導火線と火花
「実際に話してみて、どうだった?」
ブリューゲルが去ったあと、リーナフェルトはシェイラを迎えに来た。そして、預かっていたキマイラをシェイラに返した。
「……何が変わったわけでもないよ」
シェイラは懐にいるキマイラを撫でながら、緊張が抜けたように椅子に寄りかかった。
「ただ、…本当にみんなが求めているものは誰かを傷つけなければ手に入れられないものなのかなって思っただけ」
シェイラはヒスイに刃を振りかざしたときに向けられたコハクの視線を思い出す。少しでも躊躇わずに振りかざしていれば、ヒスイの心臓を貫けたかもそれない。けれど、次の瞬間にはシェイラの息の根も止められていただろう。
結局、理想から逸れて報復の応酬になるのなら、本当に火蓋を切ることは正しいのだろうか。
「とりあえず、ありがとう……私のために色々とやってくれて」
もう自棄に振る舞うこともシェイラは虚しさを感じていた。だから、感謝の言葉を素直に告げるとリーナフェルトは嬉しそうに笑った。
「どういたしまして。といっても、誰に対してもこういうことをするわけじゃないけどね。まだ引き返せる人に、後悔するような選択はしてほしくない。そんな感じかな」
「……と言いつつ、流石にこれ以上シェイラの側にいてあげられることもできないんだよね。私も仕事に戻らないといけないから。実は、ブリューゲルさんに後のことは任せてるから」
中途半端でごめんね、とリーナフェルトは気まずそうに謝る。
「大丈夫、私も考える時間が欲しいから」
そう言って、リーナフェルトは去っていった。
*
シェイラがキマイラと時間を潰していると、誰かが部屋の中に入ってきた。その少女はこの場にいる職員とは違った身なりでシェイラへと近づいてきた。
「こんにちは、君がシェイラちゃん? うちはセツナ、君を迎えに来てあげたよ」
シェイラは突然現れたセツナという少女に無意識のうちから警戒していた。懐の中で、キマイラが今にもセツナに飛びかかろうとしているのを抑えて、シェイラはセツナにいくつか質問することにした。
「本当に、あなたが迎えに来てくれた人なの?」
「疑うなんて酷い。でも、誰の使いをしてるのかをはっきり教えてあげるよ。うちはブリューゲルに頼まれてきたわけじゃない。君をもっと大切に思っている人からだよ」
(こんな人、首領なら手元に置かない……サーチェス? でも、私のことなんて言葉だけの表面上でどうでもよさそうなあいつが?)
「どうやって、ここに入ってこられたの?」
「堂々と入れた、といえば信じる? だって、うちは善良な市民だから、裏口から入る必要なんてない。……どうやって出るかは、また別の話だけど」
シェイラはセツナの胡散臭い言動から、やはり信じることはできなかった。
「うちのことなんて、どうでもいいと思うよ。君が迷うべきなのはこのまま戻るか、それともこのままでいるかってことだから」
その言葉を聞いて動揺するシェイラに、セツナは思わず笑みがこぼれる。
「単純だね。家に帰りたいなら送ってあげる。でも、忘れてはいけないことがあるよね。それは、さっきまで親切にしてくれた人を裏切るってこと。二度もね。そこまでいけば引き返すことは難しい。君にはその覚悟があるの?」
少し前までなら、即答できたはずの問いにシェイラは躊躇っていた。果たして二度も刃を向けることができるのか? おそらく、シェイラにはできない。
少女の刃は簡単に鈍ってしまった。
「時間っていうのは不可逆なものだから、この選択を選べば取り返しはつかないよ。ああ、でも時間は待ってくれない。君か悩んでいる間にも、誰かが時計の針を進めてる。ほら、耳をすませて」
そんなシェイラの様子を気にした素振りもなく、セツナはカウントダウンをしていく。
「うーん、あと10? 9、8、……321。どかんっ! って、……まだ時間に余裕はあったね」
シェイラには目の前の人物が何を考えているか理解できなかった。何があるかと身構えて、肩透かしを食らったように安堵の息が漏れる。
しかし、その様子をセツナはただ笑っていた。
「安心するのはまだ早いよ。というより、もう遅い。トリガーは既に引かれてるんだから」
ドォンッ!
轟音が何処からか響き渡る。
「その流れは、誰にも止められない」




