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境界:ジェネラルブラッド  作者: 徘徊猫
濁りえのキャンバス

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52/64

屈折心理

「……シェイラか」

 ぼそりと首領が呟いた声を、シェイラは聞き逃さなかった。

「…そうだよ。ねえ、ここで引き返さない? もう取り返しがつかないけど、ここで止まればきっとまた家に帰れる。もっと苦しくなるかもしれないし、これからも色々あると思うけど……私、首領と一緒に暮らせればそれでいい…! また外で会えるまで、私、立派な大人になってみんなを支えるって約束する。だから!」

 十年、二十年、もっとかかってもいい。また会えるなら、シェイラは全てを捧げられる。それが絵空事みたいに嘘みたいでも、何が何でも叶えてみせる。覚悟なんてものですらなく、慰みに過ぎないとしても。


 首領は必死に訴えるシェイラに視線を向けることはなかった。

「立ち止まる……ここにいる以上、その道はもうない。シェイラ、お前は勘違いをしている。まず、この件の主導者が俺である以上、極刑は既に免れない」

 ひゅっ、と息を呑む音と共にシェイラは膝から崩れ落ちる。息が浅くなり、呼吸が狂う。

「首領がそんなことするはずない。きっと、サーチェスやみんなを庇ってるんでしょ…? だ、だって、首領は誰かを見捨てられる人じゃないから…」

「……」


「なんで黙るの! 答えてよ!」


 シェイラは悲鳴なのか怒りなのか、もはや分からかないくらいに、ただ胸の中にある淡い願いに縋っていた。

「じゃあ、何で! ……私を仲間外れにしたの? 私なんて使い捨てにすればよかったのに。私、首領のためなら命だって捨てられる。だって、首領は私を本当の娘みたいに──」

「──娘だと? お前を本当の娘だと思ったことはない。思えるものか。……私の妻も娘も十一年前に目の前で亡くなったのだから」

 そんな事は分かっていた。代用品ですらないことを。なら、(シェイラ)は何のために生きているのか?


 それでもいい、首領の側にいられるのなら。

 その想いさえ、はしごを外すように無慈悲な一言によって一蹴された。

「これ以上話はムダだ。だが、一つだけ言っておく。お前と俺は違う。お前には目の前で何かを失う痛みを知らないのだから。死ぬ間際の夫婦から引き取った子ども……本当にそう思っていたのか? そんな記憶に刻まれてすらいない寄せ集めから生まれた思いに価値などないだろう」

「え…」


 何かが砕けた音がした。


 *


 首領は気にする様子もなく、ヒスイへと視線を向ける。

「話は終わりだ。それにしても、自分を殺そうとした相手に手助けするとは、随分と生温いな守護者の弟子」

「……。ただ、少しシェイラに同情しただけだ。それとは別に、この先に通すつもりもない」


 それ以上、二人は語ることなくぶつかり合う。


 密かに特訓していたお陰で、ヒスイは心臓に宿る力で一次的に心体能力を強化して、一撃一撃に必殺の威力を込めた。武装装甲と正面から渡り合い、時折邪魔してくる兵士たちの銃弾を術で防ぐ。


 しかし、一度目と同じように装甲を貫く事はできなかった。破損部位を庇いつつも、強行的な動きでヒスイを翻弄する。攻めきれない。それはヒスイが常に抱えてきた課題だ。


『アンタって、別に責められないわけじゃないと思う。ただ、相手に刃を向けきれてないだけ。まあ、有り体に言えばへっぴり腰よね』


(踏み込め、前へ。退くな)

 色々あれど、今は目の前のことに集中すべきだ。


(目の前のこの人を倒さなければならない。止めなければならない。剣を振るう理由は、それでいい!)

 込める力が強くなっていく。

 最初は弾き返された斬撃も、徐々に力で押し勝っている。相手がよろめいて咄嗟にバランスを取ろうとした隙に、ヒスイは既に踏み込んでいた。

(これで──ッ?!)

 ドクンッ、何かが暴れるように力が逆流し、ヒスイは冷や汗を抑えられなかった。呼吸が浅くなり、視界がぐらつく。そこに、装甲の一撃が直撃し、ヒスイは後ろに吹き飛ばされる。

「──こほッ、かはっ…」

 幸いにも、牽制の一撃だったようで、そこまでダメージはなかったものの、それでも十分な重さを伴っていた。


 倒れた武装装甲が起き上がり、ヒスイの身体を持ち上げる。

「俺はこの都市を恨んでいる。この都市を存続させてしまった守護者を。こんなものは憂さ晴らしに過ぎないとしても、それをとめることはもうできない。お前に、何の非がないとしても」

 徐々に力が込められて、身体が軋んでいく。


「どうしても、俺は語りすぎてしまうらしい。さらばだ、罪なき若人よ」

 まるで、矛盾している振る舞いだと感じながら、ヒスイは気を失わないように耐えていた。


『……手を貸そうか?』

 何処からか、声が聞こえた。

 それは、何処かで聞いた男の声ににも似ている。

『幻聴ではない。君は、私が誰か知っているだろう。そんなことよりも、私の方で心臓は多少制御しておく。その拘束くらいなら抜け出せる』


 突如として、力があるべきところへと流れていくかのように力が溢れてきた。


『早く、あの男を倒してやるといい。少なくとも、この盤面はそれで収まる』

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