聞いてくれ」
レックがヒスイを見ると、少し言いづらそうに答えた。
「いや、そういうことじゃない。ただどうしてここまで協力してくれるのかと思って」
レックは目を丸くしたあと、当然というように語る。
「んー、そんなことか。オレは正義とかなんとか、そんな理由で振るつもりはない。ただ目の前で悲劇が起きるってのに、それを見て見ぬふりはできないだけだ。お前だって同じだろ。…『剣を振らせるのは目的じゃない。守る意志だ』って、師匠も言ってたしな」
「本当に、レックは昔から変わっていないな」
「そうか? ま、オレはいつだってお前の兄弟子だ。剣を振るうのは、お前や出会ってきたみんなが幸せになってほしいからだ。理由なんて、それだけで十分だろ」
レックは背中を見せて、ヒスイに行くように促した。
「だから、かっこ悪いとこ見せらんねぇよな」
*
ヒスイは身軽に潜入し、イロハの下までやってきた。
「一緒に出よう。俺が何とかして逃がしてみせる」
「でも…」
イロハは視線を周囲へと向ける。
どうやら遠くから聞こえる戦いの音に、身が竦んでしまっているようだった。
「大丈夫だ。そのへんのごろつきに負けたりはしないから。イロハが安全なところまで逃げたら、すぐに追いつく」
手を伸ばそうとしたとき、イロハの手を止めたのはヒスイが来た奥の方の扉から聞こえる足音だった。
「……逃げてください」
それは切なる懇願。
そのために、イロハはヒスイの手を押し返した。
エンジンがかかる音がする。
少女は祈るように手を合わせて、微笑んだ。
「私の命はみんなのものです。
だから、ヒスイさんは逃げてください。
本当に……ご飯美味しかったです」
呆気にとられ、車が動き出した瞬間に咄嗟に手を伸ばすが間に合わない。
「イロハっ!」
叫ばずにはいられなかった。
たとえそれで、周囲に居場所を気づかれようとも。
数人がその場に駆けつけてヒスイを見つけた。
彼らは何もせず動かないヒスイを嘲笑う。
「もういい…」
俯くヒスイの胸ぐらを掴み、何かを言うがヒスイには聞こえなかった。
頭の中で反響するのは最後に聞いた師匠の言葉。
『……何としてでも、お前ら弟子の未来は、守ってやる』
ぐっと唇を噛み、目の前にいる男たちを睨む。
挑発され殴りかかる男の拳を、ヒスイは躱しもせず受け止めた。額から血が流れ、強い痛みが頭を襲う。
『私はこの地の守護となり、お前たちの一生を見送ろう』
それでもなお反抗的な視線を向けるヒスイに、男は思わずたじろいだ。次の瞬間には、その男の顔面に拳が放たれる。容赦なく、地面に叩きつけられる。
他の男の仲間たちは突然のことに理解が追いつかなかったが、すぐに武器を抜いてヒスイに殴りかかる。
周囲は血溜まりで溢れ、一人だけ立ち上がるヒスイも頭から流血したりと満身創痍の状態だった。それでも、彼は去っていったトラックの方へと歩みを進める。
『大丈夫だ。死ぬわけじゃない、ずっと…お前たちを見守っている』
その背中はあまりにも遠くて、手を伸ばしても届かない。それはもう、遥か遠い過去へと過ぎ去った。
『……誰のためでもない。愛する、可愛い弟子たちのためだ』
「っ……いったい、何度…繰り返せば気が済むんだ。こんな犠牲なんて…!」
足を進める。そうしなければ、あまりに多くのものが、大事なものが溢れてしまう。彼女らの命はあまりに軽く、その歩みは風のように消えていく。
「待っていてくれ……絶対に、助けるから…」
なぜ二本の足はこんなにも歩みが遅いのだろう。
なぜ凡人にはいつも手が届かない。
どうして彼女らは身を捧げなければならない。
それなのに、大切な人たちから消えていく。
けれど、まだ失われていないうちに手を伸ばさなければならない。




