誰の手のひらに
『……三分といったところだろう』
謎の声はそう呟いた。
『それまで、君は全力を出すことができる。だが、もしそれを超えたら……人に戻れなくなる』
『とはいえ、そこまでかかるとも思えないが』
*
首領は拘束したはずのヒスイが、鋼鉄のアームを押し広げ始めたのに気付いた。
(……機体が押し返されている。これほどとは…)
アームが壊されるよりも前にヒスイを市庁舎の壁に投げ飛ばす。いくつもの壁を貫通していく激しい音が響き、それを追撃するために武装装甲のエネルギーを全開にして、鋼鉄の質量と目にも止まらない加速のかかった体当たりがぶつかる。
しかし、手応えが伝わることはなかった。瓦礫の陰からヒスイは姿を現し、一閃を放つ。抵抗なく装甲の左側が両断された。
もう片方のアームから榴弾が放たれるが、ヒスイは炸裂する前に術で身を守る。首領がその隙に操縦桿を押し倒して、正面からぶつかった。
「オオオオオオッ!!」
装甲が軋み始める。
エラー音が鳴り響き、けたたましい音を立てて徐々にヒスイを後退させていく。このままぶつかれば、無事では済まない。生身は簡単に爆ぜて、原形も残らない。
(だが、それをするだけの価値はある。こんな現状を、過去を、全てを清算できる!)
このまま押し潰されようと、恨みを晴らすことはできなくとも目的だけは果たせる。もはや作動するかも分からない緊急脱出ボタンから視線を逸らして、前だけを見つめる。
目の前に広がるのは真っ白な光。
かつて妻と娘の間を隔てた結界そのもの……
どれほど嘆いても、どれほど願っても越えられなかった壁を、今越えようとする。
それを超えるときが来たのだ。
視界が白く消えてゆく……
*
アリアたちは市庁舎に逃げ込み、オズワルドの指示に従って地下に避難しながら戦場の音を聞いていた。
「本当に、大丈夫なの……あの子」
「ミシェルのことだ、きっとなんてことなさそうに帰ってるだろう」
「……そうなるといいわね」
テッドの言葉を慰めに過ぎないと感じつつも、アリアはそう答えた。
「それにしても、市庁舎にこんな地下があるなんてな。それこそ、ミシェルが秘密基地やら建てていそうだ」
テッドはオズワルドの傷を包帯で巻きながら、そんなことを呟いた。
「残念ながら、そのようなものはありませんよ。そもそも、この先にあるのは機密というほど隠したいものというわけではないのです。この都市の生命線であるという一点だけは変わりませんが」
「深く触れるつもりはないさ。俺らは一介の音楽家に過ぎないからな」
轟音が響き渡り、アリアが思わず身を竦めたのを見て、テッドはアリアの耳を両手で塞いだ。
「……何よ?」
「アリアは昔から雷とか嫌いだっただろ。それに、これで耳の調子を悪くしたら困るからな」
「余計なお世話よ……」
アリアはテッドの手を振り払う。
「さっきから聞こえるの。大人たちの声に混じって、私たちと同世代かそれより若いくらいの声がする。一つや二つじゃない」
それが意味するところを、ここにいる三人が全員理解していた。
「それはまた……。アリア様、それ以上は聞かない方がいいでしょう。貴方の才能はステージの上で振るわれるべきものです。このような戦場で、自らを傷つけられるためにあるものではないのですから」
*
ミシェルは窮地を切り抜けた後、緊張が抜けたように倒れ込んだ。そこに、市庁舎の警備員が駆けつける。
「大丈夫ですか? 市長」
「なんとかね。それより、私が取り逃がしたのはそっちで対処できた?」
警備員は少し微妙な顔をした。
「……どうしたの?」
「それが、ですね。何とかあの機械たちの足を止めさせて、中に乗っている暴徒を拘束しようとしたのですが……その拘束したのが年もあまりいっていない者たちで、どう対処しましょうか?」
「え……?」
ミシェルは拘束した者たちの下へと訪れると、自分と大して変わらないくらいの若者たちがそこにはいた。中には、まだ身長も伸び切っていないような子どもまでが、ミシェルに対して憎悪の籠った目で睨んでくる。
「……どこかの部屋に固めて入れるくらいしかできないかな」
ミシェルは指示を出した後、誰にも見えない壁の後ろでため息をついた。
(やっぱり、兵士ですらなかったんだ)
戦場である限り、ミシェルは躊躇うつもりはない。
しかし、今回は戦場というにはあまりにも勝ち負けが捨てられている。大局的に見れば、負け戦を敢えて行うこともあるだろうが、これはそんな誇れるようなものではない。
(政治か……そういうの、苦手なんだよね)
「あとはブリューゲルに任せればいいか」
そんな言葉が、つい口から漏れてしまう。
『……良い機会だ。経験を積んでみるといい』
「結局、その頭の硬さは物理的なものじゃなかったね。ブリューゲル?」




