全てを真理に捧ぐ学者
「そういえば、ヒスイくんの方はどうなったの?」
ミシェルが質問すると、ブリューゲルはホログラムで姿を現した。
『二人とも無事だ。少し手荒な手段を使ったが。首領のほうには裁判所で審判を受けてもらわなければならない。そして、ヒスイ……彼には色々と話しておいたことが多いだろう』
そう言いつつ、気乗りのしない様子でブリューゲルは語った。
「君たちの計画に巻き込むの?」
『それに足るかはまだ分からない。見込みがあるとはいえ、今はまだ未熟だ。あの力を十全に使えるのであれば、その時に考えよう』
「慎重だね。勇者の代用なんて、簡単に見つからなくて当然だけど」
ミシェルは肩をすくめる演技をしながら、薄目にブリューゲルの反応を窺う。
『セネカの代わりになる者など現れはしない。少なくとも、誰であっても生きているうちには越えることはないだろう。極地に到れるのは、本当に強い人間でしかあり得ない』
予想通りの反応をしたことに、ミシェルは少し嬉しくなった。
「勇者のことになると感情を見せてくれるよね。それって君がまだ人間だと思うよ」
『人間の定義など、元から曖昧なものだ……。私が公平さも正義も気にしていないのと同じように。結果として、そういった機能を任されるに足ることを証明できているだけだ』
また小難しい話だ、とミシェルは呆れた。
一応、市民の一人としても、市長の協力者としてもミシェルはブリューゲルの淡白さを問題に思っていた。交友関係が広く浅い、味方をしてくれているのは一つの契約があるからだ。
「その、自分を道具として見るところは可愛げがないと思う。もっとプライベートを作ったりとか、睡眠が必要ないからって二十四時間も動くのって辛くないの?」
『食事も睡眠も必要ないことのほうが快適だ。公務に関しても、それがさほど負担でないと君は知っているだろう』
「……その方が『効率的』って言ってたね。流石、人類の知能。……テストで詰まった時に、こっそり教えてくれても良いんだよ?」
「それは君のためにならないだろう」
決して、ブリューゲルは人に対して何も思わない人間ではないとミシェルは知っている。淡白さは確かに裁定官の公平さを示す素養かもしれないが、ミシェルから言えばもう少し冗談を言える友人が増えてくれると市長的にも個人的にも嬉しいと思っていた。
ミシェルがそんなことを考えているとはつゆ知らず、ブリューゲルは別の戦場に思考を巡らせる。
『治療院にはフィルモニアがいる……後処理が悲惨なことにならないといいが。あとは、首謀者の方だが──』
*
「──動かないでよ。下手に動いたら撃つから」
リーナフェルトは背後から目の前にいる人物、サーチェスに向けて銃口を向けた。
「おや、都市の犬に見つかるとは……誰か内通していたな」
「大人しくして。煽ってもムダだから」
「つまらないな。力を持つものがそんなに偉いのか?」
サーチェスは銃を気にした様子もなく、余裕そうな笑みを浮かべる。
「はぁ、全く彼にはがっかりしたよ。結局、最後まで首領は全てを捨てて革命を為すという意志に殉じることはできなかった。それとも、亡くなった家族に対する愛、というものはその程度でしかないのか?」
サーチェスの嘆くような物言いに、リーナフェルトは軽薄さを感じていた。
「どうでもいいけど、貴方に愛が何たるかを理解できるの? それを知らないから、私の侵入を許したんだよ。というわけで、もうお喋りする時間は終了。さっさと縄について」
他にいた仲間たちに、リーナフェルトは目線で指示を出し、サーチェスへ手錠をかけようと近づいていく。それをサーチェスは狂ったような笑みを浮かべて見ていた。サーチェスの椅子から何かが光ったのが見えた。
「伏せて!」
一瞬にして爆発が部屋一体に広がり、砂煙が視界を隠す。幸いにも、怪我を負うことなく警察隊のメンバーたちは立ち上がる。
「……自爆?」
「それは違う。ああ、全くどうして気づかなかったのだろう。賢者の石の本質が、変換にあることを……ハハッ、ハハハッ!」
いつの間にか、サーチェスは笑い声を上げながら部屋の奥に広がる空間に立っていた。そこには巨大な機械とそれを囲うようにして人を超える大きさの配線が接続されていた。
「なるほど、ブリューゲル。お前は既に人を辞めていたのだな? ははっ、私の考えを否定しながらも肉体を捨てていたのか! 永遠、それこそが錬金術の極致だったな!」
リーナフェルトは躊躇うことなくサーチェスの手を撃ち抜いた。
「死にたくなければ──」
リーナフェルトが、いやその周囲の仲間たちもその異様な光景に固まった。
「──一体なんなの?」
撃ち抜いた腕が鉱石のように砕けていた。血は流れず、地面に落ちた手が蠢く。
「実験、開始だ」




