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境界:ジェネラルブラッド  作者: 徘徊猫
濁りえのキャンバス

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鮮紅白夜

 幾重もの隔壁とセキュリティに隔てられた箱庭、治療院の中では職員たちは不安そうな表情をする子どもたちを宥めていた。


 院長はそれを少し離れたところで見守りながら、端末で外の様子を眺めていた。聖血に引き寄せられた中毒者、聖血の分配に抗議する暴徒、裏で甘いところだけを啜ろうとするマフィア……この反乱において、そういった輩が治療院に攻め込んできたのは、混乱に乗じて火事場泥棒をするためだろう。

 けれど、そんな混乱の中で火の粉が飛び散らないようにと入念に準備をしてきた。鉄壁と呼ばれるくらいに徹底的に。絶対に内部には干渉できない空間へと。


 余りにも分厚い壁の向こうで、どんな輩が悲鳴を上げようと院長にとってはどうでもいい。それは淡々と処理され、子どもたちが空の下に出る頃には跡形も残らないように消されるだろう。


(……不備は今のところない。強いて言えば、悟らせずに避難させられれば良かったが、それは贅沢かもしれないな)

 子どもたちが本来する必要もないことだ。

 しかし、事情を話さなければ納得もしてくれないだろう。無理矢理押し込めるような真似はしたくないし、彼女たちの選択を尊重している。だからこそ、大人の事情で生み出された彼女たちに嘘をつきたくはない。


 そんなことを考えていると、イロハがこちらに近づいてきた。

「どうした?」

 イロハは不安そうに胸の前で手を握っていた。

「外のことが少し、気になって……」


「ヒスイくんなら大丈夫だろう。コハクさんが側にいるなら、身の危険に陥ることもないはずだ」

 その言葉に、イロハは首を振った。

「……そういえば、最近新しい友達ができたと言っていたな。とはいえ、今はダメだ。君の身の安全を保証できない」


「分かっています。わがままだって……どこにいるのかも分からないですから。でも、そう考えたときに思ったんです。私たち、このままずっとここで閉じ籠もっていていいのかなって」

「君たちが危険を冒す必要はないだろう。あまり言いたくはないが、君たちが生きていることで生き残った人々は救われる。それが最善の選択だ」

 命を数でも質でも測るつもりはない。

 だとしても、子どもたちは多くの人を救ってきた。

 その能力があったとしても、それを背負う必要も義務もないはずなのに。


「でも、今にもなくなりそうな命があって、私たちには救う方法があります。その命を繋ぎ止めることができるなら、私は、どうなったって構いません」

 真剣な表情を見れば、嫌というほどその純朴な心が訴えかけていることが分かる。説得など、意味がないということも。


「……それは私が嫌だと言っておこう。確かに、巻き込まれた無実の人もいる。その中には、君に優しくしてくれた人もいるだろう。守りたい、助けたいという気持ちを理解はできる。ただ、それは今ではない。せめて、もっと多くのことを知ってからでも遅くはないと私は思うんだ」

 そうでなければ釣り合いが取れない。

 彼女たちがこの世界に生まれ、幸福を享受する機会を失わせはしない。


「いつかは君が、君自身のために全てを投げ打つことがあるかもしれない。だが、君は子どもだ。君が思うよりもずっと。だから、早まってはいけない。その時までに、多くの抱えきれない大切なものを持っているはずだから。もしかしたら、既にその時には今の君の考えとは異なるかもしれないが、それは決して間違いではない」

 そうあってほしいと、院長は考えていた。

 一般的な幸福な人生を、そういったものとは縁遠い自らであっても、願わずにはいられない。その支えとなる人物が誰であろうと、それによってこの高潔な精神が曇ろうと構わない。

 それを知って、やっと命の重みを理解できるはずなのだから。




「それなら、私が止めてくるよ」

 いつの間にか、二人の話を聞いていたフィルモニアが嬉しそうに微笑む。そういった人が、側にいてくれることに感謝するように。


「外の人たちが聖血を望んでいるなら、私はそれをあげてもいいよ。ただ、捕まるつもりはないけど…説得はできると思う」


 フィルモニアは足取りを重くすることなく、外へと続く道へと歩みを進める。


「誰もが生きようとする限り…きっと、救われるから」


 フィルモニアは、自分の意思で既に道を決めている。


 *


 フィルモニアが外に出た瞬間、背後の隔壁が再び閉じ、まるで目当ての獲物を見つけた狩人のように鋭い視線が幾つも向けられる。

 フィルモニアが口を開こうとして、パァン! と、銃声が響いた。フィルモニアは膝から崩れ落ち、地面に紅い染みが広がっていく。

 死体を啄もうとするカラスのようにフィルモニアの下へ集まり、乱暴に髪を掴んで持ち上げた。フィルモニアがその瞳の奥に見たのは、恨みでも怒りでもなく何か得難いものを得たかのような満足感だった。


 もしそれが人々の望みであり、たった一人の犠牲で万民が満足するとして──愉悦を浮かべる笑みを浮かべ、甘美に酔いしれる魔力にどうして抗えようか。


 肢体は力なく垂れ下がり、羽をもがれた鳥のように身動き一つできない。そこから流れ落ちる血が石の間を伝い、地面を潤し、その恵みを人々が口にする。


「あげる…何もかも」


 紅い光を放つ血液がフィルモニアの小さな身体を浮かび上がらせる。刻まれた傷は消えて、涙の跡は血で洗い流される。


 痛みも、苦しみも、全てを塗り替えて。


 人々はその輝きに手を伸ばす。罪人も、悪人も、分け隔てなく全てを包み込む。


「みんなが望むなら…」


 紅い雨が降り注ぐ。

 優しく、温かく、遍く注がれる慈悲。

 この場では誰も、決して死ぬことはない。

 永遠の別離は訪れない。


「私は…みんなを、」


 紅き光が空に昇る。

 この先に一切の苦痛はない。


「愛してる、から」

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