享楽の観宴
地面を引き裂き、その割れ目から球体が瓦礫に埋もれた地上へと姿を露わにする。空に浮かぶ雲すらも引き寄せられる。炎が反射して赤々と染められたそれは、容赦なく全てを飲み込もうとしていた。
急いで地上に出たセツナは、その光景に顔を顰めていた。
「ブリューゲル、あれを止められる?」
『できない。他のものは都市の地脈から盗んできた動力だったが、あれはサーチェス自身を動力として動いている。幸いなのは、今すぐ都市を巻き込む爆発まで猶予があることだが、凄まじい被害が出ることに変わりないだろう』
会話中にも、球体に吸い込まれていく一般人を、セツナは重力で地上に縫い止めた。
『壊したとして、その一帯は吹き飛ぶはずだ。君の力の使い方と同じ力学なら』
「言わなくてもわかってる。……はぁ、うちが何とかして被害のなさそうな場所まで運ぶから、動力の方はそっちでやってよ」
『了解した』
会話を切り、目の前に浮かぶ球体を見上げる。
もうサーチェスの声はしない。既に自我すらも燃料にしてしまったのだろうか。どちらにせよ、こんなことをしでかした男の造物に、セツナは呆れた視線を向ける。
「何が『人類のため』なんだか。そんな説教くさい脚本、犬だって喰わないよ」
舞い散る瓦礫に飛び乗り、セツナは球体のある中心部へと向かった。既に球体の外縁は幾重にも重なる瓦礫などによって形作られていた。
これが一つ地面に落ちるだけでも、大きな被害を生み出せる質量がある。大気はうねり、砂煙が竜巻のように吸い寄せられている。
セツナはそれに触れて、斥力を生み出し少しずつ都市の中心部へと動かしていく。
小さなネジが腕を擦りむき、小石が乱れ撃つように飛来する。身を守る装備はなく、傷口を砂が襲う。
それでも、セツナは手を離すことなく球体に力を込め続ける。世間の誰もそのことを覚えられない。少しすれば忘却され、なかったことと同じになるとしても。
*
都市を救うことで生きた証にする。
そんなことはそこまで重要じゃない。
大義、約束、理想、想い、この都市にはそういったものを抱える人がごまんといる。それはとても重く、築き上げられてきた価値。でも、うちにとってはどうでもいい。だって、全て忘却されてしまうから。
人の縁も、何もかもうちを束縛するものはない。手綱を握るのはいつだって自分自身。
誰もが自分の居場所を見つけ、それを守ろうとするのならきっとうちは舞台を守る。そこに上がれば誰もが脚光を浴びることになる。
盛大な破滅も、滑稽な喜劇も、人の目を奪い魅了する。大事なのは、その部隊には役者と観客がいなければならないこと。どんな物語にも幕引きはあるにしても、舞台から降りても時間は続くのだから。
それを全て台無しにされたらたまったものではない。たった一度の演目、世界を救うという偉業が目の前にあるというのに、どうしてこんな惨めな破滅を受けいられる?
*
「ブリューゲル!」
目標地点でセツナが呼びかけると、地面を貫くように巨大な結晶石が次々と現れ球体の四方を囲む。それらは球体を覆い固めた。
『──サーチェスの権限を乗っ取った。これで、封印することはできるだろう。……大丈夫か?』
「君ね、本当に大丈夫だって思う? 身体もズタボロで、こんなやりたくもない後始末をしたんだから、分かってるよね」
服は破れ、露わになった肌から血が滲んでいる。
けれど、セツナは普段通りの様子で振る舞う。
「あの約束、守ってもらわないと割に合わないかな」
セツナが悪戯でもするような顔で、わざとらしく呟いた。
『……確かに、それを行うには好機ではある。だが、セネカの代わりは埋められるのだろうか?』
「なら、あれで試せばいい。勇者の成れの果てすら倒せないんだったら、本当に計画倒れだからね」
アッハハ、とセツナはからかいながら笑う。
『……』
「あ、珍しく黙った。でも、君も分かってるはずだよ。いつかは向き合わないと。正直、あれは計画のなかでも不確定要素だから、排除できるならしたほうがいい。君も、やっと彼の肉体を弔える。両得だと思わない?」
『分かっている。たとえ彼が最強の戦士だとしても、いつか超えなければならない。それが、彼の望みでもあった』




